東京スカイツリーのお膝元、墨田区。葛飾北斎や芥川龍之介、勝海舟など、さまざまな分野の偉人が誕生した歴史深い地域です。さらに、現代まで受け継がれている伝統工芸も数多く存在し、ものづくりの街としても知れ渡っています。そんな墨田区に2016年3月「すみだ自家焙煎珈琲店連絡会」、略称「すみ珈連(すみこーれん)」が発足しました。墨田区にある4つの自家焙煎珈琲店が集まってできた団体です。
この4店、実はあることが共通しています。それは墨田区の地域ブランド「すみだモダン」の認証を受けた店。つまり「すみだモダン」のコンセプトに合致し、さまざまな規定をクリアした秀逸な商品やメニューを所持する店なのです。えり抜きの珈琲店といっても過言ではないかもしれません。その4店はどんな店なのでしょう? 実際にお邪魔してみました。
まず訪問したのは、「すみ珈連」会長の店「しげの珈琲工房」。「いらっしゃいませ」と渋い声で出迎えてくれたのは、ご主人の峯岸繁和さん。
カウンター6席のみのコンパクトな店内は、ご主人がいれるハンドドリップの手さばきを間近で見ることができます。おいしい珈琲のいれ方を知りたい筆者にはたいへんありがたい環境です。さっそくオススメの珈琲をいれてもらい、その光景をガン見します。お湯が注がれると同時にフカフカと珈琲の粉が盛り上がる――。こりゃ生きてるみたいだ!
そんな感想を伝えたことから峯岸さんとのトークが弾んでいくと、珈琲の知識が尋常じゃないことが分かります。それもそのはず、18歳の頃から珈琲業界に入り、この道30年以上の大ベテランでした。「最初から珈琲が好きだったわけではなく、学んでゆくうちにその奥深さに魅せられ、気付いた時には大好きになり、もう手遅れでした(笑)」。
その知識をいかして、珈琲教室を月に2、3回開催。約2時間の教室では、3回珈琲をドリップし、自家製おやつもついて2500円だそう。なんて素晴らしいコスパなんだ! と心の中で叫ぶ筆者。一人ひとりのいれ方をしっかりと見ることができるように4〜5人を定員とし、各々がいれた珈琲をシェアしあう事で、その違いについて解説もあるそうです。
さて、肝心な珈琲は? というと、「すみだモダン」2015の認証商品であり、店の一番人気でもある「しげのブレンド」。深い苦味があり、抜群のキレ味! 次の一口をすぐに飲みたくなる味わいです。
一気に飲み干したくなる気持ちを抑えて少しずつ味わっていると、「生きゃらめる」が目に前に出てきました。これも「すみだモダン」2015の認証商品。バターの風味が口の中いっぱいに広がります。コクがあるけどしつこくない。そしてちょうどいい甘さ。リッチな気分に浸らせてくれるスイーツ。一気に食べてしまった筆者は、隣に座っていたお客さんにギョッと驚かれてしまいました。実は、ちょこっとかじったら珈琲を飲むという食べ方がいいらしい。次の1個をそうしてみたら、まさに至福の時が味わえました!
「食べることが好きなので、手元にある材料でオリジナルレシピを作ってみたんですよ」と峯岸さん。その腕前、なかなかのものです。そのほかにも「今日のおやつ」と題して、さまざまな日替わりスイーツが登場するそうです。
デイリーに人が来て、日々の暮らしに溶け込むような店を作りたいと思って始めた「しげの珈琲工房」。国内外からの珈琲好きが多数訪れるそうです。アットホームな雰囲気を醸しながらも、本格珈琲を嗜むことができる店でした。
次に向かったのは「Cafe ‘Sucre’(カフェ シュクレ)」。天然木で作った看板が温もりを感じさせます。
店内に入ると、珈琲を使った食品やハンドドリップの道具、豆がずらりと壁一面に並び、まるでショッピング天国! その中で人目を引いたのが、優しい色合いのやかんでした。コレは気になる……。
オーナーの楡井有子さんによると、「kaico」という名のそのポットはそそぎ口が特徴で、珈琲の繊細な味を引き出すために彼女が監修したそうです。墨田区にある昌栄工業株式会社が製造し、なんと「すみだモダン」認証商品でした。
では、このポットでいれた「本日のおすすめ珈琲」を飲ませていただきます。「イタリアントマトの爽やかな酸味と甘みがしっかり感じられますよ」と楡井さんからのひと言。珈琲とトマトを掛け合わせたのかなんて、トンチンカンな妄想を膨らませながら一口飲むと、うわーーホントだ! こんな珈琲があるのかと初めての味に感激でした。
そして「こちらもどうぞ」と、この珈琲の焙煎した豆を差し出してくれ、ポリポリと頬張ってみる筆者。これも初体験。良質でフレッシュ、しっかりと焼き上げた豆だからこそ食べることができるそうです。
楡井さんは大の珈琲好き。1杯の珈琲をおいしく出したい──、その想いが、スタッフをジャパンハンドドリップ チャンピオンシップでチャンピオンを勝ち取るまでに育てたり、軽井沢に焙煎所とカフェをオープンさせたりと、彼女の珈琲人生を広げているそうです。
豆の風味を引き出す焙煎で多彩な珈琲を届ける「Cafe Sucre」は、自然の中で育った珈琲そのものを味わえる店でした。
今度は錦糸町駅南口にある「Macchinesti Coffee(マキネスティ コーヒー)」。アメリカンテイストな外観に心惹かれ、ワクワクと店内に入ってみると、
スタイリッシュな家具やオブジェがセンス良く配置されています。実は、こちらのオーナーは建築家。ご夫妻でシアトルに住み、日本とアメリカを行き来するワールドワイドな方が経営しているのです。
店の奥から出てきたのは、オーナーの奥様であり専務の辻英子さん。「もともと主人は珈琲好きだったのですが、私はアメリカで目を見張るほどおいしい豆を知ったことで珈琲のトリコになってしまいました」と話します。そして、約16年前に焙煎機とエスプレッソマシンを日本に上陸させたのです。当時は珍しかったマシン。それを見たお客さんが「ここは肉屋かい? これはミンチする機械なんだろ」と質問してきたこともあったそう。
マシンを使うエスプレッソは、圧力の掛け方にもコツがあり、ベストな味を作り出すまでにはそれなりに修行が必要とのこと。そのため、焙煎もいれ方もスタッフに細かく指導し、独立していったスタッフはかなりの数になるそうです。機械だからいつも一定の味が出るものだと思っていた筆者には驚きの事実でした。
辻さんの珈琲ストーリーを聞きながら、こちらのオススメ「ウエットカプチーノ」をいただきます。ウェットカプチーノ? ではドライカプチーノもあるのか? そんな疑問をぶつけると「ミルクの泡だけを乗せているがドライカプチーノで、液状のミルクを乗せているのがウェットカプチーノ。舌の上で転がるようななめらかさで、ミルクの甘さを堪能できるんですよ」と辻さん。これもまた初めて知ること。それじゃ、いただきますと口に運んだら、甘い! カプチーノって、こんなに甘かったっけ? と自分に問いただすほどでした。コクがあり、ゆっくり味わいたいという気持ちにさせる逸品です。
もうひとつオススメの「オレンジマキアート」もいただいてみました。カップを口元に近づけるとオレンジの香りがフワッと鼻をくすぐり、一口飲むと強めの甘みが口の中に広がります。まるでスイーツのよう!
「苦いエスプレッソをいかに甘く出すか」に注力しているという「Macchinesti Coffee」。ゴージャスな空間と豊かなコクのエスプレッソで、カラダと心にパッションを注入されたような気持ちになるカフェでした。
最後は錦糸町駅北口方面へ行き、「すみだ珈琲」を訪れました。こちらは、珍しいカップで上質な珈琲を飲むことができると話題の店。
カラカラと心地いい音がする引き戸を開けて店内に入ると、いい香り〜。焙煎機で豆をさっきまで焼いていたのかなと想像ができるほどです。木の温もりの中に漂う珈琲の香りで、すぐさまここでの1杯を求めたくなります。
店主の廣田英朗さんがオススメする「すみだブレンド」は、「すみだモダン」2012の 認証商品。柔らかな苦味の中に甘さを感じるブレンド。それはどんな味なのか。先に訪れた3軒で驚かされてきた筆者は、最後はどんなサプライズを体験できるか、逆に楽しみになっていました。期待しながら待っていると、ガラスの器に入った珈琲が目の前に! そうです、この店は伝統工芸「江戸切子」のカップで珈琲を飲むことができるんです。光に反射して輝くカットガラスが美しい江戸切子カップ。ワクワクしながら口に運ぶと……あ、珈琲らしい珈琲だ!
こんな表現がふさわしいかどうかはさておき、深いコクのある柔らかな苦味がたまらない。その中に甘さをほんのりと感じる。さらに唇に当たった切り子の感触も珈琲の味わいを格別にしています。
ちなみに、なぜ江戸切子のカップなのでしょうか。錦糸町は、廣田さんにとって小さい頃に慣れ親しんだ街。この地を選んだのなら、地元の産業にも貢献できる仕組みをコーヒーとともにつくろうと考えたそうです。そこで、熱にも強い江戸切子を特注。「伝統工芸でもある江戸切子はどちらかというと“ハレの日”に使うものですが、より日常のシーンでもあるコーヒーとともに楽しんでいただけたら、うれしいなと思って始めました」。なるほど、納得と思いながら珈琲を飲み干すと、おや? カップの底にデザインが! 思いもよらぬ演出に気分がさらにアップしたのは言うまでもありません。
さらに墨田区が取り組んでいる「ものづくりコラボレーション」事業でも、商品開発を行なっていたとのこと。その商品とは、個性豊かな5種類のコーヒーの違いを楽しみながら、まるで世界中の産地を旅するようなお洒落なデザインの「THE COFFEE HOUSE BY SUMIDA COFFEE」(5種類の詰合せ)。結婚式の引き出物にも選ばれているコーヒーバッグです。
そんな廣田さんがカフェを始めたのは、1杯の衝撃的な味の珈琲に出会ったことから。「その店で修行をさせてもらい、想像以上に珈琲の奥深さを感じました。豆が育っていく段階から始まり、焙煎してお客様に届けるまでの流れには数々のドラマがあるんです」。廣田さんが実感した想いが、伝わってきました。
店の雰囲気から珈琲へのこだわりといった細部に至るまで、店主の想いが詰まった「すみだ珈琲」。珈琲と地域を愛する気持ちが、ここの“味”になっているのかもしれません。
個性派ぞろいの4店が所属する「すみ珈連」。どの店の珈琲も格別な味わいで、最高のクオリティ。提供する珈琲は違いますが、皆さんが声をそろえたように話したことは、地元のお客様に助けられていること。だからこそ墨田区を盛り上げたい、その一環になるのならとこの会を結成したそうです。最近の活動は、上記4店の豆が入ったアソートボックスを東京スカイツリー4周年記念に東京ソラマチで特別販売したこと。たいへん好評だったため、各店でも取り扱うかを検討中だそうです。そのほかのイベントも思案中とか。デビューしてまもない「すみ珈連」、今後の活躍が楽しみです。
(茂木宏美/LOCOMO&COMO)
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