アニメ「犬王」は“怪物”と“音楽”を映画にした 湯浅政明×古川日出男 対談ロングインタビュー(3/4 ページ)

» 2022年05月27日 19時00分 公開
[ヒナタカねとらぼ]

古川 歴史というものは、常に後世に伝えるための「出来上がり方」を決めていますよね。どういうことかというと、弟子などに歴史を伝える時に、「うちの流儀はこうだ」とか「ここを切っちゃダメ」とか「ここを切れ」とか「これは間違いだろ」とか、まずNGなことを決めていくんです。それが行き過ぎると「やっちゃいけないこと」だけになってしまう。湯浅さんはそうではなく、文化や歴史が誕生したばかりの沸騰する時期を、イマジネーション豊かに「本当はこうだったんじゃないか」と透視するように作ったのだと思うんです。

アニメ「犬王」は“怪物”と“音楽”を映画にした。湯浅政明監督&古川日出男先生の対談ロングインタビュー (C)2021 “INU-OH” Film Partners

――現存する歴史は全体のごく一部にもかかわらず、私たちはそれにとらわれてしまいがちであると。

古川 もっと現代にも近い時期のことをイメージすると分かりやすいですよ。バブルの時代と聞くと、イメージするものがあるでしょう。

――なんだかみんながもうかっている、「ジュリアナ東京」などのイケイケに盛り上がっていている感じでしょうか。

古川 若い人はあの頃の日本人が、そういうのを全員やっていたと思っているかもしれません。でも、それが全体の何分の1だったのかという話です。バブルの時代に華やかだった人は本当は少ないのに、残っているものからしか継承できないため、たった30年前のことでも誤ったデータ、一面的なイメージしか残らないんです。

 1つ前の時代のことですらよく分かっていない、あの時代にパラパラ(のダンス)以外のことをやっていた無数の日本人の生活も文化も、その多くは残っていないんです。でも、だからこそ、「歴史に残っていないことを想像する」ことを、湯浅さんはされたんじゃないでしょうか。

――だからこそ「犬王」は荒唐無稽なようで、「本当にこうだったかもしれない」と思えると。

古川 そう思わせるのがいいんですよね。そういえば、友魚が演奏している時に、群衆を抑えるセキュリティ的な役割の人たちがいますよね。彼らは、差別を受けていた階級の人々なんです。それが両眼だけを出した装いで分かる。そういう人たちが何をしていたかと、想像力を働かせない限り、歴史の真相は分かりません。湯浅さんがそういう細部を考えられているということは、本質的なことを理解されている証拠だと思います。

アニメ「犬王」は“怪物”と“音楽”を映画にした。湯浅政明監督&古川日出男先生の対談ロングインタビュー (C)2021 “INU-OH” Film Partners

アニメ「平家物語」と「犬王」が現代によみがえった意義

――古川さんが現代語訳した『平家物語』を原作としたテレビアニメ「平家物語」が2021年に先行配信、後に放送もされ話題となりました。続いて、同じく平家物語と関連のある「犬王」が劇場公開されることについて、どう思われますか。

湯浅 どちらもサイエンスSARU内で作っていたので、「平家物語」と「犬王」で行き来しているスタッフはいたのですが、お互いの作品のことを知らずに制作が進んだところも多く、もっとうまくコミュニケーションできたんじゃないかなと反省することもあります。でも、出来上がった作品から、連続している歴史を見てもらうことで、わかりやすくなっている部分はあると思います。歴史ってつなげて見ると、理解しやすいところがあるんです。

テレビアニメ「平家物語」第二弾PV

古川 「平家物語」の現代語訳をした当初は、「犬王の巻」という外伝的な物語に着手しようとは思っていませんでした。でも「犬王」の方から先にアニメ化の話が来て、次いで「平家物語」本体の方のオファーがあり、さらにコロナのパンデミックの影響で、この順番で公開される結果になったのは、時代が求めたことなのではないかと思います。

 「平家物語」は敗れた者の物語です。日本はまだまだ世界のトップ5に入っていると思い込んでいる人もいますが、実際はもう敗れていて、それに気付いていないと思うんです。もう一度何かを取り戻すには、1回敗れきったという認識が必要なんです。1回滅んでみて、その次に行かなくちゃいけないという「平家物語」や「犬王」の物語が、今アニメ化されて、こういう形で受け入れられているということは、僕らもまた新たな一歩を踏み出すということ。時代に背中を押されているんだなという印象です。

アニメ「犬王」は“怪物”と“音楽”を映画にした。湯浅政明監督&古川日出男先生の対談ロングインタビュー (C)2021 “INU-OH” Film Partners

――最後にクリエイターとして、お互いについて思うことを教えてください。

湯浅 こうして何度も原作者の方にお会いできる事自体が珍しいんですよね。お会いするたびにいろいろと新たな情報や、考えを得られて、今更ながら原作と、完成したアニメについてもより見方が深まって行きます。いつも古川さんに思うことは「とにかく作家ってすごい」「考え抜いて創作をされている」ということで、自分も頑張らなきゃと思っています。

古川 モチベーションにしていただいてありがとうございます(笑)。今回の「犬王」は、「音楽が好きな人が、アニメを作る時に映画音楽を超える音楽も作っちゃった」という作品だと思います。もしくは、「アニメだけど、この作品自体も音楽だ」と言い切れるほどのものだと思います。この両方を同時にやってしまうことこそが湯浅さんの作家性であり、湯浅印のアニメでしかないんだと。そこに到達した「犬王」は、本当にものすごい作品だと思います。

湯浅 原作の小説も、音楽だったと思いますよ。古川さんのおかげです。

――本日はありがとうございました。湯浅監督はしばらく休養されるとお聞きしました。本当にお忙しかったと思いますので、ゆっくり休んでください。

湯浅 ありがとうございます、頑張って休もうと思います。

アニメ「犬王」は“怪物”と“音楽”を映画にした。湯浅政明監督&古川日出男先生の対談ロングインタビュー


 「犬王」は5月28日より公開。湯浅政明監督と古川日出男先生が作品に込めた思いは、きっと作品からダイレクトに伝わるはずだ。

ヒナタカ

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