お互い好き合って、一生を添い遂げる相手と決めて結婚したとしても、離婚という道を選ばざるを得ない場合もある。厚生労働省の「人口動態統計の年間推計」によると、平成26年は結婚した夫婦の約2.9組に1組が離婚しているともいえる結果に。どうしてもマイナスイメージの強い離婚だが、これを新たなスタートとして前向きに捉える「離婚式」なるものが存在するらしい。結婚式ならぬ離婚式とは一体どのようなものなのであろうか。今まで約300組の離婚式をとり行ってきた離婚式プランナーの寺井広樹さんによると「ご家族やご友人の前で『再出発の決意』を誓い合う前向きなセレモニーです」とのこと。
そして今回、離婚式を挙げるカップル300組目を記念し、特別なイベントをとり行うという。その名も「人間ブーケ」。旧郎(かつての新郎)にブーケになってバンジージャンプで飛んでもらうそうだ。人間ブーケ? バンジージャンプ? すべてが謎だらけの今回の離婚式。ジューンブライドで華やぐ6月某日、記者は離婚式が行われる会場に同行した。
今回300組目の離婚式を挙げるカップルははるばる関西からやってきた。会場となったのは東京から車で約2時間半の群馬県。まずはレストランにて挙式が行われた。寺井さんにより、旧郎・旧婦(かつての新郎と新婦)の離婚に至った経緯が読み上げられる。こちらの夫婦の離婚の経緯は、旧婦が育児ストレスを抱えているさなか、旧郎の仕事が忙しくなりすれ違いが増えたことだった。うつむきがちな旧婦。旧郎の表情は固い。
旧郎が結婚指輪を外した。これから、この指輪は無惨にもハンマーで潰されてしまうのだ。指輪を外したのは旧郎のみ。はて、旧婦の指輪はどうなるのだろうと思ったところ、旧婦は指輪を質屋に出すという。女性はなんとも現実的だ。
台に指輪がセットされた。夫婦としての最後の共同作業の指輪粉砕。旧郎・旧婦の手がカエルのハンマーに添えられる。
寺井さんの合図により、指輪の上にハンマーが振りかざされた。銀色の光を放っていた指輪はドンという鈍い音とともにぐにゃりとひしゃげてしまった。
通常の離婚式はこの後、旧郎によるブーケトスが行われ、そのブーケを取った人が円満離婚ができると言われている。しかし、今回はここからが記念イベント。全員で群馬県みなかみにあるブリッジバンジーへ移動した。
フィギュアスケート選手のメダリストブーケも手がけているフラワーデザイナーの萬木善之さんの手により、旧郎は「人間ブーケ」に変身。パッと明るくなるようなひまわりに包まれた旧郎は赤いリボンでかわいらしくまとめられている。どこからでも目立つこの姿は、バンジーをしにきた他のお客さんからも注目を集め、先ほどまでの厳かなテンションは一転。旧郎はもちろん、旧婦や参列者にも笑顔が見られた。
写真撮影でひとしきり盛り上がった後、旧郎はこの格好のままバンジーの飛び降り台へ。真下には轟々と凄まじい音を立てる急流。この中に落ちてしまったら……と想像すると思わずこちらまで身震いしてしまう。バンジーのスタッフにより旧郎は飛び降り器具が装着された。
準備が整った。ここまで来たらもう後には引けない。旧郎が準備OKのサインを送ってくれた。
「今までありがとう!」旧婦がそう叫んだ瞬間、旧郎の体は前に傾き、何のためらいもなく落ちていった。
真っ逆さまに落ちていった後は、弾みで体が回転。恐怖に引きつっているのかと思いきや、大きく手を広げ、満面の笑みを浮かべている。
落ちていっている時間はほんの十数秒だった。「さすがに落ちる瞬間は怖かったですが、落ちている短い間に、今までの結婚生活が走馬灯のようにかけ巡りました。本当は、ついさっきまでめちゃめちゃへこんでたんです。でも、もう吹っ切れました。これで前を向けます」と、晴れ晴れとした表情で語る旧郎。旧婦も「笑って別れられて良かったです」と、円満離婚が成立した。
この橋のすぐ横には線路があり、時おりSLが走る。帰り支度を始めたところ、ポーッ! というSLの汽笛が鳴り響いた。まるで、旧郎・旧婦の新たな門出を祝福しているかのような、すばらしいタイミングだ。
夫婦のことはその夫婦にしか分からない。今回の離婚式は赤の他人の離婚であるからなおさらだ。しかし、最後は笑顔で帰っていった2人の姿を見たら、この離婚式をきっかけにもう一度離婚を考え直してもらいたいという気持ちでいっぱいになってしまった。現に、離婚式を挙げたことにより、今まで300組のカップルのうち12組が離婚を思い止まったそうだ。
身の回りで離婚をしたカップルを見るとやはり泥沼化しているケースが多く、それだけ円満離婚が難しいということなのだろう。お互いの苦しみを軽減させて幕を下ろす手段の一つが離婚式なのだ。しかし、離婚式を挙げられるカップルは、元から非常に仲の良いカップルであろう。口も聞きたくないほど険悪になってしまったカップルは離婚式なんて挙げず、一秒でも早く別れたいはずだ。だからこそ、離婚式を挙げたカップルが離婚してしまうのは惜しい気がするのだ。
この日、帰宅してFacebookを開くと、皮肉なことに2組のカップルが入籍を報告していた。結婚も離婚も、どちらも幸せを求めての決断だと思うと、ある種のパラドックスを感じられずにはいられない。
(姫野ケイ)
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