原作脱落組による「劇場版 呪術廻戦 0」レビュー “「呪術」初心者”でも楽しめるこの冬一番の話題作(2/3 ページ)
だが、物語はそんな2人の愛を、あるセリフを持って肯定してみせる。その時の乙骨の真っすぐな言葉は、緒方の熱演もあってとてつもなくカッコよく、そして人間の根源的な「愛の確かさ」を呼び起こすようで、とにかく感動的なのだ。そういう意味では、本作を純然たる「ラブストーリー」として期待して見ることもできるだろう。
加えてすさまじいインパクトを与えているのが、リカちゃんを演じる花澤香菜の声と演技である。人間の頃のかわいい姿に似合うかれんな声はずっと聞いていたくなるし、呪霊になった時には音声エフェクトのおかげもあり限界突破したような「ヤンデレ」ぶりが堪能できる。
周りを固める声優陣も、テレビ版同様メインキャストだけで中村悠一(五条悟)、小松未可子(禪院真希)、内山昂輝(狗巻棘)、関智一(パンダ)、櫻井孝宏(夏油傑)と、最高峰の人選ばかり。山寺宏一のカタコトの日本語をしゃべる呪術師・ミゲルも良い味を出している。クライマックスにはさらに豪華な大集合もあり、声優ファンにとっても見逃せないの作品なのは間違いない。
虎杖悠仁と乙骨憂太の似ているところ
もう1つ、今回の「劇場版 呪術廻戦 0」特徴は、連載中の原作やテレビアニメ版における主人公・虎杖悠仁が登場しないことだろう。そちらの物語が始まる前を舞台にしているので当然と言えば当然なのだが、作品のアイコンであるキャラクターが、その劇場版で登場しないのは珍しい。だが、このこと自体が「呪術廻戦」シリーズを知らない、または筆者のように本編にあまりハマれなかった人におすすめしやすい理由にもなっているように思う。
虎杖は人の命を重視する一見模範的な主人公なのだが、不測の事態に対してもわりと冷静沈着で、呪われた毒々しい見た目の「指」を他人のためにためらいなく飲み込んだりもする。そんな、ややクレイジーでサイコなところも含めて彼の良さではあるのだが、筆者個人としてはそれが作品への苦手意識につながってしまっていた。
そんな筆者でも、「劇場版 呪術廻戦 0」の主人公・乙骨は、少し狂気をはらんだような危うさはあるものの、亡くした幼なじみを最優先に考えるという、普遍的な「愛」を抱えるキャラクターで、感情移入しやすかった。
そして、乙骨の物語に触れてあらためて気付かされたのは、虎杖もまた亡くなった祖父に対する複雑な思いや愛情を抱えたキャラクターであったということだ。この2人の主人公は性格が全く異なるようで、実は「大切な人の死」について考えが似ているところもある。
本作への理解を深めることで、苦手意識を持っていた虎杖が少し好きになれたし、おかげで途中で追うのをやめてしまったテレビ版やマンガに再び手を伸ばしてみようという気になれた。それが、今回の映画を見てもっともうれしかったことだった。
丁寧な映画化だが、不満も。
とはいえ、本作に不満がないわけではない。物足りなかったのは、肝心の「百鬼夜行」が行われるクライマックスだ。新宿と京都の街を舞台に「千の呪い」を放つとまで宣言されているにもかかわらず、溢れんばかりの呪いが跋扈するような地獄絵図の恐ろしさや「総力戦」らしさが、画面からは少々感じづらかったのだ。
原作にはなかった、術師たちが事態の対応にあたる様が少し追加されていたりはするものの、大規模な、しかも事前に告知されている侵攻に対し、プロフェッショナルたちが論理的に対処するという面白さには欠けていた。
終盤の展開で連想したのが、「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来」のクライマックスシーンだ。こちらでは敵の突発的なテロ行為に、精鋭たちが冷静かつ迅速に対処する様が描かれていた。あるいは「平成狸合戦ぽんぽこ」のように街で化け物たちが進行し大暴れするようなスペクタクルも期待していたのだが、そうした魅力は残念ながらわずかしかないように感じた。
とはいえ、主人公の乙骨に焦点を当てた戦いと、その決着には大いに満足した。スタッフとキャストが心血を注いで作り上げた、「劇場版 呪術廻戦 0」の物語はそれこそが大切だったのだろうと、十分に納得できた。五条と夏油の関係性を含め、キャラクターみんなが愛おしくなったし、あらためて呪術初心者にこそおすすめの作品だ。
余談だが、2021年は国産のアニメ映画がとにかく豊作だった年だ。興行面で見ると本作や「シン・エヴァンゲリオン劇場版」「竜とそばかすの姫」の存在感が大きいが、この他にも「映画大好きポンポさん」「シドニアの騎士 あいつむぐほし」「劇場版 少女☆歌劇 レヴュー・スタァライト」「漁港の肉子ちゃん」「クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園」、そしてSNSで絶賛の声やファンアートの投稿が相次ぎ異例の盛り上がりを見せた「アイの歌声を聴かせて」など、熱狂的な支持を得た作品が多く公開されている。誰もが知る社会現象作品に加えてもう1本見てみようという方は、ぜひこれらの作品も候補に入れてみてほしい。
(ヒナタカ)
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