脅威 は「北」からやってくる ――「新感染 ファイナル・エクスプレス」:ねとらぼレビュー
韓国アニメ界で活躍するヨン・サンホ監督による初の実写映画。韓国版シン・ゴジラとも言えるクオリティになっていた。
多くの日本人にとって「シン・ゴジラ」は衝撃の一作だった。近年日本映画には見られなかったテンポ運びの良さ、人間を「群」とすることで極限まで少なく、しかし煮詰められた人間ドラマ、 何よりも東日本大震災、ならびに福島第一発電所原発事故をほうふつとさせるあらゆるカットと脚本、それに説得力を持たせるための濃密な政治描写――。ミレニアムシリーズの失敗から「たかが怪獣映画」と評されていたゴジラ・シリーズに再び命を吹き込み、社会的意義ごと復活させた、まさに歴史的な一作だ。
韓国はそれを「ゾンビ」でやってのけた。時速300キロの密室、高速鉄道KTX101号に乗り込んだ1人の感染者を皮切りに、車内は暴れ狂う感染者たち、および腐臭を放つエゴイズムの充満した地獄と化す。そして醜く生に固執する乗客たちは、それにふさわしい姿へと変わる。
主人公・ソグは幼い娘との関係がうまくいかないファンドマネジャー。別居中の妻との関係は破綻し、娘はプサンに住む母に会いたいとせがむ。次第に感染者で溢れかえる車内、そして韓国全土で多発していると思しきゾンビ・パンデミック。ある者は守るべき家族のため、またある者は他者のため、そしてある者は自分だけのために生き延びる術を模索する。どこにも逃げ場のない車内、果たして乗客たちは無事にプサンまでたどり着くことができるのか――?
本作の舞台設定が示唆するものの1つは2014年韓国フェリー転覆事故、いわゆるセウォル号転覆事故だ。乗員・乗客 299人という尊い命が犠牲になった同事故では、イ・ジュンソク船長らが自ら生き延びたいために乗客の避難誘導を行わず真っ先に逃げ出し非難を浴びた。本作のあるキャラクターの設定・行動は彼そのものであり、その思想はとあるきっかけを経てウイルスのように乗客たちにまん延していく。
映画とは現実を写す鏡であり、製作者の強いメッセージでもある。本作の巧みなキャラクター描写は、観客に登場する全人物への感情移入を余儀なくさせる。「もしもこんなことが起こったら、自分も同じことをしてしまうかもしれない」「このような恐ろしいことは二度と起きてほしくない」――。彼らの目を通じてわれわれは、自身が内心で一番恐れているものを見ることになる。それは避けられなかった惨禍のトラウマ、そしてエゴイズムの恐ろしさだ。本作は近年のゾンビ映画が盛り込みがちなジャンルそのものへのセルフパロディー、共感し得ない恋愛ドラマといったお約束の展開を利用しない。真っ向勝負でわれわれの中にある恐怖をメタファーとして描き、それを成功させているのだ。
とはいえ、本作がいわゆる「考えさせる」だけの映画かといえばそうではない。ゾンビ映画のもう1つの魅力、それは“彼ら”との戦い、すなわちアクションだ。
劇中、ゾンビで埋め尽くされた新幹線の通路を舞台とした1対1の素手でのアクションが生む手に汗握る緊張感。密室、それも一本道の通路のみでのアクションに見せ場を作るのは非常に難しい。密閉された乗り物上でのゾンビパニック映画、といえば飛行中の航空機を舞台とした「デッド・フライト」があるが、こちらは貨物室から床を突き破ってゾンビの腕が突き出てくる、頭を撃ち抜かれたゾンビが次々床穴に落ちていく、非常口を開放してゾンビを空に放り出し、エンジンに吸い込ませ炎上させる……などギャグ一歩手前、いやギャグそのものの展開が次々起こる。そうでもしなければ間をもたせられないからだ。またウォーキング・デッド外伝「フィアー・ウォーキング・デッド」のWeb限定エピソード「Flight 462」(日本未公開)も航空機を舞台とするが、こちらは15分程度の短編、かつゾンビ発生までの緊張感に重きをおいた作品、ということもありアクションにこれといった見せ場はない。
しかし本作にはアニメーション出身監督ならではの手腕か、フレッシュなアクションシーンが満載だ。前述の車内バトルのみならず、生者から死者に変化する際の関節をねじまげる非人間的な動き、車両連結部やトイレを一時避難場所とする攻防、ガラスを突き破りなだれ込んでくる感染者たちの塊、さらには空から落ちてくるゾンビ(!)まで、見たことのない映像がここぞとばかりに詰め込まれている。そのためゾンビ映画にしては少々長い118分という尺も全く冗長さを感じさせない。次に何を見せてくれるのか? いったい何が、誰に起きるのか? ありきたりなパニックホラーだろうと思った観客ほどポップコーンを取る手を止め、スクリーンにくぎ付けになることは間違いない。
最後に地理的な事実について触れておこう。本作の舞台となるKTX101号は実在し、作中と同じく首都ソウルからテジョンを経由し、プサンを終着駅としている。ソウルは北朝鮮との国境からわずか40キロ南に位置し、そこからテジョンは南南東に140キロ。プサンはそこから更に南東に200キロ行ったところにある。テジョンとプサンは朝鮮戦争時、朝鮮人民軍の侵攻によるソウル陥落後、それぞれ臨時首都として機能した都市でもある。
そして本作のパンデミック、理由も明かされずに大量のゾンビが突如発生した始まりの地はまぎれもなくソウルなのだ。
本作の韓国での公開は2016年7月。くしくも同年の1、2月、北朝鮮が2013年以来となるミサイル発射実験、核実験を立て続けに行い、軍事的緊張が一気に高まった時期である。
ソウルから始まった異変、テジョンを経てプサンに至る逃避行。昨今の時勢を踏まえれば、この映画が本当に書きたかったものが見えてこないだろうか?
さきに述べたように、本作は一般的なゾンビ・アクション・パニック映画としてもここ10年で白眉といえる作品だ。歴史上のもろもろを踏まえずとも、巧みな脚本、鮮やかなキャラクター描写、フレッシュなアクションの全てがそろったA級作品といって異論はないだろう。事実本作は世界150カ国以上から買い付けが殺到し、韓国での動員は国民の5分の1である1000万人をわずか19日間で突破した。
しかしあの日を経験した者であれば、どうしてもあの震災を踏まえずに「シン・ゴジラ」を見ることはできないはずだ。それは本作も同様である、というのは買いかぶり過ぎではないだろう。旧きロメロの時代より、ゾンビは常に時代を切り取る鏡なのだから。
まさに「人を喰った」ような邦題ではあるが、原題はシンプルな「釜山行き」。敬遠せずにお楽しみいただきたい。
(将来の終わり)
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