エレベーターができる予定の駅でベビーカーを降ろしてくれる謎のヒーロー 「そしたら僕は卒業です」と語る彼の今後と地域とのかかわり方
お世話になった町に恩返しで「ヒーロー活動」を始めたのだそう。方南町の駅前で活動する「ベビーカーおろすんジャー」に密着する。
東京都杉並区にある方南町駅は都心に近いにもかかわらず生活感あふれた暮らしやすい町が駅前に広がる。そんな町に定期的に現れるヒーローがいるという。その名は「ベビーカーおろすんジャー」。名前の通り、ベビーカーの階段昇降を手伝うのがミッションだ。なぜベビーカーを降ろしているのだろうか? そして、なぜそのミッションなのだろうか? 実際に会いに行くことにした。
まずは、方南町駅に降り立ち、地上に出ると緑色の何かがいる!
こちらに振り向いたその目はマスクで覆われているため、どこを見ているのかは分からない。とりあえず笑顔で近づいてみた。
すると、元気よく「こんにちは!」と声をかけてきた。ベビーカーおろすんジャーの使命はベビーカーの階段昇降の手伝いに加え、大きな荷物を持った方のお手伝いもしているんだとか。さらに周辺のお掃除に加えて、町の人への挨拶も欠かせないという。
なかなか多忙なヒーローだ。そのようなミッションを始めたきっかけはなんだったのか? しかもその姿で……。そんな疑問におろすんジャーは、笑顔(だと思う)で答えてくれた。
「9年前、田舎から東京に上京してこの周辺に住み始めたんです。都会の人は冷たいと聞いていたのに、この町の人はとても温かい。地元にいるような感覚で過ごすことができました。そしたら何か恩返しをしたくて、まず始めたのが家の近所の掃除だったんです。そして、掃除を通してさらにみなさんと会話をしたかったのですが、僕はシャイなので掃除をしてるだけで話しかけることができずにいました。それで、学生時代にイベントで使用したこの衣装を見つけ、この姿なら話せると思って着用。以来、ずっとこの姿です」(ベビーカーおろすんジャー)
スーツに身を包み始めた経緯は意外だった。そして、「シャイだから」という理由にも驚き。ヒーローに憧れてとか、みんなのヒーローになりたい! なんていう声をよく聞くが、そうではないのだ。ちなみに、ベビーカーをおろすお手伝いを始めたのは4、5年前のことだという。
「4、5年前、ここに住むママさんが『ベビーカーで電車に乗るときはエレベーターのある隣駅まで行くんですよ』と話してくれたんです。この駅にも来年エレベーターができるようですが、当時はなかったので、その手伝いができたら町の人への恩返しがさらにできるなと思ったんですね」(ベビーカーおろすんジャー)
そうこうしているうちに、お子さんを連れたファミリーが現れた。
こちらのママはベビーカーを降ろすのを手伝って欲しいというのだ。出陣の前におろすんジャーは礼儀正しく子どもたちに挨拶をした。そして、「あ、すごい! 泣かないね」と子どもたちを褒める。もしかしたら、この姿を見て泣く子どももいるのかもしれない。
さあ、いよいよ出動だ! ママが下の子を抱きかかえ、お姉ちゃんは手すりにつかまり、おろすんジャーはベビーカーを持ち、みんなで階段を降りる。なんだか、微笑ましい光景である。
無事、階段を降りて「おろすんジャー」の任務完了後、ファミリーからひと言いただいた。「とっても助かりました! いてくれて本当によかった。おろすんジャーさんがいないときは警備員さんも来てくれるし、優しい駅ですね」とママ。お姉ちゃんは「最初はビックリしたけど、なんか楽しかった!」と話してくれた。
その後、おろすんジャーの姿を見学していると、町行く人に元気よく挨拶をするおろすんジャーに、たくさんの人が話しかけている。道を聞く人、「やだぁ〜、久しぶり!」と声をかける人など、町にすっかり溶け込んでいるようだ。しかし、「この人何してるの?」という表情を見せる人も正直少なくない。おろすんジャーは、「驚かれて当然ですよ。僕だって驚きます(笑)。だから、子どもにはこんなのも用意して仲良くなろうと思っているんです」と、(たぶん)笑顔で、ウエストポーチを開けた。中に入っているのはバッヂ。胸元のバッヂの小さいバージョンだ。しかも、おろすんジャーのお手製だそう。
しばらくして、おろすんジャーはお世話になっている八百屋に行くというので同行した。方南町商店街をまっすぐ進む。商店街の人やお客さんが「あ、怪しい奴が来た!」なんて茶化しながらコミュニケーションを取ってくる。ずいぶん親しまれているなぁと感心しながら、おろすんジャーに話しかけようとすると通りの掃除をしていた。
到着した場所は「はくい放送局」という名の八百屋。しかしなぜここに?
「ここは、僕が開催するイベントの運営事務局になってくれたりするんです」と話すおろすんジャー。イベントなんてやってるんだと思い、詳しく聞くと、半年前から月に一度開催している『おろすん祭り』のことだった。『おろすん祭り』という名前だが、「何かをおろすお祭り」というわけではない。
「僕が勝手にやってるお祭りです。ここに住むママさんたちに、この町に何が欲しいかというアンケートを取ったら、子どもの遊び場という回答が多かったんです。そこで、月一度だけでも、そういう場を作ろうと始めました。内容は子どもたちが主役になれるものを毎回考え、子ども食堂や子どもがお祭りを手伝える企画などを開催しています。ちなみに今回は、子どもたちがカメラマン、リポーターになって商店街を案内する企画もあり、みんな楽しんでくれました!」(ベビーカーおろすんジャー)
ちなみに、イベントの開催情報はお店の前や「おろすんジャー」のFacebook、Twitterで告知がされる。
どの時代にもいるヒーロー。その一人である「ベビーカーおろすんジャー」は、町のために、町のみなさんのために労を惜しまない。来年、駅にエレベーターができる予定と聞いた。そうしたらおろすんジャーの仕事はなくなる。どうするのか? そんな問いに「それは本望なのでうれしいことですね。僕は卒業です(笑)。そうしたら、“町起こすんジャー”でもなんでもいいので、別の形でこの町の役に立ちたいですね」と話してくれた。こんな心清らかなヒーローがテレビの中でなく現実にいた。その事実に驚き、そして喜びと同時に心が洗われた時間だった。
(茂木宏美/LOCOMO&COMO)
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