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» 2021年09月24日 20時00分 公開

鈴木さんと富永さんのバトルは「最初からお願いした」―― 令和によみがえる「お笑いマンガ道場」初代Pと放送作家が語るお化け番組の裏側(1/5 ページ)

「富永さんに『楽しいね』って言われたときに、ひょっとしたら当たるのかもなと思った」。

[しげる,ねとらぼ]

 9月26日の16時25分〜17時30分に中京テレビで放送される「復活! 令和もお笑いマンガ道場」。タイトルから分かるように、1976年から1994年にかけて放送された人気大喜利番組「お笑いマンガ道場」のリニューアル版です。基本的には司会者から発表されるお題に対して漫画で回答することを繰り返すというシンプルな作りながら、鈴木義司さんと富永一朗さんという漫画家2人の掛け合いや、意外なほどの絵のうまさを披露しこの番組がきっかけで漫画連載まで持つことになった車だん吉さんなどが、当時の視聴者に強い印象を残しました。



 ということで、「復活! 令和もお笑いマンガ道場」の放送に合わせて、初代番組プロデューサーの澤田健邦さんと構成作家の大岩賞介さんの対談を敢行。それぞれの立場から番組の成り立ちや、思い出を語っていただきました。元は中部ローカルながら、今では伝説的番組として知られることになった「お笑いマンガ道場」は、いかにして作られたのでしょうか。

約5分間の「YouTube先行配信版」は既に公開中

澤田健邦さん(初代プロデューサー)、大岩賞介さん(構成作家)インタビュー


左が大岩さん、右が澤田さん

大岩:澤田さんがこの番組の生みの親ですよ。初代プロデューサーであり、企画者です。

―― この番組はどのようにして生まれたんですか?

澤田:そもそもは思い付きだったんですよ、いろんな事情があって(笑)。中京テレビができたのは1969年で、名古屋のテレビ局としては4番目の後発局。しかも最初はUHF局だったんです。UHFってのは電波の問題があって売り上げが苦しかったんですね。先に開局した3局が東京のキー局のいい番組をほとんど取ったあとの残り物だったんで、営業的にすごく弱かった。

―― そもそも中京テレビにはハンディがあったんですね。

澤田:会社ができて4年間は制作部とか報道部とかがなくて、まだ“制作報道部”とかでしたね。ニュースはフィルム時代で、テロップだけのニュースとか。それでも週に1本くらいは番組を作りましょうということで、スタジオや公開録画でやってたんですね。それが1973年にようやく日本テレビに一本化して、出向で日本テレビ社員が来るようにもなった。そのタイミングで制作部がようやくできたんですよ。それまでは娯楽系の番組をやってきた人が会社に一人もいなくて、日本テレビから来たカメラマン上がりの部長、他の会社で文化映画をやっていたディレクター上がりの副部長、そこに入社4年目の僕と、その年に入った男性と女性のスタッフという5人だけの制作部で週一の番組をほそぼそと続けてたんです。

―― 5人だけ……。

澤田:そのころ、ちょっとしたご縁があって、大岩さんが東京から来てくれることになったんです。僕らは萩本欽ちゃんの「パジャマ党」とかいう名前を一生懸命覚えてる時代ですよ。そのパジャマ党の大岩さんだよ。それで何か新しい娯楽番組を作ろうと試行錯誤していたんですね。で、たまたま日本テレビから来た人、報道部長だったかなあ? その人が漫画家の鈴木義司さんを知ってたんですよ。東京時代からの付き合いで。一緒に日本テレビから来た制作部長も、報道部長と鈴木さんの付き合いが長いからってんで「鈴木さんの4コママンガを使って何かできないか?」と、自分は番組を作ったことがない人なんだけどもそれを言い続けてたんだよね。あんまりうるさいんで、僕が「マンガでやるんなら、マンガの大喜利しかないんじゃないですか?」って言ったんだよ。そしたら、それをやれってことになったんです。乱暴な話なんですよね(笑)。

―― それで鈴木さんが富永さんに声をかけるんですよね?

澤田:そう、紹介。仲が良かったんです。その関係も聞いてたので、一応その2人を前提にして番組を考えたんです。ほんとにもう思い付きなんですよ。で、他のレギュラーの構成をお願いしていた大岩さんに、部長が「澤田が考えたこういう番組をやるから」って言ったら、大岩さんは僕に「なんで? 他にいい企画あるよ」って(笑)。


鈴木さんとともに、長年にわたって番組を支えた富永さん(以下、モノクロ写真は令和版のスタジオに展示されていたものを撮影)

大岩:当たんないだろうなと思ったね。当時としても相当アナログというかさ、しかもテレビは動くもので、止まったマンガであってアニメーションじゃない。どうなの? って最初は思ったよね。

澤田:実際まあやるんだとなって、日本テレビから来た部長と副部長と僕と3人で日テレに行って、マンガの大喜利だから「笑点」にもあいさつにも行こうと。仁義切りに行ったんですね。あとは「スター誕生」とかね、当時は公開録画で仲が良かったんで、そこにも行ったら「ふーん」みたいな感じで。そのときにも日本テレビの誰かが、うちの上の2人に「面白くないよ」と。とにかく来る人来る人みんな「当たんないよ」って言ってた。水森亜土さんくらいですね。「面白い!」って出演交渉のときに言ってくれたのは。あとその横にいた作家の城悠輔さんも「僕は面白いと思うな」って言ってくれました。でも亜土さんは名古屋で収録するって言ったら、「朝早く起きるのはできな〜い」って一瞬のうちにNGが出ましたね。もし東京収録だったら亜土さんは出てくれていたかもしれないですね。

―― それは見たかったですね!

澤田:鈴木さん、富永さんという漫画家2人に、もう一人くらい器用そうな漫画家がほしいなって思って亜土さんにお声かけたんですよ。でもダメで、そこで大岩さんが「だんちゃんは? お笑いもできるし、マンガ描けるよ」って。それで浅井企画に電話かけてマネジャーに話をして、車だん吉さんにオファーしたんです。銀座テレサで「ぎんざNOW!」の審査員やってたんだよね?

大岩:そうそうそう、浅井企画の社長がね。


まさかだん吉さんのオファーにこんな裏話があったとは……

澤田:それで銀座テレサの1Fの喫茶店で、だんちゃんと会って、「こういうのを考えているので、よろしくお願いします」と。それでサラサラっとマンガを描いてくれたのは覚えていますね。手探りですね。上司も芸能界には詳しくないんで、それまでの番組は日本テレビにキャスティングを頼んでいたんですね。だけど僕はこの番組は全部自分でやろうと思ってね。インターネットもない時代なんで「タレント名鑑」だけですよね。

―― 他のレギュラーの人選もしないといけませんよね。ゴールデン・ハーフのエバさんとか。

澤田:エバも、大岩さんに相談して、「笑いのセンスがある子がいいね。キャラクター分けでいうとかわいい子みたいなことでいいんではないか」と。エバはナベプロ、そこに電話入れて、1週間待ってくれって言われて、OKだよと。結局マネジャーとも会わずに企画意図だけ話してOKもらって、よし、あともう一人だという感じで、順番に詰めていった。もう手探りです。


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