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コラム

平成の不平等条約? 〜ついに公取委が動いたアマゾン「最恵国条項」とは何か〜

よく分からないことはプロに聞いてみようシリーズ。今回は、弁護士の福井健策氏が、アマゾンジャパンに公取委が立ち入り調査した件を深掘りします。

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 アマゾンジャパン(以下、アマゾン)の電子書籍契約をめぐって、ついに公正取引委員会が動いた。しかも、定額制読み放題サービス「Kindle Unlimited」ローンチの直後という絶妙なタイミングで。

 問題となったのは、彼らが出版社に義務づけた「最恵国条項」(Most Favored Nation)といわれる契約条項。公取は、これが独占禁止法上の「拘束条件付き取引」に当たり、不公正取引の疑いがあるとして、立ち入り調査を行ったと報道されている。

 最恵国条項とは、契約相手(ここでは出版社)に対して、価格などの面で最も有利な条件を自社に与えるよう契約で義務づけることをいう。どこかで聞いた名前だろう。そう、幕末の欧米列強との開国条約で日本だけが一方的に義務付けられ、後に明治政府を長く苦しめた、あれだ。「片務的最恵国条項」といって、不平等条約の典型とされる。

最恵国条項

 問題のアマゾンも、この「片務的最恵国条項」である。例えば、ある出版社が他の電子書店に対してアマゾンより安い価格で電子書籍を提供した場合、自動的にアマゾンもその価格まで下げて販売できる。アマゾンを代表格に米国発の大手電子書店は、価格をはじめ「電子書籍の品ぞろえ」「発売の早さ」などさまざまな面で、最恵国条項を出版社に求めてきたことで知られる。いわば、放っておけば同業者中で最も有利な取引条件が自動的に転がり込んでくる仕組みだ。

 独禁法上、最恵国条項は、ときに同業者間の価格カルテルの手段として使われたり、新規参入者を市場から締め出す「私的独占」行為、または「拘束条件付き取引」として不公正取引に当たる、と議論されてきた。特に、それを強いる事業者(ここではアマゾン)が市場で支配力が高く、影響を受ける事業者(ここでは出版社)が多数で、かつ現に実効的に拘束されている場合などは違法の可能性が高まる。

 グーグル、アップル、アマゾンなどいわゆる巨大プラットフォームの契約には、幾つか共通の特徴がある。まず、大量の事業者を相手にするため契約は必然的に規約化して、「この条件で困るならよそへどうぞ」と硬直的になりやすい。ときに事前検閲やアカウント削除も伴うプラットフォーム側の広い裁量・判断のブラックボックス化も典型的で、価格や品ぞろえ・決済方法など販売方法での強い誘導もしばしば見られる。そして、最恵国条項の多用も特徴の1つである。

 無論、例えば「貴社にはこういう便宜を図るから、そのかわり当社には最安値で提供してください」といった交渉ならば、ビジネス上はいくらでもある。その多くは完全に自由競争の範疇だ。ただ、アマゾンのように既に市場で支配的なプラットフォームが業界一律で相手にだけ義務づけるとなると、鉄板の新規参入障壁になるのだ。

鉄板の新規参入障壁

 新たな電子書店が参入して、一部の出版社と組んで安値攻勢をかけたり、あるいは独占販売を行おうとしても、それは最恵国条項により自動的にアマゾンにも適用される。よって、アマゾンでの価格も自動的に下がるし、書籍はアマゾンでも売られることになる。そうなると影響が大きいので、安値攻勢に協力する有力出版社はいなくなり、結果として価格は高止まりする可能性すらある。

 こうしたプラットフォーム規約の危険性に最も敏感なのはEUで、2015年6月には「最恵国条項」を含め複数の契約条項が競争法上の調査を受けている(参考:日本経済新聞の報道)。日本でも、筆者も加わった経産省「第四次産業革命に向けた横断的制度検討会」で指摘してきた論点で、先日発表された日本再興戦略2016でも「独占禁止法に違反する事実が認められた場合には厳正・的確な法執行を行う」と踏み込んで明記された。そして日をおかず、今回の立ち入り調査である。長らくプラットフォーム契約にはおよび腰と見えた公取だったが、EUの動きに背中を押されたとはいえ、この対応は速かった。

 プラットフォームは今や、鉄道や電気事業者、ときに国家にもなぞらえられる公的存在である。一方的な規約の問題は、行き過ぎればこの国の事業者の成長を妨げ、情報社会を息苦しい危険な場所にしかねない。その歯止めには、もはや個別の事業者の交渉だけでは到底無理で、ときに業界横断的なサポート体制や今回のような競争法の積極適用、そして何より、個別の事業者がおかしいと思った際に声を挙げる勇気が必要だろう。

 2014年、アマゾンが発表した「優遇マーケティング」という新プログラムがあった(参考:朝日新聞の報道)。電子書籍の品ぞろえや発売時期、アマゾンへの還元率など独自の基準で出版社を4段階に格付けし、それによってレポートなどの販売支援や、画面上の目立ち度、読者に対する「おすすめ」への露出度も変わるとされたのだ。最下層の「ベーシック」の格付けではほとんどまともに電子書籍を売ってもらえないに等しく、いわばアマゾンの覚えがめでたいか否かが電子書籍の死命を決する新契約とも言えた。

 ここで不満を表明した出版社も少数ながら存在した。しかし、恐らくこのとき、「アマゾンの覚え次第で読者に『おすすめ』として表示される電子書籍さえ左右される」と告げられたときに、出版界はもっと声を挙げるべきだった。作家のためではない。“おすすめ”は自分の嗜好に従って客観的に表示されると信じてきた、読者たちのためにだ。

 Amazon Kindleは、拡大を続けるプラットフォームの規約問題の、氷山の一角にすぎない。上陸が近いと予想されるGoogleの有料動画「YouTube Red」など、今後も新たな規約条項にこの国のコンテンツホルダーとユーザーは直面し続ける。だがローンチ時には魅力的なサービスや金銭条件に隠れ、規約「ごとき」は見過ごされてしまう。

 折しも、日本の夏は傑作「シン・ゴジラ」の来襲に揺れている。そのゴジラは、原子力のメタファーであることは当然として、アメリカそのものの比喩でもあると、東大の吉見俊哉教授から教えて頂いた。さらに「米国発巨大プラットフォーム」とか、「彼ら流のビジネス契約」と読み替えるなら、その日本上陸はとっくに済んでいるのだ。

 上陸前、「それ」を真剣に取り上げ備えようとする声は聞き流される。「それ」がゆっくりと地面をはってくると、われわれは会議を繰り返し、抜本的な対策を先送りする。「それ」が立ち上がり、全てが手遅れになるときまで。


福井健策(ふくい・けんさく)

福井健策

弁護士(日本・ニューヨーク州)骨董通り法律事務所代表パートナー 日本大学芸術学部客員教授

1965年生まれ。神奈川県出身。東京大学、コロンビア大学ロースクール卒。著作権法や芸術・文化に関わる法律・法制度に明るく、二次創作や、TPPが著作権そしてコンテンツビジネスに与える影響についてもいち早く論じて来た。著書に『著作権の世紀――変わる「情報の独占制度」』(集英社新書)、『「ネットの自由」vs.著作権』(光文社)、『誰が「知」を独占するのかーデジタルアーカイブ戦争』(集英社新書)、『18歳の著作権入門』(ちくまプリマー新書)などがある。Twitterでも「@fukuikensaku」で発信中。

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