「『攻殻機動隊』が『ゴースト・イン・ザ・シェル』になった」 Production I.G石川光久が明かす、ハリウッド版攻殻に宿る“魂”
「僕自身はアニメで勝負したいなとあらためて思った」(石川)
士郎正宗氏原作の漫画「攻殻機動隊」をスカーレット・ヨハンソン主演で実写化したハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』。1995年の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』、テレビアニメシリーズ、『イノセンス』やARISEまで全てのアニメシリーズに携わり、今作では製作総指揮にクレジットされているProduction I.Gの石川光久代表取締役社長に日本での公開を4月7日に控える同作について、今思うところを聞いてみました。
「士郎(正宗)さんの原作の存在が一番大きい」
―― ハリウッド版攻殻『ゴースト・イン・ザ・シェル』の公開がいよいよ近づいてきました。2007年に実写化に向けた交渉を始めるとProduction I.Gから発表されて約10年。ここまでの道のりは平たんではなかったと思いますが、アニメシリーズ全てに携わり、エージェントとして同作のハリウッド実写化に携わってきたProduction I.Gの代表として、今の率直なお気持ちをお聞かせください。
石川 長かったなぁというのと、よくたどり着いたというか。
時間は掛かりましたけど、中身も宣伝もすべて本当にいい形で世界規模で公開される作品が日本の漫画作品というのが、マンガ業界にとっても、アニメ業界にとってもよかったなと。士郎(正宗)さんの原作の存在が一番大きいのですが、1つの歴史を切り開いたんじゃないかと。10年あっての今ですね。
―― しかしそんな石川さんもまだ完成したものはご覧になっていないとか(インタビュー当時/2017年3月)。
石川 そうなんですよ。ワールドプレミアを目前にようやくできあがってきたと聞いて「粘るな〜」と(笑)。ただ、情報は来ていて、それを聞くにつれ、脚本にはないシーンが入ってきたりしていて、よかった。そういう展開にしてくれたんだ、と。それは1ファンとしても楽しみにしています。こうして前に出てお話したりもしていますが、僕はプロデューサーというよりは黒子。調整役として振る舞うのが攻殻に対する自分の役割かなと思うので、今回は黒子に徹しました。
3月16日に行われた来日記者会見では少佐役のスカーレット・ヨハンソンをはじめ、ピルー・アスベック(バトー役)、ジュリエット・ビノシュ(オウレイ博士役)、ルパート・サンダース監督が荒巻役のビートたけしさんとともに登場
―― 私も士郎さんの原作、劇場版、テレビアニメシリーズ、『イノセンス』やARISEも全て何度も見てきた1ファンとして、その延長線上にあるものを期待する一方、これは世界のファン開拓なんだと思うこともあります。Production I.Gとしてはこの作品をどういう位置付けで見ているんですか?
石川 いっしょだと思いますね。俗っぽくいうと開拓ですし、ステージが広がったという意味ではそれはその通りだと思いますが。
今、日本のアニメーションの立ち位置って、作り手が海外に向けて作るとか背伸びしてみせるのは、足元をおろそかにしているようでいかがなものかと思う一方で、プロデューサーやプロダクション視点でみれば日本だけで商売していくのは難しい時代です。クリエーターが「世界を目指す」と言い立てずとも、今の日本のお客さまに対してきちんと作れば、それが世界に通用する時代。それにはタイトル(IP)も必要で、攻殻機動隊という人を引きつけてやまない作品の魅力が重要です。
でもそれは原作の魅力だけでなく、士郎さんの人柄によるところも大きかった。士郎さんは(作品の)委ね方がきれい。自分の作品って子どものようなもので、どうしても自分の形にこだわりがちですが、士郎さんのすごいところは、「作った人たちが真摯(しんし)に作ってくれたらそれが攻殻」とおっしゃってくださる。たくさん言いたいこともあるでしょうが、押井版でも神山版でもARISEでも監督に作品を委ねてくれてるんですね。卓越した想像力というか才能の豊かさと、それを委ねる相手に対する敬意が今につながったように思います。
―― 1995年の押井版『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』が世の中に与えたインパクトは鮮烈でした。2017年の「ゴースト・イン・ザ・シェル」はどんなインパクトを与えるでしょう。
石川 ワクワク感やドキドキ感は同じかもしれません。つい先日までアメリカにいたんですが、スーパーボウルの生放送をレストランで見ていたら『ゴースト・イン・ザ・シェル』のCMが流れて、「本気度が違うな」と。制作費だけの話じゃなくて、宣伝費も全力勝負に出てるなと肌で感じました。しかも熱気はアメリカだけの話じゃなくて、ヨーロッパ、あるいは中国や韓国などアジア各国でも日本以上に広がっている感覚があります。日本のお客さんよりウェーブが来ている感じ。
1995年当時、イマジカで試写をやったときのことを今でも鮮明に覚えています。みんなが「何か分かんないけどすごいのできたな」という達成感を持つ一方、「これは一般のお客さんに分かるんだろうか」と思っていたんです。そうしたら、トイレで誰かが「これ、日本だと分からないけど、海外だったらイケるんじゃない?」と言っていたんですよね。その通りになったなと。
―― スカーレット・ヨハンソン演じる少佐の体にピッタリで、CGかのような熱光学迷彩スーツはシリコンを使った実写なんですね。未来的だと思っていたものがCGでなく表現できることにも時代の流れを感じますが、CGの観点では作品をどう感じましたか?
石川 CGの作り込みはアニメも実写も似ている、と思いました。今だとCGのプロダクションがなければ映画は存在し得ないですが、撮った後のポスプロでの時間のかけ方やこだわりは同じですね。
実写だとシーンのアングルによって予算も変わるので意外と制約が多く、そういう意味ではアニメはカメラワーク1つとっても自由度というかアドバンテージがあるんですが、『ゴースト・イン・ザ・シェル』くらいお金が掛かっていると、そのアドバンテージもなくなる。ここまでやるにはこれくらいお金が掛かるのかというのも気付きでした。お金って大事なんだなと(笑)。
ともあれ、映画に向き合っている人たちの情熱は万国共通だなと思いましたね。僕自身はアニメで勝負したいなとあらためて思いましたが。
―― 作品をめぐっては、少佐をスカーレット・ヨハンソンが演じることに、ホワイトウォッシング(主に白人以外の役柄に白人が起用されることを指すことが多い)ではないかと話題でした(関連記事)。攻殻機動隊の作品世界を考えると幾分的外れな主張にも思えたのですが、石川さんはこうした声をどうみました?
石川 少佐が生身の体ではない義体であるところが、人種を逆に選ばないという意味合いを持つようにも思いましたけどね。
―― なるほど。ところで、アニメでは特徴的だった電脳世界のシーンなどはどうなるのかが気になります。
石川 そうしたものを大げさに描くというよりは、一見地味だけど、リアルにネットにつながっている「生活感を失わない未来」がうまく描かれていると思うんです。それは何気ない衣装などの演出にも見られますし、機械化したヤクザのタトゥーなどをみてもそう感じます。
「攻殻機動隊」が「ゴースト・イン・ザ・シェル」になる
―― 石川さんは以前インタビューで、「攻殻機動隊」は脚本が重要、とおっしゃっていましたよね。『ゴースト・イン・ザ・シェル』の脚本はどう見ましたか。
石川 攻殻は脚本が重要、本当にそうだと思いますね。『ゴースト・イン・ザ・シェル』は俗に言うと「売れるもの」を追究して作ったなと。押井(守)監督は、感情移入をできるだけ殺して、世界観を見せることに腐心しましたが、キャラクターに感情移入させるのをすごく重視していますね。
―― 押井さんの美学を極限まで追究したのが『イノセンス』でしたね。
石川 そう。そこで1回答えが出たわけで。そういう意味では(『イノセンス』)は100年持つ、時間がたてばたつほど値打ちが出てくると思っている。しかし、ハリウッドは違う。10年後や100年後とかじゃなく“今”のお客さんが重要。だから脚本も時間とお金を惜しみなく注いで徹底的に直すし、脚本で面白いと思えないものは映像にしないという信念はすごい。アニメーションなら映像や演出で何とかしようとすることもあるけど、それがないですね。
―― 神山さんのS.A.C.シリーズも、「草薙素子が人形遣いと出会わず、公安9課に残っていたら」というパラレルワールドとして描かれていました。核となる部分には原作がきちんとあるのはハリウッド版も変わらないということですかね。
石川 原作という箱があったとして、そこから出てきたパラレルな物語ですよ。アニメにインスパイアされている部分はあっても、押井版のデッドコピーでもなければ、続き物でもない。実写としての攻殻機動隊を作り上げたと思います。
僕が士郎さんをかっこいいなと思うのは、「全ては漫画の中に書いてある」というのが持論なところなんじゃないかなと。アニメでも実写でも、表現は監督のもの。監督の色が出て、監督のやりたいことがきちんとできていれば、士郎さんも監督が作りたいものを応援してくれているスタンスですが、どんな質問が来ようとも原作を端から端までみればどこかに答えが書いてあると士郎さんは言うんですね。作品は監督のものだけど、その皮を剥ぎ取っていくと、芯には士郎さんの原作があって、原作としての魂、士郎正宗が宿っているんです。
―― 今、「魂」という象徴的な言葉が出たので続けてお聞きしますが、石川さんはあるインタビューで、攻殻機動隊という作品に共通している要素を「魂に触れるものがあるかどうか」だとお話されていましたよね。石川さん自身『ゴースト・イン・ザ・シェル』にも魂に触れるものを感じましたか?
石川 はい。まず、日本で実写を作った方がよかったかどうかをよく問われますが、スカーレット・ヨハンソンの少佐がよかったと思いますよ。日本で作っていたら少佐をスカーレット・ヨハンソンが演じるのは100%あり得なかった。スタートラインがまず違いますから。
―― 同作の監督であるルパート・サンダースは作品について「人間の脳が組み込まれたアンドロイドである主人公が、自分が誰であるのかを探そうとする旅」と表現していて興味深く思いました。彼は押井版の世代ということもあってか、作品に対するリスペクトを非常に強く感じます。
石川 サンダースは劇場版だけでなく、S.A.C.シリーズもすごく見ているなというのは今回のシナリオからも感じます。監督が自分探しだというのは、アニメに対するリスペクトだと思いますが、案外ゴーストというのをうまく言いあてているんじゃないかと。
―― 一方で、押井守さんは「間違いなく今まで作られた攻殻の中で一番ゴージャスな作品」と評しています。今まで作られた攻殻の中で、という文脈で語るなら、石川さんは『ゴースト・イン・ザ・シェル』をどう表現しますか?
石川 ……未来が現実になる、なっている作品。四半世紀以上前に士郎さんが作った世界がまさしく現実になっている。近づいているというよりはなっている。これに尽きますね。
―― 最後に、石川さんのお言葉でファンに向けて一言お願いします。
石川 (長考してから)「攻殻機動隊」が『ゴースト・イン・ザ・シェル』になった、ということですかね。
―― 深い言葉ですね。作品としてはパラレルでも、士郎さんの魂も宿る作品としてその言葉の意味を映画を見ながら反すうすることにします。どうもありがとうございました。
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