現在、韓国映画「パラサイト 半地下の家族」(2019年)が日本で絶賛公開中である。アカデミー賞にノミネートされまくりで、これからもっと話題になるだろう。しかしその一方、何の因果か、実は韓国で2019年に「パラサイト」以上の特大ヒットをブチかました作品も公開中だ。その映画こそが「エクストリーム・ジョブ」(2019年)。「パラサイト」は人間不信や格差社会と言ったテーマを黒い笑いで包んだ作品だが、本作がテーマにしているのは鶏肉料理のKing Of Kings――フライドチキンである。
フライドチキン。それは人類が愛してやまない、世界で1番おいしい料理である。商品の入れ替わりが激しいコンビニ業界で、どの店でもフライドチキンを扱っている事実からも、この料理の最強さが分かる。ファミチキは人類の友であり国境や戦争を失くすポテンシャルを秘めた食べ物だというのはきっとみんな知ってるはず。ゆえにフライドチキンを扱った本作が面白いのも、韓国で2019年最大のヒット作となり、何なら歴代興行収入2位を記録したのも必然だと言えるだろう。
しかし残念ながら、この優れたアクション・コメディ映画は本国ほど目立っていないのが実情だ。今回は本作が1人でも多くの人に届くよう、念を込めながらレビューを書いていきたい。
人生ギリギリ刑事、真面目に道を踏み外す
刑事のコ班長(リュ・スンリョン)は真面目な男だが、妻からの当たりはキツく、娘からはATM的な扱いを受け、さらに仕事の成績もボロボロ。今日も今日とてチームと一緒に大失態。車を何十台もクラッシュさせてしまった。このままでは警察に居場所がなくなると悲嘆に暮れる。
そんな矢先、友人から大物ヤクザの摘発情報を受け取る。「このヤマを解決すれば俺だって……!」かくして一大決心を固めたコ班長は、おなじみのチームを率いてヤクザの監視に当たる。
口より先に手が出る武闘派女刑事のチャン(イ・ハニ)、何をさせても即トラブルを起こすマ刑事(チン・ソンギュ)、顔面はハードボイルドだけど一番の常識人ヨンホ(イ・ドンファイ)、そしてチーム最年少で正義に燃える末っ子的な存在ジェフン(コンミョン)。
家族ばりの絆で結ばれたチームは気合を入れて任務に挑むが、監視拠点に選んだフライドチキン屋が閉店すると言い出した。他に良い場所は無い。引き下がれないコ班長は、妻に内緒で退職金を前借り、自分でフライドチキン屋を買い取る暴挙に出る。
再びチームは監視を始めるが、今度は普通にチキンを求めて客がやってきた。最初は無理やり追い返していたが、あまりに連続すると怪しまれてしまう。するとチーム一番の大バカ野郎・マ刑事が「僕、実家が焼き肉屋なんで。その応用で、こういうレシピはどうですか?」と意外なスキルを発揮し、完璧なフライドチキンを作り上げた。
これで怪しまれずに経営も続行できると思ったら、今度はマ刑事のチキンがおいしすぎて客が殺到する。マ刑事の神がかり的なフライドチキン作りの技術はドンドン評判となり、国境を超えるほど話題になっていく。また武闘派チャン刑事はフロア・マネージャーとして才能を発揮。客をさばき、会計周りをビシビシ仕切っていく。末っ子のジュフンは戸惑いながらも、天性の真面目さから、真剣にフライドチキンと向き合う。
このように登場人物がみんな基本的に真面目なのである。あまりに真面目なので、チキン屋が売れていくほど「いやぁ、苦労が報われて本当に良かった」と思ってしまう。もちろん一番の常識人であるヨンホは「俺ら刑事やぞ! 繁盛してどうするんだ!」と、ごもっともな理由でブチギレるが、それはそれとして、みんな与えられた仕事には真面目に取り組むので、店は繁盛し続けていくのだった。果たしてフライドチキン屋はどうなるのか? そもそもヤクザの監視はどうなるのか? ……というお話。
30秒に1回ニコニコできる
……メインプロットからしてギャグ全開だが、本編はさらにギャグ全開。体感的には、30秒に1回は何らかの笑いを取りに来る。転ぶ/落ちる/何かにぶつかると言ったスタント系のギャグ、顔芸、キャラの掛け合い等々、矢継ぎ早にギャグが飛んでくる。
特にキャラクターは魅力たっぷりだ。主役のコ班長は絶妙に幸が薄そうなビジュアルをしており、中年男性の哀愁が服を着て歩いているようだ。退職金を妻に内緒で使い切ってしまったのに、それを知らない妻から「刑事なんて危ない仕事はもうやめて。退職金で人生をやり直しましょう」と優しい言葉をかけられ、いたたまれなくなって思わず号泣するシーンは涙なしでは見られない。主役にふさわしい存在感がある。
コ班長の周りを固めるメンバーも全員イイ。刑事としての本分を忘れないでいるせいで「オレたちは刑事じゃなかったんですか??」と半泣きでアイデンティティの危機に陥るヨンホや、頼りないが真面目なのは伝わってくる末っ子のジュフンも良いが、フライドチキンの達人と化すマ刑事は「出てくるだけで面白い」の領域に入っている。独特の顔面をフルに使った顔芸で、一歩間違えばウザったくなりそうなところを絶妙なバランスで憎めない人物に着地させている。拉致やリンチなどの酷い目に遭いまくるのだが、それでも悲壮感が出すぎないのもすごい。
また武闘派女刑事のチャン刑事は、こうした映画でありがちな「紅一点」担当でも「肝っ玉母さん」担当でもない、いち武闘派刑事として描かれており、単純にカッコいい。基本的にノーメイクで格闘スタイルもガチ。特に悪の女幹部と繰り広げるタイマンは短いながらも素晴らしい出来だ。文字通りマウントをとってパンチを振り下ろしてボコボコにするのが非常に痛快。
ちなみに近年の韓国映画は女性の格闘シーンが充実してきている点も書いておきたい。昨年公開された「毒戦 BELIEVER」(2018年)では女刑事と女ヒットマンがド迫力の格闘を見せたし、「The Witch/魔女」(2018年)ではサイキック女子高生が人体を爆裂させる血みどろアクションを繰り広げた。かつて「ふたりはプリキュア」の企画書に「女の子だって暴れたい!」と書かれていたというが、その魂は万国共通だと思い知らされる。
世界が愛するフライドチキン。そして……どこか抜けているけど面倒見のいいオッサン、基本バカだけど妙な才能を発揮する怪人、異様な状況に放り込まれた常識人、何が起きても真っすぐ頑張る若者に、異様に武闘派の女刑事……こうした存在感のあるキャラクターたちのアンサンブルに、さらにはプリキュア魂までミックスされているのだ。何かが決定的にズレているキャラクターたちの掛け合いと真面目に頑張る人間たちの活躍が見たい人には間違いない。
しかもこれだけ充実した内容で、上映時間が111分というのもうれしい。まさしくフライドチキン感覚である。サクっと見て、サクッと帰る、けれど満足感は確かにある。本作はまさに “見るフライドチキン”。 映画に必要な全てが盛り込まれている。
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