ファンタジー系RPGの序盤でよく湧いてくる「ゴブリン」は、格好のレベル上げのお供。いわゆる小鬼。そんなに強くはない。
そのゴブリンを倒し続ける小説が、「ゴブリンスレイヤー」。ドラゴンでもニンジャでもないよ。でもゴブリンは、すごい怖いですよ。
ノベルで3巻まで出ており、コミカライズされています。実際に絵になると、数の暴力がいかにシャレにならないかよく分かります。
舐めてかかるな
ドラゴンとゴブリンなら、そりゃドラゴンの方が強いですよ。冒険者的にはドラゴン倒したほうが華がありますよ。ましてや賞金額は桁が二個か三個違うでしょうよ。だからゴブリン退治の仕事(ようするにクエスト)なんて誰も受けません。RPGをプレイした人なら分かると思います、ゲーム後半でわざわざゴブリン退治なんて行かないでしょう?
逆に言えば、初心者パーティの最初の試練でもあります。すぐ近くに出てくるし、人間の子供レベルの強さなので、お手頃。
でも本当に? 本文にはこうあります。「ゴブリンは子供程度の知恵、力、体格しかない」「子どもと同じ程度には知恵が回り、力があり、すばしこい」。この半端さが気を抜いてしまうワナ。
村を襲撃しにくるゴブリンは、そこまで頭は良くない。数体でひょろひょろやってきて、一般人よりは凶暴だから村を襲って蓄えを奪い、女性をさらう。冒険者ならまあ、武器も魔法もあるし鍛えてるから、駆け出しでも数体なら簡単にのすことができます。動きやすい外でなら。
真に怖いは、一体の強さじゃなくて、数と地形。狭い洞窟の中、群れに飛び込むとなると、手練でもそうそううまくいかない。数で不利、暗闇で不利、剣は振り回せない、魔法もウカツに撃てない。
最初に出てくるパーティ、剣士、魔術師、武闘家、神官。別に極端な過信をしていたわけじゃないし、腕に覚えはあっただろう。でもちょっとした油断で総崩れです。
男は形も残らないほどメッタ斬り。女性がさらわれたからには、そこでどういう扱いを受けているかは、容易に想像できます。捕虜とか人質とか取るほど賢くない。彼らの知能が子供レベルにあるからこそ、捕まったら死ぬより怖い事が待ちかまえています。
群れなした彼らは、やっぱり、魔物。負けた冒険者に、救いなんて何もありません。
ゴブリンを倒すための狂気
ゴブリン退治「しか」受けない男、それがゴブリンスレイヤー。一般的に見たら変人。だってゴブリンの賞金って高くないし、かっこよくないし。
それでもゴブリンのクエストがあれば、全部受ける。ゴブリン絶対殺すマン。
いつもよろいと兜で身を覆っており、寡黙。冒険者的にはものすごくハイレベルなのですが(階級的には上から三番目の銀等級!)、ドラゴンもデーモンも追わず、ゴブリンを追う。
キラーマシンな彼、愛や正義などの感情では動きません。ゴブリンを倒す合理性のみで動きます。
女神官がゴブリンからから助けられたシーン、にしてはちょっと怖すぎる。ゴブリンスレイヤーから一切の感情を感じない。倒した数を「一つ、二つ」と数えるだけ。匹、でも体、でも頭、でもない。
冒険するからには、「お金がほしい」とか「人の役に立ちたい」とか「成長したい」とか、いろいろ目的があるもの。しかしゴブリンスレイヤーにはそういう思いは全くありません。
怒りと憎しみはあるのかもしれない。だけど戦っている時それを表に出さない。殺すのに大事なのは憤りじゃなくて、冷静さ。黙々とゴブリンを一体ずつ、雑草を刈るように殺します。彼が歩いた道には、ゴブリンの死体が転がります。
おかしい。ゴブリンを殺すのなんて、どの冒険者でもやっていることのはず。なのにゴブリンスレイヤーの殺し方は、どうにも気味が悪い。
決定的に感覚がずれていると感じさせるのが、ゴブリンの子供を見つけたシーン。子供はまだ小さく、幼く、かわいらしい。人情としては「さすがに許そうか」と感じるところ。
けれどゴブリンスレイヤーは殺すよ。
襲ってくる凶暴な相手を殺すのは、彼らの悪事への報復でもあるし、正当防衛が成立しているから、そこまで良心は痛まみません。自分がやっていることは間違いないという確信も持ちやすい。
しかし完全に無防備で逆らうことができず、おびえている生物を殺せるかというと、相当難しい。子供ゴブリンがすぐに育って人を襲うようになると分かってはいる。でも、つぶらな瞳で震える子供を殴り殺せるだろうか。
ゴブリンスレイヤーはこう言います。「人前に出てこないゴブリンだけが良いゴブリンだ」
ゴブリン側からしたら、彼こそが鬼であり、悪魔。
何かの力があるわけじゃない
ゴブリンスレイヤーは、特別な力を持っているわけじゃない、という点が魅力の1つ。魔法が使えるわけでも、夜目がきくわけでもない。
「練習をした」。そんなシンプルな。何をどうやって。「暗いダンジョンの中に潜むゴブリンを倒す」ためだけに、暗闇の中を走る練習をするって、執念深すぎる。
彼の強さは、スーパーマンじゃなくてバットマン。練習に練習を重ね、勉強して生態を熟知し、あらゆるアイテムを準備して、知恵で戦う。使えるものはなんでも使います。お金に糸目はつけません。薬やスクロール(使い切りの魔法)など、必要なアイテムはばんばん買ってばんばん使います。
群体と戦う際の最大の敵は、消耗。魔力が尽きる、食べ物がなくなる、武器が壊れる。ゴブリンスレイヤーはというと、あっさり自分の剣を捨てます。もったいない!
でもケチって窮地に陥ったら何の意味もない。持ってきた武器は使い捨て。最後にはゴブリンのこん棒を拾ってぶち殺します。
「武器」「奴らから奪え。剣も槍も斧も棍棒も弓もある」
すごく賢い戦い方ですが、「ゴブリンは人数に応じてどのくらい武器を持っているか」「人間の武器はどのくらい耐えられるか」など、相当慣れていて感覚で動けるくらいじゃないと、これは無理。たくさん持っていけば動けなくて死ぬし、少なくても力尽きてしまう。物も戦術も使い捨てる勇気と、臨機応変さが最重要です。
「手をかえ、品をかえろ。同じ戦術を使うな。死ぬぞ」
想像力は武器だ
魔物というのはとかく種類が多い。その中でも悪魔やら混沌の勢力やらは強力中の強力。ほうっておくと、街が壊滅しかねない。だから腕利きの冒険者はこっちを守るべく戦闘に挑みます。その戦いは国が支援するほどに重要です。
ゴブリン退治も、村が壊される可能性を未然に防ぐ、という意味では同じですが、規模が違う。みんなが悪魔退治に行っちゃったら、ゴブリン野放しで村を襲い続けちゃう。だから新米冒険者が挑むんだけど、未経験だと詰めが甘くて、次々壊滅して死んでいってしまう。ちなみにこの世界は、復活ができません。虐殺や陵辱は、襲われた冒険者の人生を奪います。
多分この世界観で、さわやかなファンタジーを描く、と言われたら、描けると思うんです。実際小説版に出てくるエルフやドワーフのパーティ(1巻中盤から出てきます)は割りと爽やかな上級冒険者。けれどそれは、幾多の新米冒険者の死骸や、血の染みこんだよろいをまとうゴブリンスレイヤーの存在があってこそ。ゴブリンの根絶やしなんてそうそうできないから、「無数のゴブリン、ゴブリンを倒すもの、その上で他の敵と戦うもの」の連鎖は永遠に続きそう。読んだ後にRPGをプレイすると、裏で起きている虐殺のことを思い出して、見え方ガラッと変わると思う。
「想像力は武器だ」「それがない奴から死ぬ」
ゴブリンスレイヤーのこの言葉、重みがあります。これって、ゴブリン退治に限らない。現実社会の、日々の生活全てにいえる気がします。
でかいプロジェクトはみんなで力をあわせて、華々しく頑張るかもしれない。大事なのは自信やプライドという「武器」でしょう。けれど小さな出来事、書類の整理やら上司のお小言やらは、時には一人で戦うしかない。つらい。
必要なのは、タフな精神力……よりも、「想像力」なんじゃないか。手をかえ品をかえ、同じ戦術を使わないことなんじゃないか。切り抜ける術(ようはアイテム)をストックしておくことじゃないか。
一本の「高価な剣=プライド」を持つよりも、なんでも拾って使う知恵。ゴブリンスレイヤーがゴブリンしか倒していないのに銀等級であるように、社会でもきっとそれが生き抜き、成長する技術になるんじゃないかな。
ただし、仕事ゴブリンスレイヤーは、やりすぎるとイってしまうので、ご注意を。
(たまごまご)
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