タイのオタクは「読む用・保存用・予備で3冊買う」 タイに進出して5年、KADOKAWA AMARIN社長にタイのオタク事情を聞いた(2/3 ページ)
――じゃあ自粛というか、喪に服す感じになっちゃうわけですか。
そうなんですよ。タイの国王は国の象徴としてかなり敬意を持って接されていて、ラーマ9世は特に在位期間も長かったので、すごくリスペクトされていたんです。だから崩御された直後はエンタメは全部禁止で、テレビのコマーシャルの放映もダメなくらい。当然映画館も営業自粛で、『君の名は。』も本だけ先に出ました。あの時は実質、1年くらい喪に服してましたね。
――せっかく急いで刊行したのに……。では、今タイで人気のある作品ってなんなんでしょうか?
今現在で一番売れているものだと、ラノベだったら『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』、通称「ロシデレ」ですね。これはタイ語版の1巻を11月末に出版したんですが、自社の予約サイトだけで限定版が3000セット売れて、プラス普通の単行本が6000冊出ました。タイのオタク向け出版物の市場規模は日本の1/10くらいなので、日本だと体感で10万部近く売れたイメージです。ちなみに、タイ全体の本の売り上げでも2位につけました。
――すごい! というか、「ロシデレ」って日本でもまだ3巻しか出てないですよね。バキバキの最新の売れ筋が、タイでもほぼ同時にウケてるのか……。
「ロシデレ」は日本でもすごく売れていて、2巻の初版部数が『涼宮ハルヒ』シリーズの2巻と同じくらいだったんです。2巻でハルヒ並みっていうのはすごい数字なんですが、その騒ぎをタイの人がしっかりウォッチしてるんですよね。だから「あの騒ぎになってたロシデレが出るのか!」ってことで、大きく食いついたんだと思います。
――コミックだとどうなんでしょうか?
うちの本で今一番売れているものだと、『終末のワルキューレ』ですね。Netflixで配信されているこの作品のアニメ版がタイでも見られるんですが、2020年末あたりから急にこっちでもバズり始めて、シリーズ全体で何十万部と出ています。『鬼滅の刃』はタイでもよく売れてるんですが、それに近い数字が出ていますね。
――やっぱり、アニメと連動していると強いんですか。
そうですね。ここ1〜2年の傾向として、タイでも日本のアニメがほぼ同時に配信されるようになりました。Netflixは同時配信ですが、他にも日本のアニメが正式なライセンシーを通じてタイでもサイマル配信されるようになって、お客さんが広がりました。
――海外でアニメを見るということになると、一昔前はファンが勝手に字幕をつけたものを違法視聴する……みたいな方法しかなかったようですが。
実際タイでも、ちょっと前までは海賊版を見ている人が多かったんです。でも、最近の日本アニメって、アジア配信のライセンスを取得したライセンシーがYouTubeとかで無料公開してるんですよ。正式なライセンスを取得した中国や香港、台湾のライセンシーがタイ向けをタダで公開してるんで、これを見るのは別に違法じゃないんです。日本とのタイムラグもないですし、これが知名度や売り上げに貢献しているというのはあります。
「日本で売れているものがそのまま売れる」タイのオタクの特徴とは?
――では、仕事をしている中で分かった、タイのオタクの傾向ってあるんでしょうか?
これはやってみないと分からないことだったんですが、タイの人って日本のラノベやコミックについてくる特典とか、日本と同じキャンペーン商品を欲しがるんですよね。
――本国と同仕様のものが欲しいんですよね。オタクはどこの国に住んでても同じだな……。
書店限定とか日本国内限定で海外では出回らないような、レアなものをコレクションするハードコアなオタクってタイにけっこういるんですよ。それまでは特典などはあまり付けていなかったんですが、3年くらい前から日本でいう特典付きの特装版に当たる商品、日本円で3000円くらいするようなものをやり始めたら、めちゃくちゃヒットしたんです。「日本で売ってるのと同じものなら、お金を多めに払ってでも買う」という人たちを捕まえることができたんだと思います。
――金銭感覚がバグるオタクあるあるですね。
タイの平均月収は日本円で10〜15万円くらいなんですよ。それなのに何万円分もお金を使って、毎月本を買ってくれる。そういう人たちからは「日本で売っている特典が欲しい」「絵柄も日本と同じものが欲しい」という要望があるんです。
基本的に特典類はタイでの現地生産なので作れないものもあるんですが、アクリル系のアイテムやクリアファイルは作れます。そういったものは日本で売っているものと同じ仕様で作って、ロゴだけ現地語に入れ替えてそのまま出してます。かなりの数の限定版や特典付き商品を毎月作っているので、スタッフが足りない状況ですね。
――そのスタッフの皆さんは、全員タイの方なんでしょうか。
そうです。日本人は僕だけです。オタクというか、日本のコンテンツ全般が好きな人が多いですね。職員はだいたい50人中40人が女性ですね。
――女性が多いんですね。
タイの出版業界ってもともと女性が多いですし、作家も女性が多いんです。日本の「小説家になろう」みたいなサイトがタイにもあるんですが、投稿しているのはほぼ女性だし、内容はロマンスものかBLが多いんです。だから、タイには男性向けコンテンツが全然なかったんですよ。本当に、ここ最近まで海賊版が非常に多かったです。
――コンテンツがけっこう極端に偏ってますね。
KADOKAWAの抱えているコンテンツは男性向けが多いですから、これはチャンスがあるんじゃないかと思ったら、やはりニーズがすごく高かった。みんなKADOKAWAがやっているようなコンテンツが欲しかったんですね。現在、うちの出版物の比率は男性向けが65%、女性向けが35%程度になっています。
――他にも、タイのオタクの特徴などはあるんでしょうか?
日本のラノベ全般って、タイのお客さんにかなり刺さるみたいなんです。学園ものから異世界もの、ラブコメとか、日本で売れているタイトルの8割はだいたいタイでも売れます。この「日本で売れているものがそのまま売れる」というのが、タイの大きな特徴ですね。アメリカとかだと売れ筋が日本と変わってくるんですが、本当に日本の学園ラブコメみたいなものがそのまま受け入れられるんです。
――嗜好が日本のオタクに近いんですね。
ただ、日本と違う動きをすることもあります。例えば百合漫画って、日本だとお客さんのほとんどが男性です。だけど、タイの場合は半分は女性です。『やがて君になる』とかも、かなり女性に人気です。こういった百合漫画も女性向けっぽい装丁にしたりとか全然してなくて、日本と同じスタイルでロゴをタイ語にしてるだけです。ことさら女性向けっぽい見た目にしなくても、タイの場合は女性にヒットしてるんです。
――男性向け/女性向けでバッサリ分けられないエリアが結構広いんですね。あと、タイでも日本語の「寝取られ」を意味する「NTR」というスラングが通じると聞いたことがあるのですが。
NTRについては、タイのオタクの間で普通に使う用語になってますね。普通にアルファベットの「NTR」で通じます。派生したスラングとしても用法が確立されていて、例えばうちは他社さんのライセンスも扱っているんですが、そこで日本だとA社さんが出しているラノベを「今度これをタイで出します」って発表するじゃないですか。そうするとオタクがSNSなんかで、「KADOKAWAがA社のラノベをNTRった!」みたいな話をしてるんですよね。
――オタクは本当にどこの国でもやることがオタクだな……。
ネットスラングに限らず、日本の情報が回るのがめちゃくちゃ早いです。新巻とかアニメの情報とか、極端な話だとわれわれより先に知ってたりしますからね。人気作品の書影なんかにしても、日本のTwitterのアカウントに乗った瞬間にタイでも拡散される感じです。12月に発売されたばかりの『彼女が先輩にNTRれたので、先輩の彼女をNTRます』も既にタイで注目度が高まっていますね。
こちらについては原作が掲載されているKADOKAWAのウェブ小説サイトの「カクヨム」にもタイや周辺の国から大量のアクセスがあったと聞いています。コメント欄にも英語での応援メッセージがついています。
――「カクヨム」だと小説は全部日本語ですよね?
日本語で書かれていても日本語が読めるオタクは多いし、読めなくても自動翻訳を駆使して楽しむんです。日本のソースから直接情報を取ってきてるから、「NTR」みたいな概念も通じるんですよね。
勝手に翻訳されちゃう問題と、漫画が仕事にならない問題
――原文を直で翻訳する情熱がすごすぎますね。海外では海賊版で読む人も多いイメージがあったのですが……。
もちろん海賊版がないわけではありません。さすがに今は紙の本での海賊版というのはありませんが、ラノベも漫画もWeb上に翻訳されたものがアップされることはあります。書影を公開した日から職人が翻訳を始めて、全部日本語の本がすぐに10チャプターくらいタイ語に訳されてしまう。
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