千代の富士さんがほめてくれた――ちゃんこ屋から元力士俳優がもう一度、まわしを締めるまでの10年:私の人生が動いた瞬間(2/2 ページ)
わらにも縋る思いでつかんだ猿谷、2度目の断髪式
――オーディションの話がなかったらと思うと怖いですね。
澤田 そうですね。なんとかしなきゃという気持ちでオーディションに行ったので、事前に渡されていた台本とかも目を通していなくて、当日その場で台本を渡されて見ながらお芝居をしました。落とされてもおかしくなかったですよ。
――監督の江口カンさんが別のインタビューで、澤田さんの存在感と顔つきと声がいいとおっしゃってました。「もう自分自身でいい。千代の眞でいい。芝居するな」と伝えられたそうですが、現場ではどのような心境でしたか?
澤田 そう言われて気持ちが楽になりました。それまでは、演じようという思いが強すぎて、変に芝居がかっている芝居をしていたんだと思うんです。
――元力士という説得力もあったのかも知れませんが、初めての演技とは思えませんでした。
澤田 そう言っていただけるとうれしいです。でも、僕は猿谷の小結まで番付は行ったことないですし、結婚もしていないので、奥さんや子どもの心情も分からないわけですよ。でも、稽古場は演じているという感覚はなかったです。
――8話では猿谷の断髪式のエピソードが描かれましたが、猿谷なしでは語れない回でした。
澤田 あれねぇ……大変でした。
――猿将親方を演じたピエール瀧さんも一番緊張したシーンに挙げてらっしゃいました。
澤田 髪の毛は一発で切らなければいけなかったのでね(笑)。僕も涙が流れるかどうか分からない状態だったので、もし涙が出たときのためにカメラ2台で長回し、一発撮りでした。
割と中盤での撮影だったんですが、それ以降の肩の荷の軽さと言ったらね(笑)。最初に台本をいただいたときから、そこに猿谷の全部を持っていくための伏線なんだろうなと思っていたので、そのことばっかりを考えていたんですよ。
――見ているこちらも固唾を飲んでしまいました。
澤田 猿将親方が猿谷の背中を拳でドンッとたたくシーンは、ピエールさんのアドリブなんですよ。俺見えていないから、急に来て鳥肌が立ちました。せっかく涙が出せたからNGを出さないよう、顔に出さないよう必死でしたね。
――人生で2度目の断髪式も貴重な経験となりましたね。
澤田 1度目が千代の富士さんで、2回目がピエール瀧さんですからね。世界中探しても俺ぐらいですよ(笑)。めちゃくちゃありがたい人生歩んでます。まだ髪の毛が長いので3回目は弟にやってもらおうかな。
やっぱり相撲は「めっちゃおもろい」
――ちなみに、澤田さんが印象に残っているせりふはありますか?
澤田 猿谷ではなく、同じ部屋の高橋が言った「俺かて強くなりたいんですよ」は、毎回鳥肌が立ってしまいますね。あれを言えるか言えないかで全然違いますから。高橋役のめっちゃとはこの間、一緒にアメリカのツアーを回ってきました。
――小錦さんによる相撲イベント「Sumo + Sushi」で海外を回られていますね。アメリカでの反響はいかがでしたか?
澤田 相撲のショーをやりに行ったので、もちろん相撲好きな方がいらっしゃるから「サンクチュアリ」を見ている方は少しはいると思っていたんですが、ほとんどの方が見てくださっていたので驚きでした。
一番驚いたのは、最終公演のニューヨークでドミニカ人の方に声を掛けていただいて、「膝は大丈夫なのか」って膝の心配をされましたね。
――もうドキュメンタリーだと思われてますね(笑)。
澤田 そうなんですよ。人によってはそう見る方もいらっしゃるんだなと思って驚きました。
――現在は俳優として活動をされているんですよね。
澤田 メインは相撲ショーをやりながら、俳優業もやらせていただいています。
――もともと俳優活動に興味があったんでしょうか?
澤田 いえ、「サンクチュアリ」が終わってからも自分の店の経営に戻ろうと思っていました。でも、ドラマ撮影のためにけいこも含めて2年ほど従業員に店を任せていたので、譲ってほしいと言われて、じゃあいいよって。
――えっ、そんな簡単に?
澤田 店も名前もそのまま譲渡しました。看板変えちゃうと田舎なのでまたゼロからの集客になってしまいますしね。
――相撲部屋から何も知らない社会に飛び出して、澤田さんが10年かけて築き上げてきたものがあったと思うんですが、そんなあっさりと。
澤田 うーん、まぁいろいろ考えましたけど。それよりアメリカでやる相撲ショーの方が魅力的に思っちゃったんですかね。
――やっぱりまた相撲やりたいなという気持ちがあるんですか?
澤田 この10年、まわしもつけないような生活をして、もう相撲に関わることはないんだろうなと思っていたんですけど、あらためてまわしをつけて毎日けいこして相撲をとるじゃないですか、めっちゃおもろいんですよ。
現役のころは、強くなるためのけいこだから楽しくはないんですけど、今は魅せるけいこをするんです。ショーって、負けっぷりというのがあるんです。現役のときは絶対あり得ませんでしたけど、ショーだから投げられっぷりがいいほど迫力が出ていい。そういうのを作っていくと楽しくなってくるんです。
本物の相撲を知ってもらうために
――中学時代からお話を伺いましたが、あらためて澤田さんの人生の転機はいつだと思いますか?
澤田 コロナ禍ですかね。自分で動いた結果、人生が変わったと思います。
――何かを決断するときに大事にしていることはありますか?
澤田 結構すぐ決めちゃうんですよ。だから後悔も多いですが、迷うぐらいならやります。
――その勢いがあったこその現在ですしね。アスリートの方は特に、次の人生を歩まれる岐路に立つ機会がありますが、澤田さんはアスリートの引退後についてどのような考えがありますか?
澤田 相撲に関しては社会復帰が絶対に難しいと思うんです。まず、親方株がないと協会に残れないので、ほとんどの人が一般人になってしまう。あとは、相撲部屋で一番上の先輩になってから社会に出ると一番下からのスタートになるので、人間関係もこじれますし、難しいと思います。
僕も部屋から出て社会に打ちのめされた側の人間なので、そういう受け皿になれるような会社ができないかみんなで話をしているところです。
――また相撲に関われるようにですね。今後の展望などはありますか?
澤田 僕はよく“相撲の種まき”と言っているんですけど、もっと相撲を知ってもらって、本当の相撲のことも知ってほしいと思っています。僕たちがツアーで披露しているような立合いや四股を通して、大相撲に興味を持って本物を見に行きたくなる人が1人でも増えたらうれしいです。生で見なきゃ分からない迫力って絶対あると思いますし、相撲ってただのデブじゃねえんだぞ、もっとすごいんだぜということを伝えていきたいです。
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