2018年に公開され、世界中の映画ファンを恐怖のどん底へと叩き落とした「ヘレディタリー/継承」で長編デビューを飾ったアリ・アスター監督。多くの人々にトラウマを植え付けました。思い出すだけで不快な気持ちがよみがえる傑作を生み出した監督の第2作目ということで、「ミッドサマー」は映画ファンの間でも大いに注目されていました。
監督の「カップルで観に行くと別れる」という発言にでもネット界隈をざわつかせた今作。果たして、どのような恐怖が描かれているのでしょうか……。
「今のうちに夫と別れたほうがいい」と思った映画
筆者は一人でこの映画を観ましたが、「今のうちに夫と別れたほうがいい」と思ってしまいました。ネタバレになってしまうので詳細は書けませんが、監督の発言はあながち嘘ではありません。
あの「ヘレディタリー/継承」の監督の作品ということで、ものすごく怯えながら観に行ったのですが、グロテスクなシーンはそんなにありませんでした(まあ、筆者はホラー映画が大好きなので、グロ耐性がない人にとってはこれでもきついかもしれません)。死体が映るシーンもありますが、どこか人形っぽさがあります。
本作の怖さは、グロテスクな描写ではなく、孤独感から生まれていると言っていいでしょう。
精神を病んでいた妹が両親と無理心中し、天涯孤独になった主人公ダニー。頼れるのは恋人のクリスチャンだけなのですが、彼は1年以上も前から、内心ではダニーと別れたがっていたのです。失意の底にいるダニーに対し、クリスチャンは別れも切り出せないまま、不誠実な態度を取り続けます。
ダニーも、恋人に軽んじられているのはわかっているけれど、それでも彼に依存するしかない。しかし彼は、自分の友人にも「別れたい」とボヤいています。そんな彼と、彼の友人たちと一緒にスウェーデン旅行に行くことになってしまうのです。居心地が悪すぎる。最悪だ……。
このように、映画の前半ではただただ嫌な気持ちが不協和音のように積み重ねられていくのです。
スウェーデン旅行では、クリスチャンの友人であるペレの地元・ホルガ村で90年に一度行われるという夏至祭に行くことになります。しかしそこで行われる儀式は常軌を逸したものだった――というところから、本作は不穏に展開していきます。
圧倒的映像美で描かれる“不快”と“爽快”
本作の魅力を挙げるなら、まず何といっても圧倒的な映像美と、青空の中に響き渡る美しい音楽です。異常な光景を美しく描いているからこそ、恐怖感や、自分もこの村の儀式に参加しているかのような没入感を味わうことができるのです。
前半で感じる不快感が、物語が進むにつれてだんだんと薄れ、爽快感や一体感が増していくのも不気味で面白いポイントです。最初の頃には、村で行われる異常な儀式に対し、「おかしい!」という声をあげる「まとも」な人物がいます。観客である筆者は、残虐だけど美しい儀式に惹かれてしまう気持ちが芽生えかけていましたが、登場人物が上げる反対の声に、やっぱりおかしいよねと思い直していました。ただ、このちぐはぐな感情は不快そのものです。
ところが、後半になるにつれて、そういう人達が消えていきます。どんどん一体感が高まって、気持ちよくなってくるわけです。正直なところ、集団のことを考えない「利己的」な人間が消えていくのを見るのは、懲罰的感情が満たされてすっきりするんですよね。倫理観が麻痺してくるわけです。
クスリをやったことはないのでわかりませんが、これがハイになるということなんだと思います。作中でも、実際にドラッグでトリップするシーンが何度も出てきます。そのハイになった瞬間に映画が終わるので、ホラー映画なのにうっかり感動してしまうし、なぜか励まされた気持ちになるのでしょう。
祭りに出かけた学生5人のうち、女子は主人公ただ1人。男性の中に女性1人という状況って、女性であれば経験したことがあると思うんです。そんな状況で、男の中に特別にいさせてやっているんだという傲慢さを感じ、居心地悪く思いながら過ごすことってありますよね。その居心地の悪さから一気に解き放たれ、新しい居場所を見つけた! という解放感が味わえる結末も最高です。
この映画を一言で言えば、「夫と離婚したときに見たい映画ナンバー1」。もし夫に素っ気ない態度を取られたときにはこの映画のことを思い出して心温まることができるし、この映画があると思えば夫との離婚への安心感も生まれます。
とはいえ、筆者のような粗忽(そこつ)者はこの村では真っ先に処分される自信があるので、絶対に近づきたくないな……と思いました。
村の儀式に参加することにより孤独感が解消され、脈々と受け継がれる伝統の一部になった気になれるという連帯の魅力が描かれてはいますが、一方で狭いコミュニティの秩序や規則が守れない人間への厳しい対応も描写されています。一体感ですら、実は見せかけに過ぎません。それがカルト宗教の怖さですが、そのあたりをとても皮肉的に描いています。
人がカルト宗教にハマっていく過程を、まるで芸術的なドキュメンタリーのように美しく描いていますが、悲惨な末路は暗示されているようにも見えます。現実もクソだけど、カルトもクソなんですよね。わかりやすい救いなんてありません。
この映画で感じる爽快感は優しさからくるものではなく、意地悪さからくるものなので、そんな感情を覚える自分に自己嫌悪したりもします。
わかりやすい単純な映画ではないからこそ、惹きつけられる本作。詳細な裏設定も魅力のひとつで、公式サイトの解説を読むのもよし、自分で考察するのもよし、観賞後にもじっくり楽しめます。
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