その日、日本に新たなスポーツの祭典が生まれた。2013年2月3日、東京タワーにて執り行われた「すごい豆まき2013 〜鬼リンピック」である。おびただしい量の豆をまいて福を呼び込みまくる(?)イベントとして話題を呼び、一昨年は500キロ、昨年は1トン、そして今年は1.5トンと毎年順調にまく豆の総重量が増えていっている。
食べ物を粗末にするなんて! と思った方はご安心を。投げる豆には食用に適さない「クズ豆」を使っている。買い付け先は東北の農家に限定することで、震災復興に役立てる狙いがあるとのこと。投げた後の豆は肥料として使われることも決まっている。参加者は思う存分投げればOKなのだ。
そもそも、モノを投げるのは楽しい。その最たる例が雪合戦。テクニックがほぼ必要ない投げ系のアクティビティは、スポーツの得手不得手に関わらず人々の心を躍らせる。通常営業する東京タワーのショップを通り過ぎ、会場である1階ホールに近づくにつれて、来場客のお召し物の浮かれ度合いが徐々に上がっていった。
「すごい豆まき」はWebサイトのドレスコード欄で、鬼のコスプレ持参が推奨されている。鬼になることで気持ちがより高まるからだ。本来はステージに出てくる“鬼”(主催側)に、人間(客側)が豆を投げる設定のはずだが……そこらへんはどうでもいいらしい。いまだかつて見たこともない数の鬼が会場を埋め尽くすなか、完璧な鬼退治集団もいた。やっぱりこれだよねー、日本が誇る最強の勇者ご一行と言ったら!
筆者も負けじと、Amazonで購入した角つきアフロをしっかりとかぶり直した。私は鬼……私は鬼……、役作りしながら待つこと数分、開会式が始まった。
今年はテーマを“鬼リンピック”とし、開会式、鬼入場、聖豆式、競技、閉会式、とオリンピックにのっとった儀式を最初から最後まできちんと行う。司会の小澤隆生さんによる諸注意の後、鬼がランウェイを歩き、金管隊が開会の曲を演奏する。
開会式はまだまだ続く。一刻も早く目の前の豆を投げたい観客をよそに、獅子舞が現れ、三味線の演奏が始まり、なぜかヨーヨーの世界チャンピオンがパフォーマンス、さらにはマジシャンまでもが登場した。
長い……。この開会式パフォーマンスの長さは、オリンピックそのものだ。オリンピック開会式でやることと言えば、あとは各国入場と聖火リレー。「鬼リンピック」でももちろん同じことが行われる。各国入場……に見立てたスポンサーたち(鬼コスプレ)の入場行進と、聖豆リレー……をしてきた設定の聖豆ランナーによる聖豆式である。
さっそく旗を持ったお金持ちの鬼たちがときに手を振り、ときに豆を投げ、キャッキャと入場。
そして、豆を手に持ち、会場を一周し、ステージにて火、ならぬ豆を灯す聖豆ランナーは元ヤクルトの古田敦也さん!
開会の儀式が済み、いよいよお待ちかねの競技が始まった。まずは「豆入れ」。読んで字のごとく、ステージ上の鬼が持つケースに豆を投げ入れる!
鬼の持つケースめがけて豆を投げればいいだけ、と思いきや、甘かった。……痛い。四方八方から豆が飛んでくるため、後ろの人の投げた豆、向かいの人の投げた豆が体中に当たる。豆から自分の身をガードし、なおかつ正確に的に向かって投げる。思ったよりも反射神経、腕力、精神力が求められる競技だった。投げる、避ける、耐える、投げる、痛がる、投げる、耐える……わずか1分程度の短い時間ながら、軟弱筆者の力は尽きかけてしまった。
一応、ステージ向かって右側と左側で赤鬼チーム、青鬼チームに分かれていたようで、赤、青のどちらが多く豆を投げ入れたのか、結果発表の時間となった。が……。
誰もが、次の競技の準備のために、目の前に落ちた豆を拾い集めるのに忙しく、競技結果などどこ吹く風。「すごい豆まき」で大事なのは勝ち負けではなく、投げること――豆を拾い集める人々の背中はそう語り、「赤組の勝ちです!」と結果を発表する司会の声はむなしく宙にこだました。
その後も、鬼が頭につけている的に豆をぶつけるアーチェリー的な「鬼チェリー」では豆が流星のように会場に降り注ぎ大変なことに。
クイズに正解したら豆を投げ、間違えたら豆を投げられるウルトラクイズ的な「豆トラクイズ」では、出題者として登場したメンタリストDaiGoさんも巻き添えとなって豆まみれに。
最後は無差別に豆を投げ、投げられ、降りやまぬ大豆(おおまめ)の中、「すごい豆まき2013 〜鬼リンピック〜」は幕を閉じた。
豆が縮れ毛の間に詰まって、筆者の頭のアフロは色が変わり、靴の中にも豆がびっしり。全身からはほのかに大豆のにおいが漂い、はらってもはらっても服の中から豆が出てくる。じんわりとかいた汗も相まって、本当にスポーツを終えた後さながらである。
思い返せば、私は今までの人生で、“鬼として豆を投げられた”ことがなかった。世間的にも、鬼未経験者のほうが多いのではないだろうか。あったとしても、せいぜいユル〜く、「鬼はぁ〜〜外ぉ〜」とふにゃふにゃ投げられるくらいのものかと思う。「鬼はぁ〜〜外ぉ〜〜、福はぁ〜〜〜内ぃ〜」なんて気の抜けたソレで鬼が逃げていくものか、と半ば鼻で笑ってさえいた。鬼のかつらをかぶり、真剣に、スポーツマンシップにのっとって鬼リンピックの競技に参加した今なら、彼ら鬼の気持ちが分かる。豆は痛い。豆を投げられた鬼はたちまち逃げ出すだろう。あんな痛い思いをしてかわいそうに、とすら思うくらいだ。我を忘れた騒ぎの後、静かになったフロア内で、鬼への優しい気持ちが小さく芽生えたのだった。本物の鬼、お目にかかったことないけど。
朝井麻由美(@moyomoyomoyo)は、体当たり取材・イベント取材を得意とするフリーライター。一風変わったスポットに潜入&体験した記事は100本を超える。主に「週刊SPA!」や「DIME」などの男性誌で執筆するほか、「日刊サイゾー」ではB級スポットを巡る「散歩師・朝井がゆく!」を好評連載中。ゲームと雑貨とパズルが好き。コスプレするのもわりと好き。ウニとイチゴがあればだいたいご機嫌。
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