2021年個人的ベストゲーム! 闇のカードゲーム「Inscryption」は「めちゃくちゃうまいカツカレー」だったやや最果てエンタメ観測所

「闇のカードゲーム」を体験できるゲーム。

» 2022年01月09日 19時00分 公開
[砂義出雲ねとらぼ]

 2022年、新年一発目のゲームレビューは昨年(2021年)僕が一番面白かったゲームを紹介しようと思います。その名は……「Inscryption(インスクリプション)」!(公式サイト

Inscryption タイトル画面。最初「ニューゲーム」が見当たらないところからもう「Inscryption」
Inscryption ゲーム画面。基本はカードゲームです

ライター:砂義出雲

砂義出雲 プロフィール

作家・シナリオライター。はてなダイアリー「やや最果てのブログ」の運営を経て、2011年に小学館ライトノベル大賞・優秀賞を受賞し『寄生彼女サナ』でデビュー。なんだかんだ10年以上業界の片隅でラノベを書いたりゲームシナリオを書いたりしてきました。映画とゲームとsyrup16gが生きる糧。人生ベストゲームは「Outer Wilds」です。

Twitter:@sunagi



ひとことで説明すれば「闇のカードゲーム」

 このゲームがどういうゲームか。ざっくり言えば「一人称視点で部屋に隠された謎を解きながら進めるホラーテイストのカードゲーム」なのですが、実はこのゲーム、漫画やアニメが好きな方にはパワーワードで説明することができます。

 週刊少年ジャンプで連載され、アニメ化もされた『遊☆戯☆王』という漫画を知っている方は多いでしょう。その『遊☆戯☆王』の特に初期では、登場人物が命を賭けた「罰ゲーム」つきの「闇のゲーム」で対決するというのが定番の流れでした。展開によっては、カードバトルに負けたキャラが罰ゲームとしてカードの中に閉じ込められたりして。

Inscryption 闇のカードゲームに敗北してカードの中に閉じ込められる海馬(『遊戯王』デジタル版1巻260ページより)

 「Inscryption」はこの『遊☆戯☆王』に出てくる「闇のカードゲーム」が体験できるゲームです! はいパワーワード! 説明終わり!

 ……ってわけにもいかないんだよなあ。実はこの「Inscryption」、“ネタバレ厳禁”のゲームであるにもかかわらず、どういう性質のゲームか前提知識がある程度ないとゲームの評価に多大な影響が出るであろうタイプのゲームでもあるんですよね、これが。

 僕が「Inscryption」をプレイしたときの感想を一言で言うなら……「奇抜な揚げ物で知られる最高のカツ職人がカツカレーを作ったと聞いて食べてみたら、『えっ待って、このカツカレー、カレーだけでもめっちゃうまくない!?』って感じだった」のです。そして、「カツ」と「カレー」、この2つの要素が何にあたるのか、それぞれの角度から説明する必要があるのです。説明しましょう。


「カレー」、デッキ構築型ローグライトの新機軸

 まず、カツ職人が作るということでそこまで期待はしていなかったものの「めちゃめちゃうまかった」という「カレー」。これは、このゲームのジャンル……特に序盤のゲーム性そのものです。ゲーム紹介を見ると、目を引くのはこんな文句。「デッキ構築型ローグライト」。簡単に言うと、プレイを始めるたびに一からカードを引いてバトルに使うカードデッキを構築していき、ゲームオーバーになると全て失われる、運要素が強く絡むゲームのことです(ちなみに、『ローグライト』は『ローグライク』というゲームジャンルから派生したもので、この混同されがちな2つのジャンルの分類問題について語りはじめると朝までかかるので今回は省略します)。

 実は昨今のインディーゲーム業界、この「デッキ構築型ローグライト」要素を取り入れたゲームがめちゃめちゃ増えています。これにははっきり源流があって、恐らくそのほとんどが「Slay the Spire」(2019)という大ヒットゲームの影響を受けているのです。

Inscryption 「Slay the Spire」ゲーム画面

 ランダム生成されたマップを移動しつつ、その過程で手に入れたカードでデッキを構築しながらバトルをするというこの傑作「Slay the Spire」の絶妙なゲームバランスと中毒性は革新的でした。そして、同作は「スレスパフォロワー」と呼ばれるゲーム群を大量に生み出すことにもなりました。マップを移動する際のゲーム画面を見比べてもらえば、「Inscryption」もまた「スレスパフォロワー」であることを隠そうともしていないことが分かるでしょう。

Inscryption 「Inscryption」の移動画面
Inscryption 「Slay the Spire」の移動画面

 ただ、その流れにありつつも「Inscryption」にははっきりとした独自性がありました。それは、元ゲームの絶妙なゲームバランスを再現しようとした「スレスパフォロワー」と違い、「カレー」が本職ではない「カツ職人」だからこそできる大胆な味付け。「Inscryption」にとって「スレスパ」形式は「物語」を語るための手段でしかない……つまり、バランスを考えていないような「ぶっ壊れカード」で無双できるのです! これがめっちゃ楽しくて気持ちいい!

 中でもバランスブレイカー的カードとして特筆したいのは3方向に攻撃できる「マンティスゴッド」。作中で200ドル(日本円で約2万円以上)するといわれるカードだけあるぜ! ちなみに基本的にこのゲーム、広範囲に攻撃できるカードがめちゃくちゃ強いです。これは攻略の役にも立つのでぜひ覚えておいてください。

 そして、「Inscryption」はそれだけでなく、ゲームの雰囲気が抜群に良い! カビ臭さの漂う薄暗い小屋の中、目の前には薄ぼんやりとしか顔の見えないゲームマスター。生きているように喋りまくる手持ちのカードたちはカードゲームの「生け贄」にされるときちんと悲鳴を上げます。アイテムの使い方にも意表を突くものがあって(相手のてんびんに重量を載せるためにそこまでやる!?)、この感覚、これこそ「闇のゲーム」!

Inscryption オコジョの「顔」が変化していくのにも注目を

 なお、販売ページには「ホラー」のタグがついていますが、過度なビックリ表現はありません。恐らく全てはこの「雰囲気」による区分であり、目の前でくるくると仮面を付け替えるゲームマスターは、TRPGのように机を挟んで向かい合ってやるカードゲームの面白さを教えてくれます。

Inscryption ゲームマスターがくるくると仮面を付け替えて気分を盛り上げてくれます

 「対面型ボードゲーム」の楽しさはコミュニケーションのプリミティブな喜びにもあります。そして、ゲーム終盤では向かい合っているからこそできる「手を使ったある行為」に思わず涙ぐんでしまいました。ああ……本当にいいシーンだったなあ。


「カツ」、Daniel Mullinsという鬼才の作家性

 さて、長々と「カレー」(ゲーム部分)がいかにうまかったかを説明してきましたが……実は、今の前段は「Inscryption」を構成する要素の30%程度でしかありません。もう一方の要素、カツカレーの「カツ」についても説明しましょう。

 このゲームの「カツ」とは……ゲームの「作者」そのものです。Daniel Mullins(ダニエル・マリンズ)。名前だけでも覚えて帰ってくださいね。一言で言うと、「メタフィクション」ゲームの名手です。過去作の「Pony Island」「The Hex」もそのようなゲームであり、筆者が「Inscryption」をプレイした時には正直、こちらの要素を強く期待していました。

Inscryption Pony Island。これも驚きに満ちた傑作ゲーム

 そして「Inscryption」もやはり、その方面でも完全に期待に応えてくれました。ぼかしながら言うなら、ゲームの進行につれて「世界を見る解像度」がまるで変化していくのです。実は、前段で説明した「カレー」部分も、さっきのが欧風カレーだとしたらドライカレーぐらいにまで変化していきます。とにかく、後半はDaniel Mullinsの真骨頂がてんこ盛り! エンディングを迎えるまで常に驚きに満ちたプレイになることでしょう(一つアドバイスするなら、配信などでプレイしようとしている人にはやや危険なシーンがあるかもありません)。

 そして、このゲームはエンディングを迎えても終わりではありません。衝撃の展開の末に待つもの……はっきり言って、ここがこのゲーム最大の「賛否両論」ポイントであり、人によっては怒る人もいるだろうと思います(ピンと来ていない人は「Inscryptionをクリアした人のための攻略情報」などでググってみてください。ここで合う合わないが出るのはもうどうしようもないです。だってそれが「作家性」なのですから。取りあえず「Daniel Mullinsってこういうことをする人だから……」とだけ覚えておいてほしいな、とは思います。

 ちなみに、現時点で出たDaniel Mullinsのゲームは全て話がつながっているようです。そして、最後までやっていただけたら、彼のゲームは今後も新作が出たら「リアルタイムに」追わないといけないクリエイターだということが分かってもらえることでしょう。

 しかし、あらためて言いますが、今までのDaniel Mullinsのゲームはメタフィクションにこだわるあまり「ゲーム性」は二の次、というような節がありました。だからこそ、「Inscryption」のゲーム部分がちゃんと「面白かった」喜びはすごかった。もっとも、Steam版は最近のアップデートにおいて、前段で熱く語ったこのゲームの「一番おいしい部分」だけを延々食べ続けられる「KAYCEE'S MOD」という新モードがβ版として追加されたので、「カレー」がうまかったという人にはこれもおすすめです。

Inscryption 「KAYCEE'S MOD」。ストイックなカードゲームを求めている人にはきっとぴったり

 とにかく、Daniel Mullinsという鬼才ゲームクリエイターを知ることまで含めて値段以上の価値は絶対にあるし、なにより「カツ」と「カレー」両方合わさってこそのカツカレーです。ゲームのプレイを一つの「体験」として楽しめる人なら、間違いなく楽しめる一本だと思います。

 最近のニュースでは、この「Inscryption」の販売本数が100万本を越えたことが発表されました(AUTOMATONの記事)。それだけ多くの人にDaniel Mullinsの世界が届いたことを喜びつつ、この鬼才が次に何を食べさせてくれるのか楽しみに待ちたいと思います。今まで食べたことのないカツカレー、みなさまもぜひ機会があれば食してみてはいかがでしょうか。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた