ニュース
» 2022年05月07日 20時30分 公開

10年越しの「ピングドラム」が運ぶもの 劇場版「輪るピングドラム」前編レビュー(1/2 ページ)

前編は絶賛上映中。後編は7月22日公開。

[将来の終わりねとらぼ]

“「この薔薇があなたに届きますように」 スタッフ一同”

(少女革命ウテナ 39話「いつか一緒に輝いて」エンドカードより)

 幾原邦彦のアニメーションは常に一貫している。それはもちろんアバンギャルドな演出様式、印象的なバンクと楽曲、特徴的な言語センスなどに顕著であるだろう。しかし真の意味での彼の柱は「少女革命ウテナ」最終話、25年前のクリスマスイブに送られたエンドカードのこの一言に表されている。幾原はアニメーションを通じて視聴者、ひいては世の中に対し常に、強いメッセージを送り続けている。

「輪るピングドラム」オープニング/「ノルニル」

 「輪るピングドラム」。「少女革命ウテナ」の完結以後は表立っての活動が少なかった幾原の、10年以上ぶりとなる完全な新作がもたらした衝撃は大きかった。とにかく強烈なビジュアル、抽象的な会話に基づく謎に満ちたストーリー展開、徐々に明かされる登場人物のバックグラウンド。

 物語の中心は運命を記した不思議な日記から、やがて「16年前の事件」を巻き込み、作中明示される“あらかじめ失われたこどもたち”――社会から透明な存在として扱われ、革命家であっても救うことのできない――に向けられた物語へと収束していく。

 作中、それぞれのこどもたちはたびたび家族・血縁、関係性の呪いについて苦痛の声をあげる。しかし同時にまた、彼らはそれを手放すことを望んではいない。この解決できない矛盾を孕んだ寓話は、最も単純で暖かな愛の言葉とともに幕を閉じる。

 公開中の新作「劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編]君の列車は生存戦略」はその“再構築"と銘打ってはいるものの、続編的要素を十分に備えている。これは本作の時系列がテレビシリーズのその後を描いており、その時系列をキャラクターに沿いあらためて俯瞰するという脚本自体の構成、のみによるものではない。

劇場版「輪るピングドラム」予告編

 幾原の作品群にもうひとつ共通点があるとすれば、救済には利他的な犠牲が伴うということだ。そして誰かを救った側は世界の風景から消え、忘れられてしまう。このルールは「少女革命ウテナ」「ユリ熊嵐」の結末と同様に、「ピングドラム」でもあるキャラクターのセリフとして中盤以降繰り返し明言される。

「少女革命ウテナ」オープニングより、最終話の結末と呼応するカット。幾原作品のオープニングではシリーズを象徴するモチーフが多く散りばめられる

 「ピングドラム」テレビシリーズ終盤の展開もそれに追随するものだ。最終話に描かれた「運命の列車」のインパクトは映像作家・幾原邦彦のまさに真骨頂。のちに「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」を監督する古川知宏らと手掛けた、エモーショナルの極北ともいえる表現だ。仮に後編にて結末を動かさず、シリーズそのままの転用であったとしても、あの絵を劇場の環境で見られるだけでも十二分に満足できてしまうだろう。

 しかし現時点での最新作「さらざんまい」(2019年)にて、幾原ははっきりと自己犠牲を否定している。それは10話「つながりたいけど、つながれない」で、瀕死の燕太を救おうとする主人公・一稀に向けられた「自己犠牲なんてダセェことすんな、バカ野郎」という自己批判とも取れる、あまりにも直接的なセリフだ。またそれのみならず、愛する者の自己犠牲によって救われた側の強い苦しみについても、新星玲央の存在を通じてはっきりと描かれてしまった。

「さらざんまい」本PV

 幾原はインタビューにて、常に今の時代の若者の苦しみを描きたい、と繰り返し述べている。それらは直接的にでなく、多くがメタファーによる舞台装置として描かれる。「ウテナ」では、“決闘ゲーム”に象徴される王子様やお姫様という性に紐付く所有・非所有のシステム。「ユリ熊嵐」での“透明な嵐”・“断絶の壁”=同調圧力・相互不理解。そして「ピングドラム」においてのそれは“氷の世界”・“こどもブロイラー”を通じて描かれた、愛の不在。そのいずれをも解決してきた身を賭しての犠牲を、幾原は最新作にて否定してみせた。

 7月の公開に向け、先日の舞台挨拶にていまだ制作中であることが語られた「[後編]僕は君を愛してる」が、どこに到着するのかは分からない。ただこのような意識的なアップデートの中で、いま再びテレビシリーズと同じ結末を描く――というかたちには、物語を持っていかないのではないか。少なくとも「前編」に含まれる新作パートのいくつかに、テレビシリーズの結末の不完全を指摘するようなセリフがうかがえるのは確かだ。

 10年越しの「ピングドラム」は、どのような薔薇を私たちに見せてくれるのだろうか。

将来の終わり

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2311/27/news041.jpg 大好物のエビを見せたらイカが豹変! 姿を変えて興奮する姿に「怖い」「ポケモンかと思った」
  2. /nl/articles/2311/27/news076.jpg ミキ亜生、駅で出会った“謎のおばさん”に恐怖「めっちゃ見てくる」 意外な正体にツッコミ殺到「おばさん呼びすんな」「マダム感ww」
  3. /nl/articles/2311/26/news055.jpg 「3カ月で1億円」の加藤紗里、オーナー務める銀座クラブの開店をお祝い “大蛇タトゥー”&金髪での着物姿に「極妻感が否めない」
  4. /nl/articles/2311/27/news026.jpg ワンコが華麗なスライディングで「おかえりぃぃぃぃい!!」 愛情ダダ漏れなお出迎えに「たまらない」「寄り道できませんね」
  5. /nl/articles/2311/26/news010.jpg ワンコ、飼い主が手のひらを出して“あご乗せ”を促すと……? もん絶級の行動が「思わず声出る」と447万件表示突破!
  6. /nl/articles/2210/05/news127.jpg 「セッ…ックス知育玩具」 省略する位置がとんでもないオモチャの名前にネットがざわつく
  7. /nl/articles/2311/27/news046.jpg どんくさい猫ちゃんの“やんのかなぁ?ステップ”にSNS爆笑! 「可愛い過ぎ」「やらんのかーいww」
  8. /nl/articles/2311/25/news023.jpg 愛犬と外出中「飼いきれなくなったのがいて、それと同じ犬なんだ。タダで持ってきなよ」と言われ…… 飼育放棄された超大型犬の保護に「涙止まりません」
  9. /nl/articles/2311/26/news017.jpg 仲良く撮影しているのかと思ったら…… コスプレイヤーの“理想と現実”に「腹がよじれる」「好きw」
  10. /nl/articles/2311/26/news044.jpg 病名不明で入院の渡邊渚アナ、1カ月ぶりの“生存報告”で「私の26年はいくらになる?」 入院直後の直筆日記は荒い字で「手の力も入らない」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「酷すぎる」「不快」 SMAPを連想させるジャンバリ.TVのCMに賛否両論
  2. 会話できる子猫に飼い主が「飲み会行っていい?」と聞くと…… まさかの返しに大反響「ぜったい人間語分かってる」
  3. “危険なもの”が体に巻き付いた野良猫、保護を試みると……? 思わずため息が出る結末に「助けようとしてくれてありがとう」【米】
  4. 野球観戦中の山本彩、外国人男性から話し掛けられたと思ったら…… “まさかの人物”にファンざわつく「ナンパやろなぁ」「眼鏡姿がかわいすぎる」
  5. 山口智子、愛車のポルシェを運転する夫・唐沢寿明を助手席から密着撮影 夫婦の姿に反響「何年たっても素敵すぎる」
  6. 明日花キララ、還暦迎えた“普通じゃない母親”にファン衝撃 「美魔女すぎんか!?」「遺伝子が強すぎて眩しい」
  7. 川釣り中に溺れてるモグラを発見→網ですくうと…… 1400万再生超の救出劇に「死にますよww」「モグラの恩返しが」の声
  8. 大の酒好き・いとうあさこ、無症状の“重大疾患”4つを告白 現状は問題ないものの「一生なくならないんだって」
  9. リードが千切れ迷子のワンコを保護、飼い主を必死に探し始めると…… 優しさの連鎖に「大感動」「偶然がいくつも重なった」
  10. ペット禁止物件に住む夫妻が子猫を保護→ダメ元で兄にLINEしたら…… 拍子抜けな返答と3カ月後の現在に心あたたまる
先月の総合アクセスTOP10
  1. 病名不明で入院の渡邊渚、3カ月ぶりSNS更新で「表情に違和感」「そこまで酷い状況とは」 ベッド上で「人生をやり直すこともできません」
  2. 動かないイモムシを助けて1年後のある日、窓の外がありえない光景に 感動サプライズが「アゲハ蝶の恩返し」と話題
  3. 「スカートはないわ」「常識無視の番組でびっくり」 山下リオ、登山中の服装批判巡って反論「私が叩かれているようですが」
  4. 「千鳥」大悟、大物美人俳優にバッグハグされた表情に注目集まる 「マジ照れのお顔ですね」「でれでれやん」
  5. 渋谷駅「どん兵衛」専門店が閉店 店内で見つかった書き置きに「店側の本音が漏れている」とTwitter民なごむ
  6. 神田愛花アナ、拡散された女子中学生時代ショットにスタジオ騒然「ヤバい」→“アネゴ感”でSNSもざわつく
  7. 「生きててよかった」 熊谷真実、美麗な初“袋とじ”グラビアで63歳の色気全開 真っ赤なドレス着こなす姿に「すごいプロポーション」
  8. 尻尾がちぎれた小さな子猫をサーキット場で保護→1年後“ムキムキ最強生物”に 驚異の成長ビフォーアフターに注目集まる
  9. 双子モデル・吉川ちえ、美容整形後のひたいが“コブダイ”状態へ 多額の費用要した修正手術で後悔も「傷がこんなに残りました…」
  10. 「犬ぐらい大きくなれよ」と願い育てた保護子猫が「まさか本当に犬ぐらいになるとは」 驚異の成長ビフォーアフターが192万表示!