クマが“数の暴力”より“知恵”で統治する 奇妙なフランス・イタリア合作のアニメ映画「シチリアを征服したクマ王国の物語」レビュー(2/3 ページ)

» 2022年01月16日 11時30分 公開
[ヒナタカねとらぼ]

 こうした描写は間違いなく第2次世界大戦が終結した1945年、原作が書かれた当時に振り返ったヨーロッパの歴史を反映している。

クマが数の暴力よりも知恵で統治するアニメ映画「シチリアを征服したクマ王国の物語」レビュー (C)2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS - PATHE FILMS - FRANCE 3 CINEMA - INDIGO FILM

 中世を連想させる世界観でありながら、ファンタジーの怪物が主人公たちを危機に陥れていき、リアルな政治劇も繰り広げられる。そんな複数の要素が同居する作品性こそ、日本が世界に誇るマンガ『ベルセルク』を連想させる理由だ。

柄本佑と伊藤沙莉が1人複数役をこなす吹き替え版の魅力

 本作の日本語吹き替え版は、なかなかチャレンジングな配役をしている。何しろ俳優の柄本佑が1人2役、さらには伊藤沙莉が1人3役をこなしているのだ。

「シチリアを征服したクマ王国の物語」日本語吹替版キャストインタビュー

 本業声優ではない俳優のキャスティングに見る前は正直不安もあったが、これが見事なクオリティーだった。柄本佑は穏やかなおじさんの「語り部」と、ひょうきんで憎めない「魔法使い」を演じ分けており、同じ人には聞こえないほど。

 さらに、伊藤沙莉は「語り部の弟子」に加え、物語の後半に登場する「少女アルメリーナ」と「幼少期のクマの息子」を演じており、ハスキーかつかわいらしい声と、真っすぐな性格を感じさせるそれぞれの演技が見事にハマっていた。

「シチリアを征服したクマ王国の物語」日本語吹替版【柄本佑 編】本編映像
「シチリアを征服したクマ王国の物語」日本語吹替版【伊藤沙莉 編】本編映像

 なお、本作では「シチリアを征服したクマ王国の物語」を語り部たちが話して聞かせる「劇中劇」の構成が取られている。柄本と伊藤が複数の役の声をこなしているのは、語り部とその弟子が「物語の中の登場人物も演じている」ということで必然性もあるのだ。

 さらに、リリー・フランキー、加藤虎ノ介、寺島惇太、堀内賢雄も重要なキャラクターの声を当てており、それぞれが見事なハマり役。前述の通り本作は(シビアな作劇であっても)「子どもから大人まで楽しめるアニメ映画」であるため、知名度と演技力を併せ持つキャスティングが、素晴らしい吹き替えに結実していることがうれしい。

「シチリアを征服したクマ王国の物語」日本語吹替版【リリー・フランキー 編】本編映像

 ちなみに、劇中劇の構成や、物語の後半に登場する少女アルメリーナは、原作にはいない映画オリジナル要素だそうだ。男ばかりだった物語に少女を登場させたのは、「破減へと突き進む者たちの過ちや弱さを嗅ぎ分ける、聡明で勇敢な少女に希望を託す」ねらいもあったという。彼女の存在は男性権威主義的な政治劇に一石を投じており、現代の作品としての価値も高めていると言えるだろう。

ルネサンス絵画の影響や実力派の脚本家の参加も

 本作はアニメとしてのクオリティーも高い。アニメーション制作を担当したのは「レッドタートル ある島の物語」(2016)のプリマ・リネア・プロダクションズ。ルネサンス絵画を参考にしたという色彩は美しく、さらにはオーソン・ウェルズなど表現主義の映画作家が好んだシルエットの影や光の使い方にも影響を受けたという。

 1シーンが1シーンが絵画のような美しさである上に、かわいらしいキャラクターが滑らかかつ生き生きと動くため、「今までに見たことがないアニメーション」を堪能する、眼福という言葉がふさわしい映画体験ができる。

クマが数の暴力よりも知恵で統治するアニメ映画「シチリアを征服したクマ王国の物語」レビュー (C)2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS - PATHE FILMS - FRANCE 3 CINEMA - INDIGO FILM

 しかも(そもそも原作が児童書なので当然とも言えるが)政治劇があっても全く小難しさがなく、誰もが見ても面白いエンターテインメントになっていることも美点だ。「君と歩く世界」(2012)や「ゴールデン・リバー」(2018)、さらに1月14日同日公開の「スティルウォーター」(2021)などの実写映画で活躍する脚本家のトーマス(トマ)・ビデガンも参加しており、妥協のない物語のブラッシュアップがあったのも間違いないだろう。

 また、娯楽作として統制されたクオリティーの高さがある一方で、「えっ!?」と驚いてしまうトンデモな展開も見どころだ。クマ一団のピンチを「そんなことある?」と思うしかない方法で解決したり、終盤にはさらに予測不能なスペクタクルが待ち構えている。そこには正直に言ってツッコミどころもあるのだが、それもまた日本のアニメには絶対にない奇妙さが感じられて面白かった。

クマが数の暴力よりも知恵で統治するアニメ映画「シチリアを征服したクマ王国の物語」レビュー (C)2019 PRIMA LINEA PRODUCTIONS - PATHE FILMS - FRANCE 3 CINEMA - INDIGO FILM

 タイトルや「クマの一団VS人間たち」という設定にはイロモノっぽさも感じるかもしれないが、前半は分かりやすい冒険活劇。後半は謀略が渦巻く政治劇が展開し、娯楽性はたっぷり。さらにキャラクターも愛らしく、ハイクオリティーなアニメが82分という短めの上映時間に詰まっており、ずっと楽しく見ていられる。

 劇場で見るアニメ映画として申し分のない出来栄えなので、アニメ好きの大人はもちろん、ぜひ親子で見る映画の選択肢にも入れてみてほしい。

ヒナタカ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/13/news176.jpg 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  2. /nl/articles/2411/14/news014.jpg ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. /nl/articles/2411/14/news042.jpg 夫「250円のシャインマスカット買った!」 → 妻が気づいた“まさかの真実”に顔面蒼白 「あるあるすぎる」「マジ分かる」
  4. /nl/articles/2411/14/news090.jpg ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  5. /nl/articles/2411/14/news167.jpg 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. /nl/articles/2411/14/news187.jpg 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. /nl/articles/2208/06/news075.jpg 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. /nl/articles/2411/13/news162.jpg 「情報操作されてる」「ぜーんぶ嘘!!」 175R・SHOGO、元妻・今井絵理子ら巡る週刊誌報道を一蹴 “子ども捨てた”の指摘に「皆さん騙されてます」
  9. /nl/articles/2411/14/news035.jpg 160万円のレンズ購入→一瞬で元取れた! グラビアアイドル兼カメラマンの芸術的な写真に反響「高いレンズってすごいんだな……」「いい買い物」
  10. /nl/articles/2411/12/news194.jpg 「予約しました」 サッポロ一番の袋に見せかけた“笑っちゃいそうなグッズ”が話題 「サッポロ一番味噌ラーメン好きがバレちゃう」
先週の総合アクセスTOP10
  1. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  2. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  3. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  4. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」
  5. イモト、突然「今日まさかの納車です」と“圧倒的人気車”を購入 こだわりのオプションも披露し光岡自動車からの乗り換えを明かす
  6. 「この動画お蔵かも」 親子デートの辻希美、“食事中のマナー”に集中砲火で猛省……16歳長女が説教「自分がやられたらどう思うか」
  7. 老けて見える25歳男性を評判の理容師がカットしたら…… 別人級の変身と若返りが3700万再生「ベストオブベストの変貌」「めちゃハンサム」【米】
  8. 「ガチでレア品」 祖父が所持するSuica、ペンギンの向きをよく見ると……? 懐かしくて貴重な1枚に「すげえええ」「鉄道好きなら超欲しい」と興奮の声
  9. 「デコピンの写真ください」→ドジャースが無言の“神対応” 「真美子さんに抱っこされてる」「かわいすぎ」
  10. 「天才」 グレーとホワイトの毛糸をひたすら編んでいくと…… でっかいあのキャラクター完成に「すごい」「編み図をシェアして」【海外】
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた