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「悪意の塊」「人にプレゼントして相手の発狂っぷりを楽しむゲーム」 “世界一難しいゲーム”作者の新作がもはや哲学の域週末珍ゲー紀行

全ての成果が幾度となく瓦解する痛み。

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 かつて世界中のゲームユーザーを絶望のどん底に突き落とした「QWOP」というフリーゲームがありました。キーボードの「Q・W・O・P」キーを使い、陸上選手を走らせる、ただそれだけのゲームなのですが、その難しさは想像を絶するもの。何をどう押せばどう動くのか全く分からず、足を一歩前に出すことすらままならない……。あまりの難易度に、YouTubeでは「世界一難しいゲーム」とも呼ばれました。


「The Most Difficult Game Ever」として紹介された当時の動画

 そんな「QWOP」の作者が久々にリリースした新作が、今回紹介するGetting Over It with Bennett FoddySteam / iOS)です。Steamのレビューには早速「悪意の塊」「人にプレゼントして相手の発狂っぷりを楽しむゲーム」など辛らつな言葉が並んでいますが、なぜかトータルの評価は「非常に好評」という、不思議な二面性を持つ同作。ゲームとは何なのか、生きるとはどういうことなのか。そんな疑問に、もしかしたら答えてくれる1作なのかもしれません。


Getting Over It with Bennett Foddy Trailer

ライター:Ritsuko Kawai

週末珍ゲー紀行

カナダ育ちの脳筋女子ゲーマー。塾講師、ホステス、ニュースサイト編集者を経て、現在はフリーライター。下ネタと社会問題に光を当てるのが仕事です。洋ゲーならジャンルを問わず何でもプレイしますが、ヒゲとマッチョが出てくる作品にくびったけ。Steamでカワイイ絵文字を集めるのにハマっています。趣味は葉巻とウォッカと映画鑑賞。ネコ好き。




ゲームというよりはむしろ“人生”

 世の中にあふれる“変なゲーム(珍ゲー)”を紹介する「週末珍ゲー紀行」。第13回は、大釜に下半身がすっぽりハマったおっさんが、ハンマーだけを頼りに果てしない山登りに挑戦するゲームGetting Over It with Bennett FoddySteam / iOS)を紹介します。何を言っているのか分からないかもしれませんが、人生とは本来そのようなもの。これはゲームというよりはむしろ、1人の男の、そして私たちプレイヤー全てが歩む人生そのものなのです。


Getting Over It with Bennett Foddy

 ゲームで使用するのはマウス、もしくは代用可能なポインターデバイスのみ。キーボードやその他のボタンは一切使いません。操作方法の説明はありません。ストーリーもありません。そして理不尽なほど難しく、ただ前へ進むことが手探りと失敗の連続です。ゲームそのものについて語れることは以上です。どこかとても人ごとでなく、それも記憶の原初から身に覚えがあるような気がしませんか。何の説明もなく始まり、用意されたストーリーもなく、何度もくじけながらただひたすらに先を目指すこと。そう。あなたの人生です。

 本作を開発したのは、2008年に「Q・W・O・P」キーだけで陸上選手を走らせる超高難度ブラウザゲーム「QWOP」で世界的に脚光を浴びたゲームデザイナー、ベネット・フォディ氏。ゲームのタイトルにもなっているように、その本質は不可能と思える苦難を乗り越える喜び。そしてそれ以上に、全ての成果が瓦解する絶望と、途方もない作業を最初から繰り返さなければならない苦痛を人々に植え付けること。これは人生という名のゲームがトントン拍子で進まないと気が済まない野心家たちの心を、ポッキリとへし折るゲームなのです。


Getting Over It with Bennett Foddy 失うことよりつらいのは、全てを最初からやり直すこと

Getting Over It with Bennett Foddy 何時間もかけて登った理不尽な崖も落ちてしまえば一瞬だ

 その元ネタは、チェコのゲームデザイナーJazzuo氏による2002年のB級ゲーム「Sexy Hiking」。当時、同氏は「登山という行為は、人生の歩み方によく似ている。覚え、うまくやること」という言葉を残しました。私たちは生まれて間もなく地を這いずり回り、やがて自らの足で立ち上がることを覚え、そして歩き始めます。しかし、人生のチュートリアル画面で順を追って歩き方を説明された者など、誰一人としていないでしょう。本作も同様。ハンマーを振るい登っては落ち、己が道を孤独に歩んでいく。いつしかハンマーは自分の身体の一部になっているでしょう。

 どうしておっさんは大釜にハマっているのか。中はどうなっているのか。時より溢れ出る謎の液体は何なのか。こんな理不尽でどこまで続いているのかも分からないガレキの山を登り続けて、その先にはいったい何が待っているのか。そんな些末(さまつ)なことは気にしなくてもよいのです。大切なのは、果てしない無限の苦痛と向き合う時間と忍耐があるかどうか。そして、それまで築き上げてきた全てが一瞬で音を立てて崩れ落ちた時に、自分が報われなかったという絶望を真正面から受け入れられるかどうかです。



失敗とは転ぶことではなく、転んだまま起き上がらないことである

 かつてカナダの女優メアリー・ピックフォードは、「失敗とは転ぶことではなく、転んだまま起き上がらないことである」という言葉を残しました。このゲームで一度も辛酸を嘗めないプレイヤーなどいないでしょう。もしあなたが途中でゲームを投げ出してSteamストアへ返品したなら、その時はじめてあなたは失敗するのです。よって、ゲームの操作方法や攻略方法をインターネットで調べるタイプの人間には、精神衛生上おすすめできません。それでも己と向き合いたい求道者と、どうしようもなく病的にマゾヒスティックな人だけが、ぜひ820円を支払って心の痛みを購入してください。


Getting Over It with Bennett Foddy どこまで己を強く持てるのか。人生に返品はない

 最後にこれだけは忘れないでください。北アメリカの先住民ミンカス族のことわざに「目に涙がなければ魂に虹は見えない」とあるように、全てを失った悲しみに打ちひしがれた人間にしか到達しえない境地は存在するのです。それが私たちの人生なのだから。


Ritsuko Kawai


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