「20代の若手アニメーターの平均月収は月9万円」「3年以内の離職率が9割」――こうしたアニメーター業界の厳しい状況を改善すべく、立ち上げられた「アニメーター寮」があります。なぜ若手アニメーターに救いの手を差し伸べるのか、その支援活動や、若手アニメーターが今何を感じているのかを取材しました。
「アニメーター寮」はその名の通り、若手アニメーターだけが利用できる専用の寮。NPO法人「アニメーター支援機構」が東京・杉並区にある一軒家と荻窪のマンションを寮として運営しています。寮内では業界歴3年目までの若手アニメーターたちが共同生活をしています。
寮生の田中 正晃さんは国立・筑波大学芸術専門学群洋画コースで油絵を専攻後、アニメーターとして就職。現在は新人が担当する動画から原画マンにスキルアップして2年目、業界歴は3年目です。
「自分の作品だといえるものを作りたい」
――小さいころからアニメーターを目指していたのでしょうか
田中:いえ、僕は大学生になるまで真剣にアニメを見たことがありませんでした。あまり将来についても真剣に考えていなくて、最初は美術の教師になろうかな、となんとなく思っていたのですが、友人に勧められた「とらドラ!」を見て、アニメって面白いなと思いました。
――「面白いな」から「作りたいな」に変わったきっかけはあったのでしょうか
田中:学部の雰囲気もあって「何か作らなきゃ」という気持ちを常に持っていました。そんなときに当時流行していた「ニコニコ動画」を見て、「あれ、これなら作れるんじゃないか」と思い、1人で半年ぐらいかけて地道に1分30秒ぐらいのアニメPVを作りました。そうやって自分のアニメを作っているうちに、プロの現場で仕事をしたいという思いが出てきました。
――アニメ業界に就職すると決めてからはどうしましたか
田中:まずアニメ業界に入るにあたって、いろいろと調べました。それこそアニメ系の専門学校のオープンキャンパスなどに出掛けて、アニメーターご本人のお話を聞いたり、ネットで調べたり。そうして東京のアニメ制作会社に業務委託契約という形で採用されました。
――アニメーターになってからは、どのような仕事が待っていましたか
田中:アニメーターは「動画」と呼ばれる作業からはじまります。動画とは「原画」担当者が描いた絵と絵の間にさらに絵を描いて、動きを滑らかにしていく作業です。このセクションを大体1年半ぐらい経験したあと、原画試験を受けて現在は「原画」を担当しています。
原画試験……動画担当者が原画を担当するために設けられている会社ごとの試験のこと
――試験にはどうやって臨みましたか
田中:僕の所属している会社の場合、3カ月間で動画を1200枚描かなければ原画試験を受けることが出来ません。僕は入社1年目の終わりごろに目標枚数を達成し、原画試験を受けましたが、1度では合格できず、3度目でやっと合格できました。
――最近アニメ業界の、特にアニメーターの待遇が厳しいという話を耳にすることがあると思うのですが、率直にどう思われていますか
田中:新人で経験の浅いうちはかなり厳しいと思いますし、実際僕はそうでした。ですが僕のいる会社では、待遇が改善されつつあります。
――具体的にはどう改善されたのでしょうか
田中:まだ、詳細は確定していないのですが来年度から働き方、教育面、賃金面でいろいろと変わっていくと聞いています。実は今までは業務委託契約だったので、“契約上は”他社の仕事を請けてもいいことになっていました。だから僕は別に悪いとも思わずに他社の作品に参加し、自分のクレジットをそこで流してしまったんですよね。
――そうしたらどうなったんでしょうか
田中:叱られましたね。契約上はそれでいいかもしれないけれど、僕はその当時まだ見習い的な立場でした。だからそのあたりをよくわきまえないといけない、ということで。
――なるほど、倫理的な部分でというところですね
田中:そうです。確かに「そうだな」と思うところもあるのですが。会社と業務委託契約を締結するにあたって、作業への単価と別に毎月固定で追加報酬はもらっているのですが、賃金以外にも納得できない部分もあって……。例えば、他社の仕事を取ることを禁止したり、ノルマを設けたり、社員ではないのに社員と同等の労働上の規則を暗に課しているという部分です。本質的には歩合制なのに自分の労働時間や仕事の種類をコントロールできない。そこがほかのクリエイター職と比べてアニメーターを続けていきにくい一因になっていると思います。
――会社には分からないものなのでしょうか
田中:もちろん会社の仕事も一生懸命やっていましたが、気付いていたかもしれませんね。その後、一度会社から離れることも視野に入れたうえで、会社に対して他社の仕事も請けている旨を告白しました。というのも、所属している会社の仕事をフルでやりつつ、他社の仕事をするという状況のなかで、自社の仕事量をコントロールできないつらさを感じ始めたからです。
――会社側の反応はいかがでしたか
田中:よく話を聞いてくれたと思いました。そういう話を会社側に正直に話せたのも、会社が待遇を改善する方向性に進んでいるのも報道が一つのきっかけだと思っているので、業界の実情を世間に知ってもらえてよかったかなと思っています。
――そうなのですね。ちなみに田中さんのように「食べていけるアニメーター」になるにはどうすればいいのでしょうか
田中:僕が食べていけるアニメーターなのかは甚だ疑問ですが(笑)。画力以外にも描くスピードや営業能力は必要だと思います。
――なるほど、田中さんは今後アニメーターからどういったスキルアップを目指したいと考えていますか
田中:「何を生意気な」と思われるかもしれませんが、僕はアニメーター職人としてだけ生きていきたい訳ではありません。僕の幸せは「絵を描いて、自分の作品を作っていく」ということ。ですから、アニメという枠組みだけにとらわれず、自分の作品を作れる人間になりたいと思っています。
――アニメーター寮についてはどうでしょうか
田中:僕が機構を知ったのは、先ほどお話しした就職前の情報収集の時で、ちょうど就職と寮のオープンが同じ時期だったのでお世話になっています。この寮にはいろいろな会社で働くアニメーターがいるので、他社の情報も分かりますし、機構がやっている勉強会や食事会でさまざまな人と出会えるというのはいいことだと思います。「こうなってもこうすればいいから大丈夫」といった情報が入ってくるので、心の余裕が持てているなと感じますね。
――デメリット的なことはないのでしょうか
田中:僕自身は不便を感じないのですが、支援を受けているという立場なのでそれなりにやることはあります。例えば支援者の方へ色紙を描いたり、お礼のイラストを描くこともあります。あとはSNSを使った活動もやっているので、「人と関わるのが極端に苦手」という人にはしんどいかもしれません。
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