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人生の異世界トラックに跳ね飛ばされた東大ラノベ作家、コミケで結界をつくる東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(2/2 ページ)

誰かに認めて欲しかった。存在を認めて欲しかった。

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4 コスプレが与えてくれたものははかりしれない


 コスプレイヤーの眼力というものは凄いものがある。
 オタクのハイエンド、究極の最終形態がコスプレイヤーである。
 少なくとも、そういっても過言ではないほど目の肥えたオタクが、レイヤーさんに多かったように思う(現在進行形)。
 それはオタク文化の浸透にともなって、ある部分はだんだん薄らいでいったが、いまでもその魂は失われていないようにと思うのだ。

「コスプレイヤーのあいだで人気になる作品は、必ず数年後にヒットする」
 そんな嘘みたいな事実に、遭遇したことが、幾度もある。
 彼女/彼らは、繊細な感受性で、オタク心に刺さるものを敏感に嗅ぎ分けるのである。

 当時は、Cure(現在はWorld cosplayに変更)というコミュニティーサイトがあり、そこでは画像のグラビア的な掲載とファンクラブ運営が主だった。

 毎日、サイトを開いているうちに、何がいま流行っていて、何がいま流行っていないのかを、体感として理解できる。

 また、交流していくうちに、時代の傾向のようなものを、掴むことができる。

 たとえば、「作者買いではなく作品買い」ということが言われて久しいけれど、それがマーケティングの現場に流布するよりずっと早く、僕らはそのことに気付いていた。

 作品名、もっというとキャラクター名は知っていても、その作者を知らない。そんなことも、しばしばある。また、コスプレイヤーに人気のキャラクターというものが、衣装という観点から、理解できる。
 どういう観点から、そのキャラクターに萌えているのか。
 どういった作品を、求めているのか。
 どういう部分で、その作品に盛り上がっているのか。

 それらのことが、手にとるように、わかるようになる。

 これは、意識してやっていたことではないが、
 冷静に考えると、凄いことなのではないだろうか。

 当時、誰もブギーポップのコスプレをやっている人は僕の他にいなかったが(少なくとも会場には)、なぜか「ZONE-00」のコスプレをしている人は大量にいた。
 こないだもいた。

 人間には文化がある。
 時代を超えて、受け継がれていくものがある。
 羞恥心を捨てた先に、それを掴むことができる。
 自意識の鎧を振り捨てた先に、剥き出しのオタクの魂に、触れることができる。

 だから、作家志望者は、コスプレ広場に行くと良い。

「書を捨てよ。コスプレ広場に出よう」

(最低限のマナーは守ってね……)

 いいんだ。
 いいんだよ。
 たとえ、失敗したとしても。

「戦国BASARA3」の毛利元就のコスプレをやろうとして、「公式でノベライズやっている人はちょっと……」と止められても。
「コードギアス」のルルーシュをやって、「顔面的にスザクじゃね?」と言われ、退散しても。

「ユーリ!!! on ICE」のヴィクトルをやって、ゲイレイヤーさんに色々な意味で完敗しても。

 いいんだ。

 大丈夫。
 きみは問題ない。
 オール、オールOKよ。

 そう自分に言い聞かせて、僕は、先日のコミケで、
 勇気を振り絞り、久しぶりにコスプレ広場に向かった。

 東京喰種の金木君のコスプレである。
 だが、苦労して更衣室で準備を終え、ピッチピチの衣装をコートの裏側に着込んだが、
 僕は、久しぶりのコスプレ広場を前にして……
 コートを脱ぐことができなかった。
 コスプレを披露することができなかった。
 自意識の壁を破ることが出来なかった。
 心の結界をつくってしまった。

 そして、誰もみていないトイレで自撮りした。


東大ラノベ作家の悲劇
敗北した金木研のコスプレ

 い、
 いいんだ。

 大丈夫。
 きみは問題ない。
 オール、オールOKよ。
 Twitterで卑猥な単語並べまくってもいんだよ。

 何だかいい話になってしまったが、
 卑猥という単語で思い出した。

 北方謙三先生の、伝説の言葉を思い出した。


5 われわれはどこから来て、どこに行くの謙三


 今は昔。

 直木賞作家である北方謙三先生が、悩める男子諸君に贈った、伝説のアドバイスがある。

「小僧おおおお! うだうだ悩んでんじゃねえええぇ! ソープへ行け!」


東大ラノベ作家の悲劇
『試みの地平線 伝説復活編』(Amazon.co.jpから)

 まったく無関係な少年の悩みにも、ソープへ行け、の一言で片付ける、北方謙三先生。
 その激烈な激励のお言葉は、いまもソープへ行けない自分の心に、留まっている。

 だが北方先生。ちょっとよくわからん。
 ブラディ・ドールシリーズの愛読者である自分にも全然わからん。
 J田さんに命じられるまま買ってファンになって、水滸伝と楊令伝全巻揃えて読み漁ったが、謙三先生、ごめんわかんない。
 いや、なんとなく言いたいことはわかるのだが、女子はどうなるのだ? 
 そもそも未成年は? 
 小僧は未成年では? 
 というかお金がない人は?

 僕だったら、悩んでいるきみには、
 男女を問わず、「コスプレしろ」と言いたい。

 漫画やアニメやゲームが好きで、鬱屈とした日々を送り、理想と現実のはざまで苦しんでいる、そんなきみには、コスプレで理想の自分になりきることをすすめる。イベントで、同じ趣味をもつ人たちと、交流することをすすめる。
 イベント会場で「こんなときどんな顔をしたらいいかわからないの」
 と嘆く綾波レイのようなきみには、
「笑えばいいと思うよ」と言う。

 だから、もし僕が北方謙三先生に転生したら、アドバイスは「小僧! ぐだぐだ悩んでんじゃねえ! コスプレしろ」になるのだろう。
 だが、それはそれで、何だかつまらない気もするのだ。

 だから、あえてここは紫綬褒章受章者の北方謙三先生に、
 逆アドバイスをしたいと思う。
 超こわいけど、文学の重鎮である謙三先生にもの申すなんて勇気がいるけど、
 その後の作家としてのキャリアが崩壊するかもしれないけれど、
 そんなの関係ねえ! こわくねえ! ブラディ・ラブドール! 
 あああああああああああああああああ

「謙三おおおおおおお! 北方謙三おおおおおおおおおおおお! あああああああああああよくわかんないけど、ブラディ・ラブドール! コスプレしろ」

 われわれはどこから来て、どこに行くのか?

 コスプレ広場に、行くのである。

      ――ポール・ゴーギャン


作者プロフィール

鏡征爾:小説家。東京大学大学院博士課程在籍。

『白の断章』講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。

『少女ドグマ』第2回カクヨム小説コンテスト読者投票1位(ジャンル別)。他『ロデオボーイの憂鬱』(『群像』)など。

― 花無心招蝶蝶無心尋花 花開時蝶来蝶来時花開 ―

最新作―― https://kakuyomu.jp/users/kagamisa/works

Twitter:@kagamisa_yousei



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