累計発行部数3200万部突破、『東京卍リベンジャーズ』はなぜ現代にヤンキー漫画を再生することができたのか:水平思考(ねとらぼ出張版)
今もっとも熱いヤンキー漫画『東京卍リベンジャーズ』を“ヤンキー漫画”文脈から読み解きます。ブログ「水平思考」のhamatsuさんによる不定期コラム。
累計発行部数が2500万部を突破し、現在も週刊少年マガジン誌上で連載中の2021年を代表するヒット作、『東京卍リベンジャーズ』(以下『東リベ』)。
本作は2017年から連載が始まっており、既に単行本は23巻まで発行されているのだが、2021年初頭には700万部だった累計発行部数は、2021年8月現在3200万部を超えている。さらに現在絶賛上映中の実写映画版も興行収入30億円を突破した。なぜここまで急激に人気が上昇したのかと言えば、その要因は間違いなくTVアニメ化と、それがNetflixやAmazonプライム・ビデオなどのサブスクリプションサービスでいつでもどこでも視聴可能であることがあげられるだろう。
そう、『東リベ』は『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』といった、サブスクリプションサービスが普及して以降に生まれているメガヒットタイトルの一つとして数えられるであろう作品なのである。
NetflixやAmazonプライム・ビデオを利用する人ならサムネイルなどで何となく見たことくらいはあるかもしれないが、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のような特殊な能力を駆使したバトル漫画とは違い、本作は基本的にはコテコテのヤンキー漫画である。既にそれ相応の人気があったとはいえ、2021年にヤンキー漫画が圧倒的な人気を集めるとは誰が予想しただろうか。
というわけで、遅ればせながら『東リベ』を試しに1巻だけ読んでみたら止まらなくなって結局最新刊まで読んでしまった私なりに、本作の面白さを考えてみたい。
ライター:hamatsu
某ゲーム会社勤務のゲーム開発者。ブログ「枯れた知識の水平思考」「色々水平思考」の執筆者。 ゲームというメディアにしかなしえない「面白さ」について日々考えてます。
Twitter:@hamatsu
ヤンキーは「努力」をしない
そもそもヤンキー漫画をヤンキー漫画足らしめる最も重要な要素とは何か。
それは「努力の不在」である。
ヤンキーは「努力」をしない。何らかの対象に向けて「努力」を開始した時点でヤンキーはヤンキーであることをやめ、ヤンキー漫画はヤンキー漫画ではなくなる。野球を始めたら野球漫画になってしまうし、料理を始めたら料理漫画、将棋を始めたら将棋漫画になる。
例えば、『SLAM DUNK』はコテコテのヤンキーだった主人公、桜木花道がバスケットを始めて、やがてひたむきな「努力」をすることで自身の才能を開花させていくというヤンキー要素のあるスポーツ漫画であるし、格闘技漫画である『グラップラー刃牙』に登場し、ボクシングのヘビー級チャンピオンと壮絶な死闘を演じる暴走族の総長、柴千春と、その彼が尊敬してやまない花山薫はそのどちらもが、戦いに勝つための「努力」をしない。花山薫はヤンキーではなく本職のヤクザだが、喧嘩師としての本質は限りなくヤンキーのそれに近いのである。
「努力」をしないということは、現在の自分では到達することが難しい「目標」や「目的」を持たないということでもある。ヤンキー漫画に登場するヤンキーたちはほぼ必ずと言っていいほどにケンカをするが、そのケンカの行き着く先には特に明確なゴールのようなものはない。ケンカが強いことはヤンキーにとって非常に重要だが、その強さによって何かを成し遂げられるわけではないのである。
ヤンキー漫画の名作中の名作、『クローズ』が、偉大な金字塔たる由縁は、そのヤンキーにとってのケンカの「強さ」というものが、いかに「無意味」であるかを描きながらも、それがいかに「尊い」ものであるかも同等に描くという離れ業をやってのけたからだ。
劇中最大最強クラスの強敵、九頭神竜男とそれを迎えうつ主人公、坊屋春道を評して、登場人物の一人はこんなことを呟く。
「九頭神竜男が最強の男なら 坊屋春道は最高の男よ!」
ヤンキー漫画とは、最強の男ではなく最高の男を描く漫画である。『クローズ』はヤンキー漫画をそのように表現し、そして本作によってヤンキー漫画は一つの完成形に至ったと私は考えている。
タイムリープと「達成目標」の導入
話を『東リベ』に戻そう。ヤンキーは努力をしない。ゆえに多くのヤンキー漫画に登場する多くのヤンキーは多くの努力を必要とする具体的な「目標」を持たない。あるとすれば、敵対する高校やチームとのケンカに勝つとか、襲われた仲間の仕返しをするなどの短いスパンの動機でしか動きようがないのである。数年単位の大きな「計画」や「目標」に向けて具体的な行動を積み上げるヤンキーをヤンキーと呼ぶのは難しい。だからヤンキー漫画はその構造上、主人公が物語の推進力として機能するのではなく、他所からの脅威に「受け身」で対応するという形を取るケースがどうしても多くなりがちなのである。
そんなヤンキー漫画が抱える諸問題を『東リベ』はある方法によって解決している。その方法とは何か。
タイムリープ要素の導入である。
かつてヤングマガジン誌上では、冴えないヤクザが10年前にタイムスリップする『代紋TAKE2』という漫画が人気を博していた。それを意識しているかどうかは分からないが、『東リベ』は、コテコテのヤンキー漫画であると同時に、タイムリープ要素を導入することによって、現在と過去を行き来しながら、現在で起きた悲劇の改変を「目的」とする、SF漫画でもあるのだ。
本作におけるタイムリープはある程度明確にルール設定がされており、現在と過去のタイムラインの移動自体は特定のトリガーによってある程度自由に行えるものの、現在と同様に過去のタイムラインも進行しているため、過去の特定の時間に繰り返し戻ることはできないということが、序盤の時点で説明がされる。
そして、主人公とその協力者の目的は、過去を改変することによって現在に起きた原因不明の事故とそこで失われた命を助けることなのだが、その事故を起こす契機となった事件を現在の視点からできる限り明確に把握した上で過去に移動するため、ヤンキー漫画であるにもかかわらず、主人公には極めて具体的な「達成目標」が設定されるのである。
本作が面白いのは、タイムリープ要素によって生じる「達成目標」の導入によって、主人公がそれをクリアするために、できる限り能動的に行動しまくるという、ヤンキー漫画でありつつ、ヤンキー漫画的ではない物語を同時に展開しているという点にある。単なるヤンキー漫画ではなく、複数の漫画の面白さが複合的に巧みに織り交ぜられているのである。
さらに本作では、「過去」で何らかの目標を達成することで「現在」が改変され、そこでまた新しく発生した謎と問題に応じて新たに「達成目標」が再設定されるという反復が繰り返されることで、物語に強烈な推進力を生じさせることにも成功している。いわゆる「引き」がめちゃくちゃ強い漫画なのである。そのため多くの人は1巻を読み始めたが最後、ついつい最新刊まで読み続けることが止められなくなってしまうのではないかと思う。
作中においても念を押すかのように言及されることだが、ヤンキーの時代、そしてヤンキー漫画の最盛期はとっくの昔に過ぎ去っている。それでも2021年現在に、『東リベ』が大ヒットしてるのがなぜかといえば、本作が単なるヤンキー漫画なのではなく、ヤンキー漫画の諸問題を解決するいくつもの策を極めて周到に用意している漫画であり、ヤンキーに親しみのない層にも訴求できるだけの厚みのある魅力を構築している漫画だからだろう。
“最高の男”の行方
このタイムリープという要素と「達成目標」の導入によって、確かに『東リベ』はヤンキー漫画的ではない面白さを導入することに成功している。
しかし、それでも『東リベ』の面白さの本質は、タイムリープのような強烈なギミックを導入してなお、というよりもそれによってむしろヤンキー漫画の面白さのコアな部分を浮かび上がらせた点にあると私は考えている。
タイムリープという主人公にしか使えない技能を駆使すれば、どう考えても主人公は周囲に対して優位にことを進めることができる。しかし、本作のタイムリープは既に説明したように、過去と現在のタイムラインが同時進行であるため、同じ時間を何度も繰り返すということができない。そして、やがて起きる決定的な事件に向けてある程度の準備はできても、自分を一から鍛え直すほどの猶予時間はない。
つまり、タイムリープという圧倒的な特権が与えられている主人公ですら、地道な「努力」を積むことはできないのである。そして主人公は決して恵まれた体格や戦闘センスも持ち合わせない、至って普通の少年でしかない。
だからこそ、主人公は己の全身全霊を賭けて、「過去」という名の「現在」に向き合わざるを得なくなる。そうでなければ後には本当の「終わり」しかないからだ。
ヤンキーは「努力」をしない。だからこそヤンキーの世界では身長や運動神経や持って生まれたとしか言いようがないようなカリスマ性をあらかじめ「持っている」男が高い地位と強い尊敬を得る。しかしそんな過酷な世界に対して、何も「持っていない」はずの人間が果敢に勝負を挑み、どれほど窮地に立たされ、ボロボロになったとしても戦うことをやめなかったとしたら、その姿は周囲のヤンキーたちの目にどのように映るのか?
本作は、そのようにして「最高の男」を描く、新しいヤンキー漫画なのである。
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