ある日突然異世界に飛ばされてしまった少年ヨータローが、ファンタジーな世界に目もくれずただひたすらトイレの快適さを追い求める――そんな異色の異世界転生漫画が『ヤングチャンピオン烈』(秋田書店)で連載されているルーツの『異世界のトイレで大をする。』です。
転生したことによる特殊なスキルは皆無。倒したモンスターや貴重な魔法の書かれた紙を見て考えることは全て「これで尻を拭いたらどうなるか」。設定だけ見るとまさに文字通りの“クソ漫画”なのですが、ヨータローの披露する豊富すぎるトイレ知識は単なるギャグ漫画の域を超えてちょっとしたトイレ学の研究書のようになっています。
一体何を食ったらこんな作品がひり出せるのか。今回はルーツのデビュー当時からの友人でねとらぼの連載「ルーツレポ」編集担当でもある筆者(たろちん)が本人に話を聞いてきました。なお、作品の性質上シモの話題も多めですのでお食事中の閲覧はご注意くださいませ。
ファンタジーものを見て「うんこはどうなってるんだ!」
――異世界ものの作品はいっぱいあるけど、その中でも『異世界のトイレで大をする。』はかなり変わった作品ですよね。第1話からカジノのトイレに行って「どこでも賭博場のトイレが一番きれい。パチンコ屋のトイレみたいなもん」っていう。どんなファンタジーだよって(笑)。
ルーツ:僕はパチンコやらないですけどパチ屋のトイレってすごいきれいじゃないですか。外でトイレ行きたくなったらパチ屋に行けってのがあるから。
――すごいわかる。ただファンタジーの世界観でここまでトイレの話をする作品ってあんまりなかったですよね。
ルーツ:意外とトイレが出てくる漫画って少ないんですよね。『テルマエ・ロマエ』とかにはちょこっと出てきましたけど、ファンタジーものだと特に少ない。
――ゲームとかアニメとかでもファンタジーって「うんこしないよ」っていう世界観じゃないですか。魔法とかドラゴンとか現実と違う世界を楽しむもので。そこでバリバリうんこさせてますからね、この漫画。
ルーツ:うんこしないと「うんこはどうなってるんだ!」って気になりますよね。『ハリー・ポッター』に出てきたトイレは今のトイレと変わんない感じだったんですけど、こないだ「ホグワーツ城には昔トイレがなくて皆そこらへんでして魔法で処理してた」みたいな記事があって「へー」ってなって。
――そもそもどういう発想でこの漫画を思いついたんですか?
ルーツ:もともと歴史とかが好きで、ネットでそういう話を読むのが好きだったんですよ。昔の2ちゃんねるのやる夫シリーズで「やる夫で学ぶトイレの歴史」っていうのがあったんです。やる夫が家のトイレに吸い込まれてタイムスリップして世界のトイレの歴史を学んで行くみたいなスレで、読んでて面白いなって。
――へー、「異世界トイレ」のまんまだ。
ルーツ:あれが2009年とかでしたかね。その頃からトイレの歴史みたいなのは面白いテーマだと思ってたんです。
――まさかの構想約10年だったんですか。
ルーツ:普通の歴史ものの漫画も面白いですけどもういっぱい出てますし、幅も広すぎてどこから手を付けていいのかちょっとわかんないじゃないですか。でもトイレに絞れば結構把握できるんじゃないかなと。
――発想が考古学者みたいだ(笑)。トイレ学専攻で勝負する。
ルーツ:歴史学の世界でもトイレだけ専門でやってるような人ってほとんどいないみたいなんですよ。一応「当時の人が食ってたものがわかるから重要じゃないか」みたいなことを言ってる人もいるんですけど、やっぱ織田信長とかそういう華やかな歴史ものと比べると人気もないし金も出ないからあんまり研究が進んでないらしいです。そういうとこも含めて面白いかもなと。
――ルーツは昔からわけわかんないものを掘り下げるみたいなこと好きですよね。そういえば『自分がツインテールのかわいい女の子だと思い込んで、今日の出来事を4コマにする。』でもよくトイレの話が出てきたけど、その頃からトイレ漫画を意識してた?
ルーツ:というか家でずっと漫画描いてて、ビールもよく飲むからトイレに行く回数が多いんですよ。やたら行く回数が多くなって自然と脳に焼き付けられてるんじゃないですかね。
――そうすると「うんこにビジネスチャンスがあるんじゃないか」みたいな4コマを描くことになると(笑)。
ルーツ:でも面白いんですよ。江戸時代とかは肥溜めがあってうんこが売り物になってたのに、1945年に終戦すると1950年くらいからどんどん下水道が整備されてなくなっていったとか。あと昔は汲み取り式便所があったけどあれもいつの間にかなくなりましたね。
――そういえば小さい頃はまだちらほらボットン便所を見かけた気がする。
ルーツ:下水道が完備されたのは東京23区でもわりと最近で1990年代になってかららしいです。日本全国で見ると下水道は今でも75%くらいの普及率なんですよ。例えばマンションのデカい貯水槽に便を溜めておいてあとで業者が回収する、みたいなことを25%の地域では今でもまだやってたりするとか。
――トイレ学者っぷりがすごい(笑)。
ルーツ:意外とトイレは面白いんですよ! 調べると知らないことがどんどん出てくるんで。
ヨータローは「作者に歯向かう頭おかしいキャラ」
――『異世界のトイレで大をする。』ってパッと見だと出オチ系ギャグ漫画のノリに感じるんだけど、内容を読むとかなりガチのトイレ学なんですよね。
ルーツ:最初はこんなにトイレでいけると思ってなかったんですよ。でも本とか読んでいくと面白い雑学とか結構あって、それをまた別の本で調べたりすると意外とネタ広がるなって。クソだけにクソほどネタがある。
――もともとこの漫画ってニコニコ静画で公開したものがきっかけで連載につながったんですよね。雑誌連載になるにあたって変わった部分とかはあった?
ルーツ:主人公がトイレにこだわったりうんちくを語ったりする、っていうのは編集さんのアドバイスでした。そしたら1話から勝手にキャラが動き出す感覚があってすごいなと。僕はそういう経験あまりなかったので、「トイレに異常にこだわるだけでこんなに変わるのか」って思いました。
――確かにヨータローはキャラクターとしてすごくわかりやすいですよね。こいつずっとおかしいもん。
ルーツ:おかしいですよそいつ。自分で描いててずっとこいつ頭おかしいんじゃないかなと思ってる。ドラゴンを倒して便座型のうろこをはぎ取る話があるんですけど、最初はドラゴンがうんこしてるときに襲撃する予定だったんですよ。
――途中までそういう展開でしたね。
ルーツ:でも「こいつならドラゴンがうんこしてるところ邪魔したりしねぇだろうな」って思って途中で展開を変えたんです。今まで漫画を描くときって自分で頑張って考えてキャラを動かしてたのに、「こいつ作者に歯向かいやがった、すげえ」って思いましたね。
――サブキャラも味のあるキャラが多いですよね。現代からちゃんと強いスキルを持って転生してきたシズヤとか。
ルーツ:同じ境遇のヨータローに出会ってもトイレにいるモブキャラだと勘違いしたり。あいつは異世界もののテンプレみたいなキャラとして対比させたいなと思って。
――ヨータローがトイレ掃除のバイトしてたらトイレ大好きな王様が来て意気投合しちゃうのもよかったです。
ルーツ:あの王様もあんなに登場させる気はなかったんですけど、尿瓶の話がしたいなとか城のトイレ紹介もしたいなとか思ったらやたら登場が増えちゃった。古代ローマの共同トイレがそうなんですけど、便所で横並びで座って会話するっていうのが面白いなと思ってそういうシーンを結構入れてます。
――ルーツがまだ漫画家になる前にニコニコ動画でゲーム実況してた「中二の頃作った黒歴史RPGを実況プレイするぜ」ってあったじゃない。RPGツクールのファンタジーな世界観に自分で作った「弟思いの佐藤」みたいな変な敵がいっぱい出てきたりとかする。あのセンスが今の異世界トイレにつながってるっぽいなと思ったりしたんだけどどう?
ルーツ:いやあ、どうですかね(笑)。じゃあ、はい、かもしれないです。まあファンタジーっぽい話はもともと好きでしたね。
――今までのルーツの作品って『てーきゅう』をはじめ、女の子の日常系が多かったけど今回は結構毛色が違いますよね。
ルーツ:小さいころからファンタジーもの自体は好きで描きたいなあとは思ってたんですけど画力的にきついなっていうのがあって。それでギャグ漫画やってたんですけど、もう30歳だし自分が本当に描きたいことってなんだろうって考えてたら、ちょうど昔から描きたかったトイレの話とファンタジーが一致した感じですね。
――『てーきゅう』はアニメ化もされて漫画家として十分成功したから好きなことができるようになったというのもある?
ルーツ:いや、『てーきゅう』一発じゃムリですよ。ゲーム実況動画だと平均再生数2万くらいというか、上には100万、200万再生がゴロゴロいるのにそれくらいじゃきついですよね。謎の例えですけど(笑)。とにかく漫画家は連載描き続けないと食ってけないですからもっとやんねえとなって。
――そんな中で新境地が開けたのはよかったですよね。今後、異世界トイレで描いてみたいことはありますか?
ルーツ:ションベンで火薬を作る話があるんですよ。それをやるまではやめられないですね。
――何その話(笑)。
ルーツ:火薬を作るには硝石ってのがいるんですけど、昔の日本でそれをションベンから作ってた地域があるんです。囲炉裏のそばの土にションベンをして熱で菌を育てて時々灰みたいなものを混ぜて……っていうのを5年くらい繰り返すと硝石ができる。
――すごいな。というか火薬ってションベンからじゃないと作れないんですか?
ルーツ:他にもいろいろ方法はあるんですけど、そこではションベンを元にしてたらしいです。隠れ里の加賀藩の秘伝みたいな感じで。その後は輸入とかもっと楽な方法ができて作らなくなっちゃったんですけど、第二次世界大戦のときに「火薬が足りないからまた作れないか?」って話がきて。でも「5年くらいかかるからムリ」ってなったという。代々継ぎ足しのソースみたいに土を維持しておかないとダメだから、時魔法とかで時間を操作しないと火薬が作れねえな、って(笑)。
――今の話でもわかるけどこの漫画、読むと意外と文字が多いので皆びっくりしますよね。
ルーツ:そうなんです、あれでも結構削ってるんですけどセリフがめちゃくちゃ多くなったりして。もっと語りたいけど書ききれないのでその辺はコラムに書かせてもらってます。
――非常に勉強になる漫画なんですよね、まさかの。
ルーツ:漫画だけさらっと読んだ人でも1個、2個トイレ知識が増えると思います。トイレ研究家として皆さんにもトイレの無駄知識を知ってもらいたいなという思いで描いてますね。
――ぜひご家庭のトイレに1冊どうぞ、と(笑)。
出張掲載:ルーツお気に入り回のひとつ「3発目」
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