連載
» 2020年11月08日 21時00分 公開

意味がわかると怖い話:「潜入捜査」(1/2 ページ)

教団の目的は……。

[白樺香澄,ねとらぼ]

 ひとたび気づくと、なにやら違う光景が見えてくる……「意味がわかると怖い」ショートストーリーを紹介する連載です。

意味怖

潜入捜査

 迂闊だった。窓のないガランとした部屋で目を覚ました私は、喉の渇きと鈍い頭痛に、薬を盛られたのだと即座に理解した。

 警察内の協力者を通じて私たちの興信所に持ち込まれた、「娘が怪しい啓発セミナーに行ったまま帰ってこない」という母親からの捜索依頼。都内で毎月開催されているというそのセミナーとの関係が疑われる失踪者が過去半年で少なくとも二人おり、いずれも若い女性だったことから、興信所唯一の女の私が偽名で潜入する任を受けた。WTT教団なる団体の分派で、最近出たばかりの『日本のカルト宗教』という本でも、以下のような文とともに危ない連中と名指しされていた。

 Way to Transmigration――“転生への道”、通称WTT教団は、サンフランシスコ生まれの日系二世で、50年代に日本にヒッピー文化を持ち込んだジョエル・タケダなる人物を開祖とし、六十年余りの歴史を僭称している。法人登記など見る限り、実際には昨年、病死した前代表の英不時子(はなぶさ・ふじこ)と現代表の時雄(ときお)の母子が、2004年ごろに立ち上げた団体のようだ。

 実体は「新しい自分へ生まれ変わろう」がうたい文句のありきたりな自己啓発セミナーに、サプリメントや化粧品のマルチ商法、有機野菜農地の権利販売といった詐欺まがいの商売で小金を稼ぐ香具師(やし)の類だった。(鹿内春臣『日本のカルト宗教』(杉書房新書)より)


 一等地のオフィスビルの貸会議室で開かれていたセミナーは、スーツ姿のやたら溌溂(はつらつ)とした笑顔を浮かべた男が「人間の細胞は1カ月ですべて入れ替わる。食生活を見直して新しい自分になろう」「食べたものが人をつくる。薬剤にまみれた家畜を毎日食べていれば、あなた自身が薬剤にまみれた家畜のようにしか生きられなくなる」と、科学的根拠に乏しい観念的な話を繰り返すばかりの酷いものだった。確かに皮膚などはひと月ほどで代謝すると聞いたことがあるが、骨や神経の類までそんなスパンで入れ替わるなら、この世に「全治〇カ月の骨折」なんて存在しないはずだ。

 辺りを見回すと、50人ほどの参加者――大学生くらいに見える女の子から、身なりの良い老婦人まで、ほぼ全員が女性だった――はみな真剣な眼差しを講師に向け、熱心にメモを取っている。げんなりしてしまった。

「****さん、ですよね。ウェブメディアの記者の方だとか」

 退屈なセミナーが終わり、参加者たちがお土産の化粧品を配る列に並ぶ後ろで、講師の溌溂男に肩を叩かれた。取材の名目で声をかけようと名乗ったニセの身分だったので、向こうから話しかけられたのは好都合だった。

 隣の控室に通され、自らを「新生WTTの代表代行」と名乗った溌溂男と、能面のように無表情な、広報責任者だという中年女と相対することになった。

 その時に出された紅茶に何か混ぜられていたのだろう。溌溂男が語る教団のビジョン云々という長広舌に付き合ううちに、不意に眩暈(めまい)とともに、頭が混濁するような酩酊感が襲ってきて――あとは覚えていない。

 部屋を見わたす。パイプベッドと介護現場で見かける簡易トイレが置かれているだけだ。天井の一角には、これ見よがしに監視カメラが吊るされていた。

 

 だが、英不時子が死んで状況が変わった。

 彼女を神聖視する一部の信者が、その遺体を教団葬の最中に強奪する事件を起こしてWTTを離脱、独自にセミナーを開催するなど時雄を後継者とする執行部に公然と反旗を翻したのだという(強奪が事実なら死体遺棄事件だが、時雄らは警察の介入を嫌って通報せず離脱者の存在も黙殺したと、取材に応じてくれた教団幹部A氏は証言する)。彼ら「離脱者」の周囲には恐るべき疑惑がある。セミナーに参加した女性が、何人も失踪しているというのだ――(前出『日本のカルト宗教』より)


 私は2日後、突入した警官隊によって救出された。私が監禁されていたのは、溌溂男たちがアジトにしていた雑居ビルの地下室だった。

 ビルに持ち込まれた陶芸用電気窯の中から、失踪者のものと思われる遺骨が発見されたそうだが、高温で焼かれたために鑑定は困難だという。

 彼女たちも私と同じようにセミナー後に声をかけられ、拉致されたのだろうが、なぜ殺されねばならなかったのか……そしてなぜ私だけは殺されなかったのか、よく分からない。暴力も、枷や縄で自由を奪われることもなかった。1日2回、あの能面女が運んでくる食事は豪勢な肉料理ばかりで、日ごろ食べているものより数段、上等だった。

 軟らかく煮込まれた赤身肉のシチュー。軟骨の入った太いソーセージに、滑らかなレバーパテ。悪くない独特の風味があり、牛や豚でなくジビエの類らしかった。いかにもナチュラリストの団体好みだ。こちらが何を尋ねても答えず、ただ毎回、私が料理を平らげるのを無言で見張っている能面女は不気味だったが。

 逮捕された教団の人間たちは、「代表を転生させたかっただけだ。私たちは成功した」と、要領を得ない供述をしているという。英不時子の遺体も、ビルからは発見されなかった。

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