検察側の控訴が物議 なぜコインハイブ事件は無罪判決を勝ち取れたのか、地裁判決3つの根拠を整理
無罪判決後、モロさんは会見で「今後はフェアな取り調べをしていただけたら」と語っていました。
自身のサイトにマイニングソフト「Coinhive(コインハイブ)」を設置したとして、Webデザイナーのモロさんが不正指令電磁的記録 取得・保管罪(通称:ウイルス罪)に問われていた事件。3月27日に横浜地裁(本間敏広裁判長)により、無罪(求刑:罰金10万円)が言い渡されましたが、横浜地検はこれを不服として控訴を申し立てています。今回の裁判で争われてきた3つのポイントをあらためて整理します(関連記事)。
争点は大きく分けて3つ
3月27日の無罪判決後に開かれた会見で、モロさんの代理人である平野敬弁護士は今回の裁判の争点は大きく分けて3つあると説明しました。
- (1)Coinhiveがウイルスや不正指令電磁的記録に当たるか。
- (2)実行の用に供する目的があるといえるか。
- (3)故意があるといえるか。
Coinhiveがウイルスや不正指令電磁的記録に当たるか
まず1つ目の「Coinhiveがウイルスや不正指令電磁的記録に当たるか」については、「閲覧者の意図に反してプログラムを実行する“反意図性”が認められるか」と「不正な指令であるといえるか」という2つに分けて考える必要があります。
今回の裁判において弁護側は2つの論点について争い、検察側は2つの論点が成立すると主張していましたが、横浜地裁は“反意図性”を有する、“不正性”を有しないとそれぞれ判断しました。
判決文などによると、反意図性の部分については事件当時、Coinhiveが一般的なユーザーに必ずしも認知されていた状況とはいえず、ユーザー側からすると「プログラムが実行されていることに気付けない」という点から、ユーザーはCoinhiveの実行に承諾を与えたとはいえない、との判断がなされたようです。
次いで、不正性の部分について横浜地裁は、「ユーザーに与える有益性」「そのプログラムを実行する必要性」「プログラムが実行されることによってユーザーに与える有害性」「またそのプログラムに対して技術者やエンジニアたちが有する意見・評判」そういったものを考慮すべきだと述べていました。
また横浜地裁は前提条件としてWebサイトの運営にはお金がかかるものであり、そのマネタイズの手段としていろいろなものが開発されてきたと説明。例えばWeb広告や会員制サービスなどです。そうした一般論をまず説明したうえで、Coinhiveの実行によってWebサイトの運営者が利益を得られることにより、安定的な収益につながり、Webサイトの維持管理が容易になると評価しました。
そして有害性という点については、Coinhiveは必ずしも閲覧者に与える負荷が高いわけではなく、ブラウザを閉じてしまえば、実行が終了するものであるという点を考慮。必ずしも不正なプログラムではないと判断していました。
つまり、裁判の大きな争点の一つ、Coinhiveは不正指令電磁的記録なのかという点において、ウイルスにあたらないと判断されたということです。このことについて平野弁護士は「犯罪の成立自体が否定された」と説明。横浜地裁が「仮にCoinhiveがウイルスにあたるものだったとしても今回の被告人には故意も実行の用に供する目的も認められない」と言い含んだ点についても言及しました。
横浜地裁の判断をまとめると
- (1)Coinhiveがウイルスや不正指令電磁的記録に当たるか。 → ユーザーが自分のPCでマイニングされることを許していたとはいえず、反意図性が認められる。しかし行為当時に賛否両論があったことや、報道や議論も未熟であったことからすると、社会的許容性がなかったとはいえず、不正性がない。よってウイルスにあたらない。
- (2)実行の用に供する目的があるといえるか。 → Coinhiveの機能や上記の社会的評価、試験的な導入であったことなどからすると、モロさんがCoinhiveをウイルスであると認識認容していたとは言えない。よって実行供用目的はない。
- (3)故意があるといえるか。 → ウイルスではなく、実行供用目的もないので、論じるまでもない。
よって無罪。
横浜地裁「警察はいきすぎ」と厳しく批判
今回の判決では横浜地裁が警察の捜査手法に言及するという異例の一幕もありました。横浜地裁は、今回のCoinhiveのように、新しい技術が出てきた際に警察が警告もなく、十分に調査することもなく、いきなり取り調べを行い、刑事罰を適用するといったことはいきすぎである、と警察を強く批判したのです。この点については平野弁護士も会見で「重々記録しておくべきこと」だと言及したほどです。
「お前やってることは法律に引っかかってんだよ!」
前段でも触れた通り、本件においては警察の捜査姿勢が世間でも波紋を呼んでいました。1月30日に掲載した記事「なぜコインハイブ『だけ』が標的に 警察の強引な捜査、受験前に検挙された少年が語る法の未整備への不満」では、受験を控えた10代の少年が「(少年が)本当に悪いとされているものを使ったかのような口ぶり」で取り調べを受けたことや、「できるだけ外に(Coinhive事件のことを)言うな」と口止めされていたことが明らかとなりました。
また2月16日掲載の記事「『お前やってることは法律に引っかかってんだよ!』 コインハイブ事件、神奈川県警がすごむ取り調べ音声を入手」では、神奈川県警の捜査員が、「お前やってることは法律に引っ掛かってんだよ。な、わかんだろ、ここまでは。引っ掛かってんだよ、法律に」などと威圧的な態度でモロさんへの取り調べを行っていたことが音声データから明らかとなり、「推定無罪の原則」に反するとの意見もありました。
判決を受けてモロさんは
一審の無罪判決後に会見でモロさんは、「ひとまず一安心という気持ちです」と率直な心境を語ったうえで、警察に家宅捜索をされて、取り調べを受け、裁判にまで至るという流れが大きな問題だったと振り返って、今後は「自分にできることが何かないかなと探していきたい」と語っていました。
また、ねとらぼ編集部から「お前やってることは法律に引っかかってんだよ」などとすごんだ捜査員に対してどんな気持ちかと尋ねられると「引っかかってなかったですね、という気持ちです」と回答。「当時は取り調べというものに全く縁がなく、どういうものかも分かっていなかったですし、弁護士を呼んでも良いということも知りませんでした。警察の人が『引っかかっている』というのだから、『引っかかっているのか』という気持ちになってしまう部分もありましたし。私のような法律の素人というか取り調べの素人、そういう人に対しても今後はフェアな取り調べをしていただけたら良いなと思います」と語りました。
検察側の控訴
有罪率99.9%の壁を越えた今回の無罪判決は大きな話題を呼びましたが、横浜地検側は横浜地裁の判決を不服として控訴。平野弁護士はねとらぼ編集部の取材に対し、「公判への出頭や弁護費用など、モロさんは多大な負担を強いられています。事案の軽微さを考えれば、控訴して今後もモロさんを拘束し続けるのはあまりにも人権感覚を欠くと感じます」とコメントしつつ、地裁判決では“反意図性”の部分が認められなかった点が不本意だったことを明かし、「高裁においてはより主張を尽くし、完全な勝利を勝ち取りたいと考えています」としました。
またモロさんもTwitterで「残念ながら、控訴されてしまったようです」と苦しい心境をツイートした後、「もはや『罰金払った方が安上がりで賢い』って思わせたいんだろうな」「一瞬わけもなくへこみましたが瞬く間に持ち直しました。引き続きよろしくお願いいたします」と前向きな姿勢を示しています。
モロさんが指摘する通り、罰金刑を受け入れることは時間的にも金銭的にも負担を軽減できる方法の一つかもしれません。しかしモロさんは無罪判決を受けた後、「私の行いは違法でない一方、少なくともモラル・マナーを欠いた、炎上していても文句の言えない浅はかなものでした」と自身のブログでつづった一方、裁判を起こした理由については一貫して「他の人に自分と同じ思いをして欲しくないから」とその意図を示してきました。
控訴が認められるかどうかも含め、多くのネットユーザーが裁判の行方に注目しています。
(Kikka)
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