ある芸能人が「天皇皇后両陛下お疲れ様でした」とInstagramに投稿したところ批判が殺到したという報道を受けて、『三省堂国語辞典』編集委員の飯間浩明氏は「目上への『お疲れさまでした』が不可とされるなら、それは新しい謎ルールの誕生だとしか言えません」とTwitterに投稿。「お疲れさま」がどのように使われてきたかを解説しています。
投稿に対し寄せられた批判は「天皇皇后両陛下に対し『お疲れさま』という言葉を使うのは失礼だ」といったものでした。目上の方に使うべき言葉ではないと、筆者も最近どこかで聞いた覚えがあります。それ以来「お疲れさま」という言葉が非常に使いづらくなりました。
飯間氏は国語辞典編さんのために、現代語の用例を採集する作業を続けています。「お疲れさま」という言葉がどのようにして生まれ、どう使われてきたのかをTwitter上で分かりやすく説明しています(以下、Twitter投稿を引用。太字は編集部によるもの)。
小林多計士『ごきげんよう 挨拶ことばの起源と変遷』などによれば、「お疲れさま」はもともとは芸能人の間で階級抜きの挨拶として使われ、戦後に一般に伝播したようです。ただし、島崎藤村「破戒」には〈『おつかれ』(今晩は)〉という農村の挨拶があり、起源はけっこう古いらしい。
昔は、目上に対して「ご苦労さまでした」が普通に使われました。昭和天皇に対して三木首相(在位50年記念式典)や中曽根首相(在位60年記念式典)が「ご苦労さまで(ございま)した」と述べた例も報告されています。ところが、20世紀末に「目上に『ご苦労さま』は失礼」という謎ルールが生まれます。
倉持益子さんの研究では、1990年代に「上司には『ご苦労さま』より『お疲れさま』がふさわしい」と言われるようになった模様。平成17(2005)年度の国語世論調査では、上司をねぎらう場合に7割近くが「お疲れさま」を選んでいます。「お疲れさまでした」は目上への挨拶の新スタンダードだったのです。
「ご苦労さまでした」にしろ「お疲れさまでした」にしろ、「俺は苦労も疲れもしとらん」「目下から言われたくない」と思う人は当然います。そういう人への配慮はあっていい。でも、一般的には、目上に「お疲れさまでした」と言ったとしても問題ない。集中的に批判されるようなことではありません。
飯間氏は、各種国語辞典がどう解説しているかにも言及しました。三省堂国語辞典・明鏡国語辞典・現代国語例解辞典では「目上に使う」としており、新明解国語辞典第5版のみが「目上の人には用いない」と解説しています。
辞書名 | 版数(発行年) | 階級に関する記述 |
---|---|---|
三省堂国語辞典 | 第5版(2001) | 階級に関する記述なし |
三省堂国語辞典 | 第6版(2008) | 上役に向かっても言う |
三省堂国語辞典 | 第7版(2014) | 目上に向かっても言う |
新明解国語辞典 | 第5版(1997) | 一般に目上の人には用いない |
新明解国語辞典 | 第6・7版(2005・2012) | 同輩以下に対するねぎらいの言葉として用いられる |
明鏡国語辞典 | 初版(2002) | 目上の人に対しては(御苦労様より)「お疲れ様」を使う方が自然 |
明鏡国語辞典 | 第2版(2010) | 目上の人に対しては(御苦労様より)「お疲れ様」を使う方が自然 |
現代国語例解辞典 | 第5版(2016) | 普通、目上の者にいう場合に用いられる |
『新明解国語辞典』だけが「目上の人には用いない」と解説しています。これはどう解釈すれば良いのでしょうか。
「お疲れさま」が多くの国語辞典に載るようになったのは、以外に最近で、とりわけ、会社用語として一般化してからです。『新明解』第5版の説明は、それ以前の、まだ「お疲れさま」が敬語として出世する前の語感に基づいているのかもしれません。あるいは、「お疲れさまで(ございま)す」ではなく「お疲れさま」は目上には使わないという意味かもしれません(ならば当然です)。なお、第6・7版では禁止的な表現を避けています。
現在、「お疲れさま」を目上に用いてOKという辞書は多く、この用法を不可とするのはやはり酷でしょう。
「失礼だ」と感じる人に対し個別的に配慮することはあってもいいですが、SNSの投稿を批判するほどのことではないようです。
(高橋ホイコ)
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