ピクサー最新作「私ときどきレッサーパンダ」レビュー “思春期オタク”の言動に悶えながらも、自分らしさを抱きしめたくなる意欲作(2/2 ページ)
レッサーパンダが表すものって?
感情が強く昂ると、レッサーパンダに変身し、時にはケモノのように暴走してしまうメイ。一見ポップな動物への変身設定ですが、本作では思春期にはじまる心身の変化と自我の強烈な発露のメタファーとして描かれています。レッサーパンダに変身したメイは、モフモフかわいいだけでなく、大柄な体型や体臭に悩みます。これは、思春期に起こる体の変化とその変化への困惑を表しています。
また、変身のトリガーがメイの感情であることも重要です。性の目覚め、羞恥心、自己嫌悪、悲しみ、怒り、喜びなど、思春期に持ち合わせる複雑な感情はこの頃だけのものと思われがちですが、実は大人の私たちが今も奥深くに抱えているものでもあります。作中では、思春期に自身の「レッサーパンダ」を持て余したトラウマがその後の人生にも大きな影響を及ぼすことまで描かれており、さすがと言わざるを得ません。
「自己肯定」と「家族愛」
メイと家族の愛を描きながらも、ときに友情がそれに勝ることをはっきりと描いた本作は、自分探しと家族愛が大きなテーマとなっている最近のディズニー、ピクサー作品の中でも新たな境地に達したのではないでしょうか。
メイはレッサーパンダへの変身が親友たちにバレても「どんな姿でもメイが大好きだよ」と励まされ、人間の姿に戻れるようになります。メイは、親友たちの存在があったからこそ、自身の変化を受け入れられるようになったのです。
メイがレッサーパンダ化を抑えようとするたびに親友たちを思い浮かべる様子からは、思春期の若者にとって家族以外に「ありのままの自分」を受け入れてくれる人がいることの大切さがよく表れています。メイは、レッサーパンダの姿で学校の人気者になりますが、これも解放された自分は、他者に受容されるというメッセージではないでしょうか。
また劇中では、過保護な母親・ミンからメイが自立する様子が描かれています。娘のレッサーパンダ化に戸惑い、メイにとっては最悪の行動ばかりとってしまうミン。ミンの行動は全肯定できるものではありません。しかし、物語の終盤では、過去の辛い経験から娘を守るための愛情が先走ってしまっていたことが明かされていきます。メイだけでなく、ミンの自己肯定と家族愛、そして救済を描くことで、"血のつながった家族"ではない他者とのつながりの大切さをより強く、そして巧みに描いているのです。
2021年に公開され、第94回アカデミー賞では長編アニメーション賞を受賞したディズニー映画「ミラベルと魔法だらけの家」でも、本作と同じく家族との葛藤・軋轢が描かれます。しかし、同作の主人公・ミラベルは「家族の一部としての私」という枠から出ず、家族の外に拠り所を作らないまま物語は帰結していくのです。
メイの家族愛を尊重しながらも「家族外に自分の世界があっていい」「血縁のしがらみから解き放たれてもいい」というブレイクスルー的な結論を示した本作は、「ミラベルと魔法だらけの家」の終わり方に納得できなかった人にも響くのではないでしょうか。
アジア人をエンパワメントしてくれる物語
アジア系移民出身の監督や製作メンバーが、移民の子どもに共通する「先祖の伝統を守りたい気持ち」と「新世界の文化を楽しみ、自分の世界を得たいという葛藤」で二つの世界の板挟みになった経験を物語に反映したという本作。「食事」で思いやりを表現する様子や、「Tiger Mom」と呼ばれる教育ママ、保守的な家庭内で品行方正でいようと努める子どもの姿など、アジア系ならではの文化が細部まで描かれています。
異国での少女時代の記憶を振り返ると、私の母もマイノリティという不便さを乗り越えようとし、子どもを案じるあまり「Tiger Mom」化していました。私自身も、「日本人としても、人一倍努力して期待に応えよう!」というプレッシャーを自らに課してマジメにふるまっていたのを覚えています。「恩返しのために親には従わなきゃ」と張り切るメイの姿は、昔の自分と重なります。それを「親に洗脳されてる」と評するメイの親友たちの言葉もまた、当時の友人からの苦言を思い出させるのです。
レッサーパンダ化=自分を解き放つことは、「子どもや女性は貞淑・従順でいるべき」という社会通念がある日本をはじめ、アジア圏では特に忌避されがちなものです。そんな抑圧へのカウンターとなる本作は、日本の視聴者をエンパワメントしてくれるのではないでしょうか。
なお現在、アメリカの書店では本作の書籍が児童書コーナーの目立つ所に置かれています。ホワイトウォッシュなどの人種問題が残るアメリカ社会で、当たり前にアジア系の女の子が主役の映画や本があるということは、レプリゼンテーションや自己投影ができるという点でも喜ばしく思います。
「Don’t say gay bill」とピクサー作品
現在、ディズニー社と子会社ピクサーについて語る際に避けられないのが、ディズニー社のLGBTQ+への対応とその批判、作品への影響です。
フロリダ州議会が3月に可決した、通称「Don’t say gay bill(ゲイと言うな法案)」。当法案は、小学校で教師が性的指向や性自認について論じることを事実上禁止する内容ですが、ディズニー社は当初この法案に対する立場を公にせず、推進派議員に多額の献金をしていたために、批判を浴びていました。
批判を受け、ディズニー社は同法案への反対声明やLGTBQ+の権利保護団体への寄付を表明しましたが、その渦中に「ピクサー社内のLGBTQIA+従業員、及び関係者」名義で、内部告発の声明文が発表されました。同声明は、親会社のディズニー社が、ピクサー作品に対してほぼ全ての同性愛描写を削除するよう検閲を行っていた上、ピクサー側からの抗議は認められなかったという内容で、ディズニー社の声明が内実を伴っていない事が判明。一方的に作品を検閲されたピクサー側に同情の声が集まっています。
本作の撮影監督は同性愛者であることを明かしています。さらに舞台はLGBTQ+コミュニティに活力があるトロントで、時代は同市で同性婚が正式に認められる直前の2002年。LGBTQ+の存在を透明化する方が不自然なこの作品においても、ディズニーによる検閲の可能性を否定できません。
本作では、手を繋いで歩く同性カップルのカットが入っているのが判明しSNS上で話題になりました。このカットは、ディズニー社の今までのLGBTQ+への姿勢に対する抗議として、製作陣が残したのではないかとも考えられます。
また、ピクサー作品は、コロナ禍を理由に3作連続で劇場公開が叶わず、ディズニープラスでの配信限定の公開となっています。この間にもディズニー作品は劇場公開されており、ピクサー作品との扱いの差に国内外でも疑問の声が上がっています。
初の女性スタッフ主導の長編作品としてガラスの天井を打ち破った本作の劇場公開がなかったことは、いち映画ファンとして残念でなりません。劇場公開があれば、ディズニープラス加入にまで至らない層にも届き、作品がより盛り上がったのではないでしょうか。なにより、大画面で走り回るレッサーパンダや4★Townのライブが見たかった……!
レッサーパンダなあなたのままでもいい
あらゆるティーンが経てきたであろう体験がぎゅっと詰まった本作。海外では、ハッシュタグ「#at13」を筆頭に、「私の物語そのもの!」と共感の声が相次いでいます。どの経験も否定せずに、そのままでいいんだよ、と温かく包み込むような、広い世代にも響く思春期賛歌を描いた作品だからこその反響ではないでしょうか。
「レッサーパンダなあなたのままでもいい」というメッセージは、まさに強烈な自我を抱擁してくれるようなやさしさをもっています。この作品のように、世の中全体が“レッサーパンダを抱きしめて”くれるようになることを願わずにはいられません。
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