素顔のバトーは攻殻マニア! 「ゴースト・イン・ザ・シェル」バトー役、ピルー・アスベックに聞く
「できれば、(実写)『イノセンス』もやりたい」(ピルー)。しょうがないなぁ、バトー君は。
士郎正宗氏原作の漫画「攻殻機動隊」をスカーレット・ヨハンソン主演で実写化したハリウッド版「ゴースト・イン・ザ・シェル」。全米では公開がスタートし、日本でも4月7日から全国公開される同作で少佐の相棒・バトーを演じているのが、デンマーク出身のピルー・アスベックだ。
これまでに2015年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた「ある戦争」や、2016年に公開されたリメーク版「ベン・ハー」に出演。少佐役のスカーレット・ヨハンソンとは、2014年公開の「LUCY/ルーシー」でも共演しているピルー。バトーという人気キャラクターを演じる上での思いを聞いてみた。
―― いよいよ「ゴースト・イン・ザ・シェル」公開。いまの気持ちは?
ピルー これから世界の皆さんに見ていただけるということで、ナーバスになっている部分もあるけど、ワクワクしているよ。日本でのワールドプレミアは特に緊張するね。
―― バトーさんもナーバスになるんだ。鎮静音楽でも聞く(笑)?
ピルー 「ゴースト・イン・ザ・シェル」の基になった「攻殻機動隊」が生まれた地は日本。映画を作るに当たって、士郎正宗さんや押井守さんという偉大なアーティストが築き上げた伝統をリスペクトしつつ劇中の世界観を構築した。そんな地でのプレミアだから、もう手に汗をかき始めてるくらい(編注:インタビューの後、世界初お披露目となる“ワールドプレミア”が行われた)。
―― そもそもあなたと「攻殻機動隊」の出会いは? 世代的には押井守監督の劇場版?
ピルー そう。押井(守)さんの映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が1年遅れでヨーロッパで劇場公開されたとき、私は14歳。初めて触れた「攻殻機動隊」の世界は、私にとって初めて知る日本文化でもあった。当時、私の周りでは、どちらかというとカルト的な作品として受け止められていたけど、私は“義体”をはじめとするサイバーパンクの世界観にとてもワクワクしたんだ。
10代はアイデンティティーを模索する年代だよね。自分が好きなのが男性なのか、女性なのか。自分はいい人になりたいのか、そうではないのか。そもそも自分は誰なのか――まさに今作で少佐が自分に問いかけているのと同種の疑問。私は「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」を、アイデンティティーを模索する物語だと受け止めたんだ。
今作では、オリジナルに対するリスペクトを持つのはもちろんだけど、新しい要素を加えたいとも思った。士郎さんの原作がまずあって、それが押井さんの手で映像化されたことで世界観が広がったように、実写版を通して、世界のより多くの方が触れるきっかけになればと思う。士郎さんから始まった「攻殻機動隊」の世界がいかにすばらしくて美しいものなのかが世界の皆さんに伝わればという思いがある。
もし「ゴースト・イン・ザ・シェル」で初めて「攻殻機動隊」の世界に触れる方がいたら、その後で、押井さんの「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」を見ていただいて、さらに士郎さんの原作を手に取っていただけるなら、アーティストとして私たちは成功したといえると思う。
―― 今作の製作総指揮にもクレジットされているProduction I.Gの石川(光久)さんも「士郎さんのすごいところは、『作った人たちが真摯(しんし)に作ってくれたらそれが攻殻』とおっしゃってくださるところ」と話していましたね。ところで、「ゴースト・イン・ザ・シェル」のバトーはどんなキャラクターととらえたの?
ピルー 原作とアニメ版、実写版でバトーの造形は少しずつ違うし、そうあるべきだと思う。そもそも士郎さんと押井さんがいなければ、この世界は存在していなかったので、私たちが彼らの肩の上に立っている、彼らがあってこその私たちというのは理解している。
とはいえ、もし原作やアニメと同じバトーを演じてしまったら、映画をご覧になる方には、「見たことのあるバトーだな」と、あまり面白みがない。俳優としての私の仕事は、そこに何を加えていけるか。私は心からバトーが大好きで、演じていてとても楽しかった。できれば、「イノセンス」もやりたいね(笑)。
―― イノセンスも見ているんだ。あれはバトーの物語だからね。バトーというのは基本的にシンプルで、信頼できて、温かくて、優しいけど、役作りについてはどうだった?
ピルー バトーというキャラクターの役作りで鍵となったのは、バトーが大きな体と大きなハートを持っているところ。「イノセンス」で描かれているけど、バトーは家の鍵を20個近くつけているんだよね。
―― まぁセーフハウスだしね。
ピルー あれは「誰も家に入れたくない」というバトーの心情の象徴で、それは少佐にも通じるところがあると私は思うんだ。だからこそ、二人はつながりを持てるのだと。言い換えれば、押井版のバトーから私がもらったのは、ユーモアと温かみ、そして彼の持つ力。原作のバトーから参考にしたのはルックス。あと、性格的にちょっと少年っぽいところ。ピザを食べ、ビールを飲み、犬が好きというところが気に入ってるよ。
ちなみに、映画では象徴的な犬が登場するんだけど、その名前は知っているかな(挑む目)?
―― “ガブリエル”でしょ(対抗意識)。「イノセンス」でエサを食べるガブリエルの耳が汚れないようにそっと持ち上げてあげるのはいいシーンだよね。
ピルー (目をキラキラさせて)やるね! 彼の名前は本当にガブリエルで、だから、「ガブリエル」と呼ぶと寄ってきて。最高だろ? ちなみに、“ガブリエル”というのは、キリスト教では大天使の名前。少佐の守護者だね。
―― アニメシリーズだと、バトーは少佐に特別な感情を持っているように見えるところもあるけど、その辺りはどう解釈したの?
ピルー 個人的には、バトーは少佐を愛していると思う。現実的にそれは成就するものではなくて、二人の関係は結婚や男女の関係という形にはなり得ない。私が知る限り、最もつらい恋の形で、ある意味では、美しいラブストーリーだともいえる。
とはいえ、考えてみるとバトーが愛したのは、義体化した彼女。彼女の脳、彼女の魂、彼女の精神性、いわば、彼女の“ゴースト”を愛している。この辺りは映画では描かれていなくて、スカーレット(ヨハンソン)と話をしただけだけど、私たちの知る“恋愛”という形で一緒にいられないのなら、次にできることは、近くにいて彼女を守ることであるとバトーは判断したと思う。だから、彼女に悪を成そうとする存在から、彼女を守ろうとする。
思うに、映画の製作で唯一人工的に作り出せないのは、役者同士のケミストリー(相性)。それは、スカーレットと私のあいだにあるものをそのまま生かして表現したつもり。バトーが持つ思いやりや自己犠牲みたいな部分も、伝わればいいなと思って。
―― 二人の良好な関係が少佐とバトーにも反映されていると。
ピルー そうだね。バトーは、アニメ版だと相当成熟している印象がある。もともと軍人で年を重ねているし。映画では、それよりも10年ほど前のイメージ。私自身もバトーのように成長していければと思っていたし、10年後、20年後にアニメ版のバトーになれればと考えていたからね。
経年での影響という視点で言えば、実は私、スタジオジブリのファンでもある。最初に触れた日本文化は「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」だったけど、スタジオジブリの上質で洗練された“カルチャー”を感じる作品も一家で楽しんでいる。うちの4歳になる娘はデンマークにあるハロウィーンのようなイベントで「もののけ姫」のサンのコスプレをしたしね。
1997年に日本で公開された作品が、20年の時を経て、2017年にデンマークのある一家に、これほどまでに愛されて影響を及ぼしているというのが、まさにアートの力。アートがいかに世界の遠くまで届くものなのかを、すごく感じる。いまの世の中は以前よりもアートを必要としている。政治家は私たちを分断しようとしているけど、私たちを1つにしてくれるもの、それこそがアートだと私は思うんだ。
―― アートは私たちを1つにしてくれるものって言葉、いいね。ところで、物語冒頭では、バトーはどれくらい義体化していたの? 次第に人間の部分を失っていくみたいだけど。
ピルー 冒頭では腕だけ。分かりづらいかもしれないけど、パーツが見えたりするよ。基本的には95%は生身の体という設定で、サイトーやボーマと同じくらいのレベル。
義体化の程度は、私も演じる上でとても重要だと思っていたんだ。とはいえ、どれほど義体化されていても、彼らの人間的なハートを感じさせることはより重要だった。人間的な部分を感じさせれば感じさせるほど、少佐の方が義体化していて、コントラストが際立つというイメージがあったので。
―― 劇中、途中から義眼になるのはどんな意味を持たせていたの?
ピルー 物語を肉眼から始めたことは重要だと思う。西洋では、“目は魂の窓”といわれるのだけど、肉眼でいることで、キャラクターと観客を目がつないでくれるから。義眼になった後は、実は演技を変えているんだ。
―― えっ、そうだったの?? そういえば石川さんも「(ゴースト・イン・ザ・シェルは)キャラクターに感情移入させるのをすごく重視している」と話していた。
ピルー 演技のアプローチも表現も変わったね。それまでは前のめりで体を動かしていたのが、義眼になった後は、コントロールされた動きにしたんだ。バトーが義体化していくのは、愛する少佐とより同じような環境に自分を置きたいという気持ちがあったのではないかと思う。劇中でも少佐に対して「お前のように物が見えるようになったみたいだ」と発言しているし。一方で、「犬(ガブリエル)に餌をやってくれ。怖がるといけないから」というせりふがあるのだけど、自分が以前とは変わってしまい、違う道のりを歩き始めているという自覚が生んだ言葉だと思うよ。
―― その視点は興味深いね。ちなみに、義眼のメークにはどれくらい?
ピルー 4時間。そこから12時間くらい撮影。ちなみに、義眼をつけると、まるでトンネルをのぞいているように何も見えなくなる。私たちは視覚や聴覚で平衡感覚を保っているのだけど、それが遮断されるとバランスも崩してしまう。アクションシーンでも、人の顔を殴ったり、自分からクルマにぶつかってしまったりと、それはもう大変だったよ(笑)。とはいえ、義眼こそがバトーの“アイコン”(象徴)なので、それはやっていてすごくうれしかった。
あと、ひげを生やしていたのは、そってしまうと若く見えてしまうから。監督のルパート(サンダース)も言っていたけど、アニメやマンガの表現をそのまま実写でやろうとしても、できないことはできない。違和感を抱かせるものは拭えないからね。
ともあれ、ここから私がバトーを理解する旅路が始まっていく。10年、20年かけて理解していくような深みのあるキャラクターだと、あらためて実感しているんだ。
―― 劇中、荒巻を演じるたけしさんは日本語、皆さんは英語でやり取りしているけど、演技する上で難しくなかったの?
ピルー (劇中では)みんな言葉なしでつながるので、互いに言っていることは理解できる。演技のすばらしいところは普遍的であること。「愛している」と表現するのに、それを口で言う必要はない。「ゴースト・イン・ザ・シェル」は日本文化に根ざした作品だから、日本の言葉も立てようということで、たけしさんには日本語でせりふを言っていただいた。たけしさんのようなレジェンドと仕事をしているときは、理解のための言葉は不要なんだよ。
―― (かっこいい……)たけしさんの監督作品も見た?
ピルー もちろん。「座頭市」とかね。たけしさんはヨーロッパでも大人気だから。ただ、コメディアンだとは知らなかった(笑)。ちょっと本筋から離れるけど、日本映画というのは、復讐(ふくしゅう)を最も美しい形でつづるよね。
―― なるほど。じゃあ最後に同作のキャストとして重要なことを聞いておきたいのだけど、あなた、もしくは劇中のバトーにとって“ゴースト”とは何ですか?
ピルー …………魂、だね。人が死ぬときに“重量がなくなる”というよね。それが魂の重みだという人も。私にとっては、“シェル”は体で、“ゴースト”は魂なんじゃないかと思う。
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か、かっけえ……。