ぽっちゃりお嬢様とお調子者青年の関係性の尊み 五臓六腑にしみ渡る映画「金の国 水の国」レビュー(1/2 ページ)
浜辺美波と賀来賢人が完璧。
1月27日より映画「金の国 水の国」が劇場公開されている。本作は2017年の「このマンガがすごい!」(オンナ編)で第1位を獲得した岩本ナオの同名コミックの劇場アニメ版だ。
本作は、良い意味で夢いっぱいの冒険ファンタジー物語ではない。現実に通ずる世界の厳しさも描かれているが、だからこそ人の優しさを大切にしたくなる、尊い物語が描かれていたのだ。その理由を解説しよう。
偽りの夫婦の関係が尊みに満ちていく
本作の大きな見どころは、「おっとりした箱入り娘のようで実はたくましい、ぽっちゃり体形のお嬢さんのサーラ」と「お調子者のようで実は聡明かつ誠実な、長身で三白眼の青年のナランバヤル」という主人公の2人がとてもかわいらしくて魅力的なこと、そして「偽りの夫婦を演じるうちに愛が芽生えていく」過程が描かれていることだ。
2人は隣接する国の住人で、サーラは「金の国・アルハミト」の姫、ナランバヤルは「水の国・バイカリ」の建築士。サーラはいつも笑顔を絶やさず平和を願っており、ナランバヤルは水資源が枯渇している問題を知り、サーラと両国の未来を案じて行動を起こす。
初めこそ、偽りの夫婦を演じるのは「ひとまず周りの目を欺くため」「国交のため」という利害が一致したにすぎないようにも見えるのだが……その関係はいつしか「もう……これ……お互いに大好きだろ……! 今すぐ本当に結婚しろ!」と応援したくなるほどの両思いへと変わっていく。
種々のシーンでサーラとナランバヤルはお互いを心配したり、はたまたお互いの魅力に気づいたり気付かされたりするのでニヤニヤが止まらない。さらに夜の橋の上のシーン、はたまたクライマックスにおいて、この関係性で考えうる尊みを120%大放出してくれるので「ありがとうございます」とスクリーンを拝みながら見ることになった。
キャラクターを愛情たっぷり込めて描く
こうしたプリンセスの物語で、ふくよかな女性が主人公であることはめずらしい。だが、この映画ではそのサーラの見た目や、優しい人柄も含めて誰もが好きになるように、作り手が愛情をたっぷり込めて描いていることが伝わってくる。
それもそのはず、キャラクターデザイン・総作画監督の高橋瑞香は原作の大ファンで、本作への参加により他の依頼を全て断り、キャラクター設定に半年以上の時間をかけるという、まさに一球入魂の仕事をしたのだという。
サーラは食いしん坊な面を見せるし、ぽっちゃり体形だからこそのかわいらしさも存分に描写される。劇中では「絶世の美女ではない」見た目をなじられて気にする場面もあるのだが、そんなときは「そのままのあなたでええんやで」と全肯定したい気持ちが自然と生まれた。
現実でもさまざまな体形の人がいるが、本作を見ればそれらをありのまま肯定し、自分や他の誰かのこれまで気付けなかった素晴らしさに気付くヒントや、勇気や希望をもらえる人もきっといるはずだ。
対するナランバヤルも、普段はお調子者っぽくて軽い印象があるからこそ、サーラに本気でほれる様がキュートに思えるし、彼女と国の未来を真剣に考え行動するギャップがカッコよく見えてくる。
2人の身長差および体格差も含めてお似合いに見えるため、繰り返しになるが、「あっ、大好きですありがとうございますもっとください今すぐ本当に結婚しろ(早口)」にならざるを得ないのだ。この2人の尊みを五臓六腑に沁(し)み渡らせたい方は絶対に映画館で観てください。お願いします。
最高のキャラとの相性を見せる浜辺美波と賀来賢人
こうしたアニメ映画で本業の声優ではない、俳優や芸能人がキャスティングされることを不安に思う方はいるだろう。だが、本作における浜辺美波と賀来賢人は、一切の忖度もお世辞も抜きで、これ以上のない適役かつ最高の演技だった。
浜辺は劇場アニメ「HELLO WORLD」や「名探偵コナン 緋色の弾丸」でも声優の経験があったが、今回のハマりぶりはそれら以上。サーラは「かわいい」「おっとり」「たくましい」印象が同居している意外に複雑なキャラクターにもかかわらず、浜辺の透き通るような声が絶妙にマッチしていた。
それまで抑えていた感情を、ついに表出する時の浜辺の演技にも感動があった。渡邉こと乃監督の「浜辺さんの声はまるでα波が出ているかのような優しいニュアンスがぴったり」という言葉にも赤べこのように激しく頭を縦に振り同意するしかない。
賀来演じるナランバヤルは口が達者なキャラクターで、つまりセリフの量自体がとても多い。そうであるのに戸田恵子、神谷浩史、茶風林、てらそままさき、銀河万丈、木村昴、丸山壮史、沢城みゆきといった実力派の声優が演じるキャラクターと互角に渡り合うほどにスラスラと会話をこなしている。
普段はお調子者然としているが、ときには戸惑ったり、ときには誠実さをダイレクトに感じさせる演技力も素晴らしい。また、賀来と神谷が一緒に収録したときには、神谷からのアドバイスを受けて賀来がもう一段上の演技を見せた、といった裏話もあったそうだ。
直近では「すずめの戸締まり」の原菜乃華と松村北斗が好演を見せたが、本作の浜辺と賀来はそれに匹敵する芝居を見せている。両人のファンにとって必見であることは言うまでもない、他の声優陣のファンも含め、隅から隅まで「とにかく声がいい」アニメを期待する人に大プッシュでおすすめしたい仕上がりとなっていた。
劇場映えする美術と音楽
ここまで「声」について触れてきたが、本作の「絵」も間違いなくスクリーンで観る価値のある内容となっている。信頼と実績の制作会社・マッドハウスが丁寧な仕事をしたことは、ネコや鳥などの動物の動きに注目すれば一目瞭然だろう。
監督を務めた渡邉は「BTOOOM!」(2012年)をはじめ、10年以上に渡ってマッドハウスで活躍し、近年では「中間管理録 トネガワ」(2018年)、「ちはやふる3」(2019〜2020年)などの監督補を歴任してきた実力派だ。
さらに、原作の空気感を再現した美術もこだわり抜かれている。中でもポスターカラーを透明な水彩画風に重ね塗りした緻密な美術は、1枚描くのには2、3日かかるにもかかわらず、トータルで70枚ほど作成したという。これらのカットでは絨毯の一枚一枚、食器棚の食器、空中庭園の構造に至るまで「手描き」。劇中の多くは落ち着いた会話劇であるが、その美しい背景美術に見とれる瞬間もきっとあるはずだ。
さらに、音楽は「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」シリーズや「鎌倉殿の13人」などで知られるEvan Callが担当。劇中では2つの国で異なる文化があるため、一方では中東、もう一方ではモンゴルやチベットの雰囲気をイメージした楽器を使い分けたという。さまざまな民族楽器も使用しているからこその、異国情緒あふれる壮大な音楽も存分に味わうことができる。加えて、実力派シンガーである琴音の劇中歌にも、耳をすませてほしい。
人の善意が、よき世界を作る
本作で描かれるのは、戦争が起こるかもしれない国家間の緊張と、明らかな資源の不均衡がある最中で、主人公2人に限らない、優しい人たちが「何か」を変えていく物語だ。こうした複雑な背景も、情報自体はうまく整理されているので幅広い客層が親しめる内容となっている。おそらく小学校高学年ぐらいであれば十分に理解できるだろう。
そして、これはコロナ禍を経て、ロシアによるウクライナ侵攻が起こる今、とても誠実に迫ってくるテーマでもある。
谷生俊美プロデューサーは、現代に本作を送り出す意義について、以下のように語っている。
「今の時代だからこそ必要な優しさに満ち溢れている映画だと思うのです。劇場に行くことは非日常空間ですが、だからこそ現実にあり得ないくらいの優しさ、人の善意、人の善き心が、よき世界を作る――そんなお話しが今求められているのではないかと。一歩外に出れば厳しい時代ですが、この作品をご覧になって、少しだけ優しい気持ちになってもらえたらと思います」
現実には、優しさだけで厳しい世界を変えることは難しいかもしれない。しかし、もう少しだけ優しさを持ち、努力する人が増えれば、世界がより良くなっていくことも可能かもしれないという希望が、本作からは得られるだろう。
個人的に、この「金の国 水の国」でもっとも好きなサーラのセリフも記しておこう。ナランバヤルが国の未来のための、何十年かかるかも分からない困難な道のりを語った後、サーラは「少し休んで明日に備えてほしい」旨を告げた上で、こう言うのだ。
「いつでも難しい方の道を選んでください。あとで良かったと思えますわ」
これは、人生の同様の場面において指針になり得る、とても勇気がもらえる言葉だ。この物語で描かれたことは、国の未来という大きな事柄だけにも、2人の主人公の恋愛だけにも限らないものと解釈できる。善意による行動や努力の尊さそのものを肯定しているのだから。
さらに、2時間以内という映画の尺の中で、原作の物語をアニメだからこその豊かな演出により表現したことも、原作ファンにとって大満足なのではないか。また、映画独自のエンドロールが100点満点の素晴らしさなので、予備知識がなくても「ありがとうございます」と拝むこと必至だ。ラストのラストまで、ぜひ優しい物語を堪能してほしい。
(ヒナタカ)
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