「チェコでは、親からの制限を受けずにインターネットを利用する60%の児童のうち、約41%が他人から性的な画像を送られた経験を持つ」――。
そんな衝撃的なテロップから始まる映画「SNS 少女たちの10日間」は、3人の小柄な女優がそれぞれ12歳の少女を演じ、児童性的虐待の温床となっているSNSの実態を探るという非常に攻めたドキュメンタリーだ。彼女たちに届いた“友達申請”は検証を行った10日間で2458件。チェコ産のドキュメンタリーという、なかなかなじみのない作品でありながら、そのセンシティブな内容が世界中で話題を呼び、日本でも注目が高まっている。
本作は、児童性的虐待の実態を直接的にあぶり出して見せた衝撃作であり、その加害者たちを滑稽(こっけい)なエンターテインメントとして昇華させた問題作でもある。一足先に鑑賞できたので、胸糞悪くも目が離せない、その魅力を紹介したい。
12歳の少女を演じる3人の女優、3つの子ども部屋
ドキュメンタリー監督のバーラ・パルホヴァーとヴィート・クルサークは、現代のインターネット上における児童性的虐待の実態を、非常にスキャンダラスな手法で露呈させた。その方法とは、見た目の若い無名の女優を集め、12歳の少女として実際にSNS上で活動させるというもの。ピラニアの水槽に垂らされるエサという危険な役回りにもかかわらず、数十人の勇気ある女性が名乗りを挙げた。
本作は、彼女たちのオーディション風景から始まる。「面接当日は子ども服でお越しください」という風変りな条件のもとに集まった女性は23人。快活にあいさつを交わす彼女たちだったが、驚くべきことに参加した23人のうち19人の女性が、幼い頃にネット上での性的虐待を経験していた。
こうなるともう、SNSを利用する児童のうち41%が性的被害に遭ったことがある、という冒頭のデータすら疑わしく思えてくる。実際はもっと多いんじゃないか。もちろん「過去に被害に遭ったからこそ、身を挺して実験に参加しよう」と思った女性が集まった可能性もあるだろうが。
ともあれオーディションは進み、3人の女優が選ばれた。また、それと並行して、Webカメラに写すための、3つの「子ども部屋」の準備が進む。
彼女たちはセットの説得力を高めるために、自宅から幼い頃の思い出の品を用意した。当時好きだった男の子、兄との思い出、父からのプレゼント……自身の無垢な幼少期を、これから性的搾取の対象となるために再現するという、複雑でやりきれない面持ちがうかがえる。それは観客である我々も同じ。あどけない子ども服や白い動物のヌイグルミが、これから汚されるのを待っているかのように見えてしまうのだ。現代社会に渦巻く悪意の渦が、カメラを通じて可視化されているようだった。
彼女たちは、このスタジオで10日間、12時から24時までPCの前で待機する。彼女たちの安全と、ドキュメンタリーとしての公平性を守るため、8つの行動規律が制定された。
- 自分からは連絡せず対応するだけにする
- 会話の序盤で必ず12歳だと強調する
- こちらから誘惑や挑発はしない
- 露骨な性的指示はやんわりと避ける
- 何度も頼まれた時のみ裸の写真を送る
- こちらから会う約束を持ちかけない
- 撮影中は精神科医や弁護士などに相談する
- FacebookやSkypeを利用する
撮影スタジオにはスタッフが常駐し、男たちとのやりとりを逐一監視、7つ目の規則にのっとり、精神科医が彼女たちのケアに務める。また、児童保護の専門家や性科学者が、現場でのバックアップを担う。これでようやく、前代未聞の児童虐待ドキュメンタリーの準備が整った。
12歳の少女に届いた、2458件ものメッセージ
12歳の少女としてSNSにアカウントを登録し、顔写真を追加した途端、5分も経たずに16件もの連絡が入る。中には先走って一方的に電話をかけてくる者も。10日間で少女に届いたメッセージの総数は2458件にも上った。その大半は成人男性であり、年齢は20代から60代まで幅広く分布していた。彼らは躊躇(ちゅうちょ)なく少女に卑猥な言葉を浴びせ、写真を送りつけた。
テキストでのチャットから始まる交流は、Skypeでのビデオ通話に移る。早々に陰部を露出させる者もいれば、優しい口調で服を脱ぐよう指示を出す者、かたくなに顔を隠す者、そしてリスクを省みないのか、顔から陰部まで全てをさらす者。彼らに共通することは、12歳の少女を欲望のはけ口としか見ていない自己中心性だ。少女を演じる女優たちも、通話が切れた瞬間に思わず軽蔑の言葉を発する。
制作チームは、一般の少女が実際にこの立場に置かれた際に受ける悪影響を懸念する。間違った価値観を植え付けられてしまったら。普通の恋愛ができなくなってしまったら。男性を信じられなくなってしまったら。思春期の多感な少年少女の道を狂わせるには、大人は余りある力を持っている。現場でその光景を目の当たりにする弁護士は、「明らかな性犯罪である」と断言した。
次から次へと画面に現れる“オオカミ”たち。そんな中、とある男が画面に映ったとき、製作チームの女性が思わず声を上げた。「この男、知り合いだわ」。製作チームはこの男をマーク。チャットやビデオ通話ではなく、直接会って撮影する作戦に臨むが――。
極めて重大な問題性と、映画としての娯楽性
ざっと本作の大筋を紹介しただけでも、興味をそそられた方は多いと思う。“カスな人間のカスさ”に気が遠くなる。
性欲を覚えるのは仕方がないし、ましてその対象が児童であったとしても、行動に起こさなければ罪に問われることはない。むしろ、自分の性的嗜好と社会規範のギャップに悩み、カウンセリングを受けるなどして戦っている人だってたくさんいる。
が、映画に登場する男たちは平気で行動に移す。児童の人生にどれだけの影響を及ぼすか、そんなことは考えもせず、ただ陰部を露出し、服を脱げと要求する。彼らは小児性愛者だから性欲を抑えきれないのではなく、小児性愛者でなかったとしても道を踏み外していたのではないかと思える。
とにかく観ていて不愉快極まりない人間たちであるのだが、彼らのその言動は時として滑稽でユーモラスに写り、エンターテインメントという形で作品に貢献する。Webカメラに顔を出した男たちの滑稽(こっけい)な動作に、女優や製作チームが思わず吹き出しそうになる場面も。
本作では、深刻なテーマの下、その問題因子である男たちをどこか“見せ物的”に写している側面がある。「こいつらはカスだから何をやってもいい」というバイアスが本作には確かに存在していて、12歳の少女相手に性的要求をする男たちを見せ物として羅列する。そこに不健全さを感じなくもないのだが、そのおかげでエンターテインメントとして抜群に面白い。監督たちがそう狙った通り、本作はユーモアを忘れていない。そのおかげもあって、観終えたあとはどこかカラっとした後味が残りつつも、すぐに「これはフィクションではない」と思い出す。そして、この児童性的虐待という重大な問題について考えざるを得なくなる。子を持つ親の立場でこれを観る方は、きっと気が気でなくなってしまうに違いない。ドキュメンタリー映画最大の目的である“知ってもらう”役目を、本作は十二分に果たせたといえるだろう。
前述したように、中盤、少女に性的接触を図る男性のひとりが制作チームの知人であることが判明するくだりも恐ろしい。普段親しく接している相手でも、家に帰れば児童相手に裸の写真を要求しているかもしれない……。そんな不安を増長させてしまうほど、社会にまん延する闇の深さを存分に味わわされる。
高い娯楽性と重大な問題提起を兼ね備えた、決して見逃せないドキュメンタリーの傑作。ネットリテラシーが重要視される現代で、われわれにできることは何か、考えるきっかけを与えてくれる作品なのは間違いないだろう。
「SNS 少女たちの10日間」は、2021年4月23日より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開予定。
「SNS 少女たちの10日間」
- 監督:バーラ・パルホヴァー/ヴィート・クルサーク
- 原案:ヴィート・クルサーク
- 出演:テレザ・チェジュカー/アネジュカ・ビタルトヴァー/サビナ・ドロウハー
(城戸)
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