“安易ではないスピンオフ”はどう作られるのか 『1日外出録ハンチョウ』×『闇金ウシジマくん外伝 らーめん滑皮さん』担当に聞いた(1/2 ページ)
より面白いマンガが世に出てくることを切に……切に願うばかりである……!
昨今の漫画界で一大ムーブメントとなっているスピンオフ(派生作品)。出版不況において“ある程度の利益が見込める”という商業的な動機が注目される一方、丁寧に作ると大傑作になるという知見が広まっている印象もあります。
ねとらぼでは今回、『1日外出録ハンチョウ』(講談社)の担当村松さん、『闇金ウシジマくん外伝 らーめん滑皮さん』(小学館)の担当豆野さん、にゃるら(美少女ver.)による座談会をセッティング。安易ではないスピンオフの誕生経緯や魅力について聞きました。
1日外出録ハンチョウ
協力:福本伸行、原作:萩原天晴、漫画:上原求/新井和也による『賭博破戒録カイジ』のスピンオフ。借金を抱えた人間が働く地下労働施設に収容されている大槻班長が、「1日外出券」を使ってシャバの暮らし(ご飯)を楽しむ。
闇金ウシジマくん外伝 らーめん滑皮さん
原作:真鍋昌平、漫画:山崎童々による『闇金ウシジマくん』のスピンオフ。最凶ヤクザの滑皮がらーめんを食べたり食べなかったり。本編のダークな作風を継承。
2018年11月に公開された「マンガ界に緊急提言」の回が大きな話題になりました。海賊版の問題を有名作が取り扱ったのもすごいんですけど、そもそも漫画に対する造詣の深さと説得力がすごすぎる。
ハンチョウは、原作の萩原天晴さんと打ち合わせをしながら、その時々に起こったことを大体漫画にしています。あれは僕が販売部の研修で“紙の漫画を巡る現状”をあらためて感じて、萩原さんと「海賊版問題とかもあるし……」と話していたら、「でも俺達漫画好きだよな」「地下のみんなも漫画大好きなのでは」となって生まれました。
漫画という概念自体への真摯さがあった上でとても濃い話で、掛け値なしに良かったです。『銀と金』のネタもツボでした。カイジネタは数あれど『銀と金』をパロるのはなかなか見ないです。
【『銀と金』のネタ】主人公である裏社会のフィクサー・平井銀二は、その人生において勝利を重ね、莫大な力を獲得した。物語終盤、近い将来での敗北を直感しながらも、勝ち逃げはしないと宣言する。「壊滅的敗北を喫し去るか……あるいは……」「勝ち続ける……灰になるまで……!」
『銀と金』は萩原さんが小学校5年の頃に読んですごくハマったらしく、バイブルになっているようです。ただ、「刷り続ける……灰になるまで……」で終わって、その下に「次号休みます」となったのはちょっとかっこ悪かった(笑)。連載ペースを全然考えていなかった僕のミスです。
あの回は紙とWebで同時公開していました。そうしたらコミックDAYSの公式Twitterが乗っ取られてドナルド・トランプになってしまい、米大統領がハンチョウを勧めているようになったのが神がかっていました。
あれには驚きました。こっちが面白いことをやるのはいいんですけど、面白いことが向こうからやってくるのはやめてほしいな、と。
トネガワ・ハンチョウの制作秘話
せっかくですので、ハンチョウができた経緯を教えてもらえますか? トネガワが関わってくると思いますが。
ザックリ言うと、僕がヤンマガに異動になった際、少年誌の作家さんしかつながりがなく、青年誌ですぐに仕事になるかわからなかったので、企画を立てようと。スピンオフなら何ができるかなと思ったら、ヤンマガなら「彼岸島」か「カイジ」ではないかと。
(笑)。
それでカイジの世界観を考えていたら、会長、幹部、黒服という三段構造だと。トネガワって中間管理職なんだって思ったときに『中間管理録トネガワ』が浮かびました。
言われてみればそうですが、カイジを読んでその発想にいくことがまずすごい。
ダメ元で企画書を作って、カイジの担当経由で福本先生に見ていただいたら、「面白いね、いいよ」となって。「本当ですか? ネームをお見せします」「いやネーム見たら直したくなっちゃうから。好きにやっていいよ」「マジっすか?」という感じで始まりました。
さすが(笑)。トネガワ・ハンチョウともに原作への理解度と愛で成り立っている作品だと考えているのですが、萩原天晴さんは特に福本先生の関係者とかではないんですよね?
ではないです。福本作品の大ファンの1人です。萩原さんとは週マガ時代に新人賞で知り合って、その頃のギャグ漫画にも福本調が入っていたので、原作いけるんじゃないかと思い声をかけました。
適材適所ですね。ハンチョウはトネガワが当たったのもあって出てきたんですよね。
そうですね。打ち合わせで「大槻ってよく外出しているから、限られた時間を過ごすことの達人なんじゃ」という話になって、「1日外出しているから……『1日外出録ハンチョウ』」とタイトルが出て(笑)。「ちい散歩」や「孤独のグルメ」みたいな切り口でいけそうだと、試しに読切をやったら反響がありました。
ハンチョウ掘り下げようと思ったところがすごい発想ですよ。女性人気も高い一条とかいる中で。
一条が逆に難しい。やれるとは思うんですけど。
一条よりハンチョウが作りやすいと感じるのが、センスだなぁと思います。そういえば、最近のカイジ本編はノリがトネガワ・ハンチョウに近づいている気がします。カイジのお母さんというまたすごいキャラが。
そんな顔だったのか、と(笑)。
あの生い立ちで、お母さんとは仲いいんだっていう。
トネガワ・ハンチョウには「けものフレンズ」や「君の名は。」をはじめちょくちょく時事ネタが入ってきますが、あれはどういった流れで。
打ち合わせからですね。萩原さんとお互い休日何やってるかとか、そういう雑談から話を作っています。
すごいですね。うちでも「アフロ田中」みたいな、日常ネタを使っていく作品があるんですが、ハンチョウは本当にすごく丁寧で。普段からいい意味でのくだらない話を作家さんとしてないとこのタイプは作れない。それこそ時代性を取り入れるようになってからの爆発力はすさまじくて、巻を追うごとに面白くなっている。
今までってカイジがむしろパロディされる側だったじゃないですか。それをカイジ側であるトネガワ・ハンチョウがパロディしていくのは、今風というか、現代になじんでるなっていう感動があります。
ハンチョウは序盤から素晴らしかったのですが、手応えはどの辺で感じました?
ええと、1巻の1話をなんとか作って、「いつまで続くかなぁ」とか言いながら、2話もどうにか乗り切って、3話のオムレツライス。あれは萩原さんとたまたま寄った中華料理屋にそのメニューがあって、「オムライスじゃないのか?」と思って頼んだらオムレツライスだったという実体験がありまして(笑)。
なるほど。
僕たちのちょっとした体験が漫画になるな、と。5話の柿ピーアンリミテッド辺りから「意外と懐が深いぞ」と意識して、次が「君の名は。」ネタですね。
わりと手探りなんですね。読んでる側からすると、なんでこんな面白いネタがどんどん出てくるんだろうっていう。
毎回アクロバットをやっている感じで、ヘトヘトになります(笑)。トネガワが始まるときに、「半年くらいなら暴れてみせます」と当時の編集長に言っていたんですが、ハンチョウも含めてやってみると意外とネタが出てくるというか……。
大変だった回とかありますか?
名古屋は苦戦しました。トネガワ案件で萩原さんと名古屋出張したとき、ついでにハンチョウの取材もしようと収録までは楽しく終えたのですが、どうまとめていいか全然わからなくて……。ヤングマガジンのスズキが名古屋出身だったので、彼に電話して「名古屋の良さとは?」と聞いたら、いろいろ教えてくれて。漫画のホテル従業員のセリフがほぼその書き起こしなんですけど、やっぱりよくわからなかったので、「わからない」という結論になりました。
それが成り立つのがすごい。キャラクターをうまく使っていますね。豆野さんはどう見ていましたか? お気に入りの回とかありますか。
ギリギリまで絞ってちゃんと作り上げていく胆力に恐れ入ります。ジョジョみたいに時間が戻っていく回は大好きです。secret baseのヤツ。この状態になっていくと漫画って強いですよ。
ハンチョウで、というかカイジでエンドレスエイトやる発想がすごい。
あの回はよくエンドレスエイトといわれましたが、「ビューティフル・ドリーマー」や「恋はデジャ・ブ」を下敷きに打ち合わせしていました。あの3話は、まず何も考えずにギョーザ回を作ったんですよ。夏のギョーザパーティーは楽しそう、と。次どうしようと打ち合わせしてたら「これ繰り返せますか……?」「夏だし、いけるんじゃないか」となって(笑)。ループ回を載せたときは校了担当から「前回やったぞ?」と言われました。
(笑)。ハンチョウがつぶやいた「カルピスは薄めて飲むからこそ……たまに濃い目で飲むのが(略)」は心に響きました。自分は風邪引きそうだから鍋作って寝る回が好きです。宮本さんが梅干しを持ってきてくれる。
パーカーで来るやつですね。あの鍋や寝方も僕らの実体験です。
どうやってハンチョウのネタが作られていくのか分かりやすい。おっさんたちが飲み会したり、サンマをどう食べたら一番おいしいやら議論したり、モノポリーして遊ぶのがちゃんと漫画になっている。
休日にあったことをハンチョウに使い、仕事であったことをトネガワに使う感じです。トネガワで「異動することを本人は知らないが周りは知っている」エピソードがあるんですが、あれも実際にヤンマガで体験したことだったり。
萩原さんと村松さんの日記帳じゃないですか(笑)。何でもない話を面白くできる作家さんの才能や担当との関係性が素晴らしい。漫画は今ラジオっぽいというか、出演者が盛り上がって暴走しても、リスナーが一緒に笑ってくれるかが重要になっていて、ハンチョウはそれができている。
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