「映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝」レビュー 30作目の節目だからこその集大成(1/3 ページ)
「先輩お母さん」のみさえがカッコ良かった。
30作目の節目を迎えた「映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝」が公開中だ。本作は小さいお子さんでも飽きずに楽しめるおいしい展開をたくさん詰め込み、クレしんファンが良い意味で「ズルい!」と言いそうな感涙ポイントも用意している。何より、「クレしん映画が30周年にして30作目の節目を迎えたからこその転換点であり集大成」と心から思える内容となってる。
GWに家族で見る映画のチョイスとしてはもちろん、クレしんファンにも安心しておすすめできる。事前に知っておく情報はこれだけでも十分ではあるが、さらなる魅力を記していこう。具体的なサプライズ要素は避けて書いたつもりだが、一部内容には触れているので、予備知識なしで見たい方は、先に劇場へ足を運んでほしい。
社会風刺が込められた忍びの里という舞台
タイトルやメインビジュアルで分かる通り、今回のモチーフは「忍者」。世間と隔絶された「忍びの里」での冒険が描かれた作品であり、しんのすけは期せずして忍者の家系の息子の「ふり」をして、さらには世界滅亡の危機へと立ち向かうことになる。
まず、大人がハッとさせられるのは、この忍びの里の設定が社会風刺になっていることだろう。一家の主であるお父さんは息子の未来のためにも世界滅亡を防ぐ仕事をひたすらに続け、くノ一にまつわる描写からは男尊女卑的な思想もみて取れるし、今の長老は威張り散らして私利私欲に走る老害そのもの。情報が統制された閉鎖的な村社会で、長期に渡り蓄積された、通り一辺倒の保守的な価値観がまかり通っているというわけだ。
橋本昌和監督は、パンフレットで「忍者って、耐え忍んだり、努力を積み重ねて修行をするイメージですけど、そういう忍者たちの世界をしんのすけがひっくり返すことができたら、ワクワクする話になる」と、忍者の世界を描こうとした理由について語っている。
しんのすけは型破りでめちゃくちゃだが、規範的な枠組みにとらわれない柔軟な思考の持ち主であり、だからこそ忍びの里に「変革」を起こす存在としての説得力も持たせている。同時に、2つの家族の描写をもって打ち出されたストレートな「家族愛」は、クレしん映画では定番といえるテーマでもある。つまり、忍者というモチーフは「クレしん映画でやる意義」があると同時に、家族愛を主軸にした「クレしん映画らしさ」にもつながっているというわけだ。
「忍者はカッコいい!」と心から思えるアクション
前述したように忍びの里における価値観は通り一辺倒の保守的なものであるが、一方で「忍者ってめっちゃカッコいいぞ!」ということもストレートに描かれている。その証拠に、一緒に見た5歳と4歳のおいっこは、鑑賞直後にかくれんぼをしつつ「忍法隠れ身の術!」と言う(※隠れられていない)など、思いっきり影響を受けていた。
序盤の傀儡(操り人形)を使ったアクロバクティックなアクションはマンガ「からくりサーカス」を思わせて楽しいし、「屁爆弾」を武器とする敵忍者とのバトルに「知恵」を使う様も面白い。しんのすけと同年代のくノ一の女の子「風子」との潜入ミッションは19作目「嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦」も思い起こすし、存分にワクワクできるだろう。
しかも、橋本監督が「パシフィック・リム」をイメージしたと明言している、とある見せ場も展開する。ネタバレになるので明言は避けるが、クライマックスも過去のクレしん映画にあった展開の「アップデート」に思えた。単に過去作でやったことの繰り返しや二番煎じにはせず、サービス精神満点のサプライズを込めていることも、本作の美点だろう。
それらのアクションに加えて、もちろんクレしんらしいクスクスと笑えるコメディーセンスも絶好調。何より、大人も子どもも楽しめるエンタメ性抜群の内容になっていることに、「クレしん映画らしさ」をもっとも感じられるのではないか。
「先輩お母さん」のみさえのカッコ良さ
今回のゲストヒロインである屁祖隠(へそがくれ)ちよめに、みさえが「先輩お母さん」として大切なことを諭す場面も見どころになっている。橋本監督は27作目「新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜」でみさえの捉え方が広がったとも語っており、今回もそちらと同様に、主体的に行動するカッコいい女性かつ母親としてのみさえの姿が描かれているのだ。
ちよめは忍びの里で「誰かに助けを求めること」ができず、その息子の珍蔵(ちんぞう)ももののけに上手く変身できない悩みを抱えながら、自分の決まりきった未来を受け入れる「聞き分けの良い子」だった。それもまた保守的な価値観に染まった忍びの里で育ったがゆえの問題だったのだが、みさえやしんのすけと出会ったことで、彼女たちがどのようなことを学び、成長していくかにも、ぜひ注目してほしい。
なお、橋本昌和監督は、野原一家が屁祖隠一家の価値観を変えていくことについて、「しんのすけは、常に変わらずにテレビシリーズの世界に戻っていくキャラクターなので、映画の中で大きく成長させることはできません。でも彼や彼の家族の良さを、彼らと関わった人たちが変わっていくことで表現することはできます」とも語っている。それは、クレしんという強固な土台のあるシリーズだからこその、誠実なアプローチだ。
「取り違え」があまり生かされないなどの不満も
今回の「もののけニンジャ珍風伝」には、正直に言って不満もある。特に気になるのは物語の発端部分、「しんのすけがみさえとひろしの本当の子どもではない」と告げられる、映画『そして父になる』やマンガ『カッコウの許嫁』のような「赤ちゃんの取り違え」の設定だ。
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