2014年8月、シアトルのマイクロソフト本社で働く喜多昭人氏にインタビューすることができた。インタビュアーは慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の古川享氏。
喜多氏の出身は香川県。中学を卒業した15歳のとき、父親に突然「海外に行きたいか?」と聞かれ、「行けるなら行きたい」と答えると「この高校に席を取っておいたから来月から行け!」と言われたのが海外生活の始まりだった。父の口癖は「何かやるなら、人より変わったことをやれ」――。
高校はマサチューセッツ州にある高校、それからボストン大学に行き、ニューヨークの日系企業の現地法人で1〜2年仕事をしてから社会人として日本に帰国。その後、ホスティング(今でいうクラウド)系の会社で働いた後日本マイクロソフトに入り、いったん日本マイクロソフトを辞めてフリーでシアトルに来たそうだ。米マイクロソフトで働くことを決めたのは、現地に来てからのことだった。
現在、喜多氏のメインとなっている仕事は消費者向けのカスタマーサポートサービス。肩書きは「カスタマーサポートアンドサービス ビジネスアナリスト」。「カスタマーサポートサービス」と聞くと、消費者からの電話対応やメール対応がイメージしやすいかもしれないが、彼はマスデータの中からデータ解析をしてレポートを作成したり動向調査を行ったりといった仕事も担っている。もしかしたら「データアナリスト」と言った方が、ピンとくる人もいるかもしれない。
「データアナリスト」は日本でも近年注目されている職種の1つだが、その内容が2013年〜2014年頭ごろから少しずつ変わってきているという。これまで「データアナリスト」と言えば、どちらかというと“後ろ向き”な仕事だった。“後ろ向き”というのは、例えば「どういうことが起こったか」ということに注力していたという意味。しかし、ここ最近は「過去の分析」にとどまらず、ABテストを行ったり傾向を調べたりと「予測」の領域に入ってきているのだそうだ。
一方で、カスタマーサポートサービスの中でお客さんからクレームが来ることもある。古川氏も日本マイクロソフトに務めていた当時、しばしばトラブルの電話に対応していたそうだ。そのときの話を古川氏はこう振り返る。
古川氏 昔、不具合が発生したときに、私は技術が分かっていたので「こういう理由でこういう不具合が出ました」と説明した。そのとき、「それは謝っているのではない。説教をしているのと同じだ」と、言われた。では、どうすればよかったのか。私が教わったのは、「まず、『申し訳ございません』と謝る。『どうしてだ!』と言われても『申し訳ございません』と言う。相手が『それだけじゃ分からないから説明してごらん』というまでそれ以外言ってはいけない」ということだった。
喜多氏 自分もそう習った。とにかく「申し訳ございません」と謝る。相手に「謝っている」と納得して説明を求められるまではとにかく謝るように習った。実際に、このような対応をすることで、ドロドロした話し合いの中でも信頼関係が築かれることがあった。
言いたいことをぐっとこらえ、ただひたすら謝ることは容易なことではない。これがプロというものなのだろうか。
マイクロソフト、カルチャーの変化
インタビューの中で、もう1つのテーマが話題に上がった。それは、「マイクロソフトの文化の変化」だった。
2014年2月14日にマイクロソフトのCEOに就任したサティア・ナデラ氏は、1〜2カ月に1回全体会議を実施し、「こういう観点でやっていく」「こういうところに力を入れたい」「こういうところを変えていきましょう」といった具体的なメッセージを発信しているという。
ナデラ氏の感覚はWebサイトの制作に近い。時間をかけて進めるのではなく、新しいものをどんどん作っていって、良ければ進めていき、だめなら引っ込めるというやり方だ。会社が大きくなると難しくなりがちな「早いスピードでのアクション」に力を入れているという。中には今までつちかってきたものを壊さなければならないものもあるが、それは会社のチェンジプロセスの一環だとして割り切っている。
なかでも、喜多氏が特に変化を感じているのは「メンタリティ」の部分。「以前よりもう少し“精神論”に入ってきている」と話す。
“精神論”というのは、体育会系精神論ではなく「仏教的な精神論」のこと。少し前までは「こういう結果を残すためには、こういうふうに達成してこのように利益を上げましょう」というところに重点を置いていたが、今は「こういうふうに感じています」という部分から入り、そこを強調するようになった。例えば、今のマイクロソフトでは「面白いことを貪欲にやりましょう。でも、会社としての軸を持ち、心の中では自分の中心をはっきり持ち、その中で強いところは強く、弱いところは弱いなりに意識をしていきましょう。そして、自分の中に“ピース”を保っていきましょう」というようなメッセージが多く見られるようになったそうだ。
こうした変化は、評価システムの変更にも現れているという。これまでの評価システムは「スコアカードに反映されるか、されないか」の2拓だったか、現状はそうではない。「あなたが他の人に与えた影響は何か」「他からどれだけ影響を受けたか」というものが主審となる。もちろん一人ひとりの単価コストは出すが、あくまでも「お客さんの満足度がどれだけ上がったか、下がったか」「何をやったから上がったか」に重点を置き、効率ではなく「ブランドのファンを作ること」を重視している。
古川氏は言う――「昔、こんな評価の仕方を見たことがある。評価をするにあたって唯一の基準は、電話を何人で何本取ったか、何秒で電話を切ったか、待ち時間は平均どれくらいかということだった。でも、評価というのは本来そういうことではない。課題を持って電話をしてきたお客さまが、電話を切った後にどれだけ満足しているか。疑いを持って電話を掛けてきたお客さまに、『あなたの(会社の)ファンです』と言って電話を切らせる。そういうことだよね。お客さんに最終的に求められなければ、その会社はそこで終わっちゃうよね」。
「そのとおりで、お客さんの満足度を高めるために『物を売る』ことが1つのレバーになることもあると最近発見したんです。普通だとテクニカルサポートに電話しているのに物を売られると頭にくるはずなのに、それでいて顧客満足度が高いんです。よく、『サイエンスとアート』というふうに言われますが、これは理論的に明確な『サイエンス』に対して、必ずしも理論的に割り切れない『アート』の部分だと考えています」(喜多氏)。
マイクロソフトが今大事に握りしめているような部分を、自分の会社は、自分の組織は、自分の魂は、ちゃんと持つことができているだろうか。
(太田智美)
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