自宅で一人きり、誰にも看取られることなく息絶えてしまう「孤独死(こどくし)」は、日本社会が長年抱えている課題のひとつです。この言葉からは、ゴミまみれの部屋や社会から孤立した生活……そんなイメージが先行し、なんとなく「孤独死はいやだな」と思うものの、具体的にどんな行動に移せばいいのか分からない……。そう思い悩んだ経験がある人も多いのではないでしょうか。
そんな中、「終活」をテーマにした漫画が話題になっています。カレー沢薫さんの『ひとりでしにたい』の主人公の鳴海(なるみ)は、飼い猫を溺愛する35歳のアイドルオタクの独身女性。以前は“憧れのキャリアウーマン”だったはずの伯母が浴槽で孤独死状態で発見されたことをきっかけに、自身の老後や終活を意識し始めるところから物語が始まります。
終活だけでなく、婚活、経済格差、親の老後など、さまざまなテーマが盛り込まれたこの作品は、第24回文化庁メディア芸術祭では「尊厳をもって生きぬくための知識が学べる(中略)現代の大人必携の書(川原和子氏の選評より)」としてマンガ部門優秀賞を受賞したほか、SNSでも多くの感想や共感の声があがっています。
連載「オタクの老後」
この連載はねとらぼとYahoo!ニュースの共同連携企画です。90歳の「ゲーマーおばあちゃん」が注目されるなど、昨今、高齢者でもオタク趣味を持っている人は珍しくなくなってきました。いわゆる「オタク第一世代」(1960年代)も60歳を超え、「オタク」と「老後」は今後より身近なテーマになっていくと考えられます。オタク趣味とどのようにして長く付き合っていくべきか、老後の人生を満喫するためのヒントを全4回の連載で伝えます。
オタクは生きる希望やパワーを持っている
鳴海と同じく、自分自身もオタクであるというカレー沢薫さん。
「主人公の鳴海をオタクにしたのは、生きる希望やパワーを持っているキャラクターにしたかったからです。連載序盤の鳴海は、孤独死に対して危機感も知識もないけれど、アイドルや猫は大好きで人生自体はたのしんでいます。それゆえに、“今”をたのしむことばかりで、将来のことはあまり考えていないタイプです」
筆者も鳴海の5つ上、40歳のオタクです。周囲でも「今は楽しいけど、将来には漠然とした不安がある」という同世代の声が聞こえてきます。結婚をしていても、家族がいても「最終的には一人になる可能性もある」という現実をシビアに考えている人も少なくありません。誰もが抱えているにもかかわらず、「何から始めていいかもわからない……」というボンヤリとした不安をテーマにした作品は、読者からの反響も大きかったと言います。
「こういう話が読みたかった、考えるのを避けていたけれど家族で話すきっかけになった、という感想をくださった方もいて、若い人でも、終活や、自分や親の老後に関心を持っている人がたくさんいることを肌で感じました」
暗いだけでない「孤独死」の伝えかた
老後についての関心は高まっているものの、知識を得るためにインターネットで検索すると、「孤独死した40代女性の末路!」のようなショッキングなタイトルの記事が出てくることも少なくありません。
「現実を知ることは大事ですが、最初にそういったショッキングなものを見ると、そこで “もうどうでもいいや、死のう”と、心が折れて思考停止してしまう人もいると思うんです。自分の老後や孤独死について自ら考えようとしている人に、その気力をなくさせてしまうのは良くないですよね。漫画を読むことで、たのしみながら、このテーマを考えることができたらと思っています。明るく話せる内容でもないけれど、前向きさやユーモアは大事なことなのではないでしょうか」
テーマ自体は真剣に考えるべきものですが、決して暗く不安を煽る内容ではなく、コミカルな雰囲気でクスッと笑えるシーンもあり、読後感はネガティブ一辺倒というわけではないのが、本作の特徴です。
「題材は暗いし、明るい展望もあまりない世の中で、暗くしようと思えばいくらでも暗くできる。でも、あまりに暗いとよけいに目をそらしたくなってしまうと思います」
“死に方”を考えるには“生きる気力”が必要
本作の“伯母さん”は、孤独死したことで残された親族からも憐れまれていました。しかし、鳴海が彼女の足跡をたどるうちに、亡くなる前に2.5次元舞台のチケットを取っていたことが判明し、それが同じオタクである鳴海に勇気を与えることになります。
「やっぱり、生きがいって大切だと思うんです。例えば、お金を貯めたり周囲の施設や機関とつながったりといった現実的な話も大事ですが、“死に方”を考えること、行動を起こすことは“生きる気力”がないと考えられないんです。“生きる気力”がないと、いつどう死んだっていいと自暴自棄になるわけですから。人生のたのしみというか、気力を与える存在は絶対に必要ですよね」
現在でも「ペットと暮らせる施設」や「ガーデニング好きな人のための施設」など、趣味に特化した高齢者施設もあり、老後の生活の多様化が進んでいます。その一方で、環境が進化しても残る課題があります。そう、「コミュニケーション」です。
「私は対面でのコミュニケーションが本当に苦手なんです。これまでも学校や会社のグループには入れなかったので、今後デイサービスや老人ホームでも孤立して、余計に孤独になってしまうと思うんです。オタク専門の施設があったとして、同じオタク同士でも“皆で集まってゲームをしたら仲良くなれる!”というわけではないですよね。
とはいえ、Twitterは毎日やっていますし、インターネットを通して人と話したり、コミュニケーションをとるのは好きなんです。皆で集まってわいわいするデイサービスだけじゃなくて、そういうことが苦手な人のためにネットでコミュニケーションをとるサークルのような、それぞれのコミュニケーション能力に適した老後のコミュニティができたらいいですね」
“Webサービスと老後”の可能性
コミュニケーションの向き不向きは誰にでもあるもの。この記事を読んでいる方の中でも、カレー沢さんのように「対面よりもネットで話すほうが気が楽」という人は少なくないのではないでしょうか。今後は、SNSやソーシャルゲームのログイン履歴などを利用し、孤独死する前に体調不良や緊急事態を発見できるなど、オタク趣味やインターネットを上手く合わせたシニアオタク向けのWebサービスのニーズも高まってきそうです。
「私も毎日Twitterにログインしてるから、Twitterからいなくなったら不審がられるかもしれない(笑)。多忙な方が、自分で親に毎日連絡できないから、生存確認のために親にブログを書くことを勧めたというケースも聞いたことがあります。そんなふうにネットを上手く活用していくことも、今後熱いテーマになるのかもしれないですね」
趣味をたのしみ続けるには「まずクリック」
一方で、加齢や、仕事や生活に追われる中で「オタク趣味をたのしめなくなったオタク」の話をSNSで見かけることも増えました。「推し活」は生きる力になることは間違いないですが、自分自身がオタクとして枯れてしまったら……という不安もあります。
「年々新しいものに手を出すのが億劫に感じるというのは、すごくあります。その不安を解消していくのは、今後の課題ではありますよね。でも、根はオタク。単純に最初の一歩が重くなっているだけなので、新しいアニメを観たら“推したくなる”というか、何か感じるところはあると思うんです。億劫だとは思うんですけど、新しいものに挑戦する心を失わないようにすれば、きっと自分の意思とは関係なく沼に落ちるような出会いがあるのではないでしょうか。
新しいものにアンテナを巡らせてみる、話題のものをめんどくさがらずに一度は観てみるなど、目の前のコンテンツをまずクリックするか否かが重要だと思います」
筆者は、コンサート前に病気が見つかったとある氷川きよしさんファンの80代女性が、病気の手術やリハビリを懸命に乗り越え、無事に会場に“参戦”したという話を聞いたことがあります。気がつけば、人生の大半を「オタク」として生きてきました。自分の背中を押してくれる存在は、年齢に関係なく、いつの日も私たちに力をくれます。推しやオタク仲間は、自分の想像以上に老後の“生きる力”になりえるかもしれません。
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