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「バカにされているところから、新しいものは生まれる」 講談社ラノベ文庫編集長・猪熊泰則<前編>東大ラノベ作家の悲劇――鏡征爾(1/3 ページ)

「鏡さん――『とらドラ!』みたいな小説を書きませんか?」

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鏡征爾 猪熊泰則 小説 東大ラノベ作家の悲劇

1 輝かしい青春をフルスイングで投げ捨て、壊れるギリギリ手前で新刊を完成させました


 これはラノベ作家ではない作家が、
 東大ラノベ作家の悲劇という連載を開始した結果、
 本当にラノベを書いてしまった、世にも奇妙な物語である。

 「バカにされているところから、新しい才能は生まれる」

 自分の背中を押してくれたのは、一人の猛者の言葉だった。

 ある暑い、夏の日だった。

 その男は、講談社の入り口で、拿捕されていた。

 「これは…! 決して怪しいものでは…! 大切な! 命より大切なぁぁぁぁ……」

 そう言ってズリズリと引きずられながら段ボール一箱ぶんの『とらドラ!』のファン・グッズを手に、警備員に取り押さえられている、男がいた。
 ハリネズミのように、髪は逆立っている。
 それでいて、目だけは、奇妙な冷静さと、神秘的な光を帯びている。
 端的に言うと、死んだ魚のような目をしている。
 だがその瞳の奥に――ギラギラと燃えたぎるマグマのような、熱を感じさせ……。
 いや、もういいや。

 平たく言うと、ヤバい目をしている。

 ヤバい人がかもしだすヤバい目をしている。

 ヤバい才能がかもしだすヤバい雰囲気を発している。

 

 呆然と立ち尽くしている僕の様子に気づくと、

 「ああ。鏡さん!」

 パッと顔を上げ、無邪気な瞳で僕を見た。僕は、目を逸らした。

 (こええ……誰?)

 甘かった。

 まさかその時、大切な「打ち合わせ相手」が、
 よりにもよって、伝説の一人とうたわれた編集長が――、
 目の前で入館拒否を食らっている人物だとは思わなかった。

 講談社ラノベ文庫編集長。

 元・月刊少年マガジン編集長。

 猪熊泰則。

 小説とマンガの両方の世界で、頂きに登りつめた男である。

 当然、穏やかな紳士が来ると思っていた。

 実際、電話での口調は、穏やかだった。
 限りなく穏やかなウィスパー・ボイスだった。
 のちに囁き淫語シリーズが好きだとは思えないほど、
 穏やかな紳士を――電話越しに空想させた。

 だが、ここは鬼才の宝庫・講談社編集部。

 鬼才といえば聞こえはいいが、
 全裸でマンガに登場する編集がいたり、
 ガンダム(48話)を24時間で見ろという編集がいたり、
 自分の誕生パーティを新宿ロフトプラスワンで開催してシャンパンを手に熱唱するような編集者がいたりする、へんた……才能の宝庫。文学的魑魅魍魎の巣窟である。

 それらを統べる編集長が、穏やかな紳士?

 そんなわけなかったんや……。

 「鏡さん……あなたは『とらドラ!』の魅力に気づけましたか?」

 編集長は、打ち合わせの場で、開口一番、そう言った。
 僕は念入りにコーヒーをスプーンでかき混ぜた。

 (このひとは、一体、何を……)

 講談社3階のカフェテラスだった。
 猪熊編集長は、続けた。

 「僕がラノベの世界にいってもいいなとおもったのは『とらドラ!』を見たことがきっかけだったんです。マンガの仕事をしていてもね、つらくなる時があるんですよ……」

 月刊少年マガジン。いわずとしれた日本有数のマンガ雑誌である。
 そんなエンターテイメントの最前線にいたからこそ、見えるものがあるのだという。

 「僕は『とらドラ!』のアニメをみて、心の糧にしていたんですよ……」

 (大丈夫か……?)

 編集長は、「とらドラ……」と、ずっと呟いている。
 僕は、コーヒーが冷めていくのを確かめている。

 沈黙が、流れた。

 気を取り直して、時計を見る。

 時刻は午後四時。

 今日は週の真ん中・水曜日!

 ……明るいうちに、まだ帰れる。
 時間を、有効活用できる。

 早く帰ろう。

 さっさと、退散しよう。

 だが、その時だった。

 編集長は、「とらドラ……」と呟いたあと、急に碇ゲンドウのように手を組み、ギラリと輝く瞳でこう言った。

 「鏡さん――真の萌えとは四次元平面なんですよ」

 また逸材を見つけてしまった……。

  /

 事の発端は単純だ。

 「もう一度がんばろうよ」

 そんな風に、講談社ラノベ文庫さん(編集長とラノベ王子)に、
 言っていただいたのである。

鏡征爾 猪熊泰則 小説 東大ラノベ作家の悲劇
ラノベ王子・庄司智


 とはいえラノベ王子は激務であり
(講談社ラノベ文庫編集部の全裸の家政婦・シゲタ氏が急遽、マンガ部署に飛ばさ……異動になったのである)
 二人体制で、見ていただくことになった。

 累計2000万部以上ラノベを売って、自分の誕生日会をひらいてシャンパンを片手に新宿ロフトプラスワンでジャンヌダルクを熱唱するラノベ王子(※酔い潰すために私もT橋氏と同様にシャンパンをもってきました)と、

 その変態を受け入れた編集長。

 あまりにキャラの強い組み合わせである。

 だが、これ以上ない最強のカードでもある。

 編集長・タイガー猪熊は、月刊少年マガジンの黄金期を築いた一人である。

 月刊少年マガジンで編集長を務め、
 その後、新規に創刊されたレーベル・講談社ラノベ文庫で、
 立ち上げ時から参加し、のちに編集長となったおそらく唯一無二の人間。

 最強のタッグである。
 変態的なアクロバットが期待できそうである。

 ラノベ王子:「鏡さん――重要なのはオーラなんですよ」
 タイガー猪熊:「とらドラ……大切なことはすべてとらドラがおしえてくれる……」

 (おれは何を書けばいいんだ……)

 と。僕はあたまを抱えた。

 だが、そこは悲劇の東大ラノベ作家。
 10年間で1000枚以上のボツ原稿を出した男である。

 極限状況下に追い詰められた人間が笑うしかないように、
 だんだん楽しくなってきて、心は屋上からアイ・キャン・フライ・ハイだった。

 このお二人と顔を突き合わせて話をさせて頂くというのは、
 この世のじご、
 いや、なんとも光栄な機会ではないか。

 などと、少しだけ照れ隠しでふざけてしまったけれど、
 心から、そう思う。

 ――必死でがんばることを、バカにする人がいる。

 けれど、それでもがんばることが悪いことではないと、僕は思う。

 約束する。

 そうやって必死でやり続けていれば、必ず、助けてくれる人がいるものなんだ。

 (※現在、メインで担当して動かれているのは猪熊編集長だが、

 執筆当初は、ラノベ王子にも相当お世話になった。いつまでも仕上がらない原稿を待ってくださったのも、お二人の懐の広さゆえである)


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