明るく元気な生徒会長の女の子、ギャルだけど優秀な女の子、普通にしているだけでトップの成績にずっといる男の子、人間嫌いの生物部部長の女の子、鉄仮面をいつもかぶっている喧嘩番長、仕事をAIに奪われてしまった影のある教師……彼ら彼女らにはそれぞれ重要な役割が与えられており、ひとつひとつの言動がとても示唆に富んでおり、作中では描かれていないことまで「きっとこうなんだろう」と想像がおよぶ。そのため、見終わっても彼ら彼女らにまた会いたくなるし、その幸せを心から願いたくなるのだ。
それらのゲストキャラクターたちの魅力をもって、本作は「多様性」も全力で肯定してみせる。前述したように、天カス学園はポイント制度による成果主義と合理主義のせいで、「エリートになること」だけが価値基準になってしまっている。だが、物語上で「(犯人も含め)みんなのことが大好きになれる」ことで、それだけじゃないんだと、「みんなちがってみんないい」ことは素晴らしいんだと、全力で訴えてみせているのだ。
さらに、おなじみの「かすかべ防衛隊」の面々も、いつも以上に魅力的だ。それぞれが「こういうことをしそう」という言動をいきいきにと展開するし、もちろん重要な役割も与えられている(ボーちゃんは新たな一面も見せる)。ファンにとっては、描写のひとつひとつからキャラへの理解度の高さと愛がいっぱいなことに嬉しくなれるだろう。また、彼らのことをよく知らない人もかすかべ防衛隊のことをきっと大好きになれるはずだ。
さらにさらに、キャラそれぞれの魅力と多様性は、「青春」というメインテーマにもつながってくる。その人が輝ける(または輝けない)青春は十人十色、とても簡単に定義できるものではない。だが、この映画は「青春とは何か」という難しい問いに完璧な回答をした上で、肯定してみせるのだ! それが「無駄なものを排除する」天カス学園の制度がいかに間違っているかというアンサーになっているのも見事。見終われば、キャッチコピーの「青春(ミステリー)の答えはひとつじゃない。」の真の意味も、きっと分かることだろう。
「笑い」が感動に転じていく
劇場版クレヨンしんちゃんの魅力と言えば、やはり子どもから大人までケラケラ笑えるコメディー要素。今回ももちろんしんのすけが繰り出すナンセンスギャグに大笑いできるのだが、さらに「笑い」という大きいテーマそのものにも踏み込んでいるともいえる。
何しろ、エリートに憧れていたはずの風間くんは、怪事件に巻き込まれ強制的に「おバカ」になってしまう。しかし、そのおバカになった風間くんのギャグは誰かを笑わせることはなく、「いつもの風間くんじゃない」などとドン引きされるだけ。それをもって、「ただふざけているだけでは面白くもなんともない」という笑いの本質をついていると言えるのではないか。その対比として、いつもふざけているはずのしんのすけのギャグは実は高度で、しかも(主に風間くんへの)愛情に溢れているものではないか、とすら思えてくる。
素晴らしいのは、クライマックスの展開が「絵面としては完全にギャグ」なのに、とてつもなく感動的なことだ。これまで積み立てられた伏線が次々に回収されていき、「キャラの魅力」「多様性」「青春」というテーマまでもが見事に集積していくカタルシスに満ち満ちている。クレヨンしんちゃんらしいバカバカしさが、まさか劇中における最高の感動につながるとは! 前述したしんのすけと風間くんの関係性も含め、本作は間違いなく「クレヨンしんちゃんじゃないとできない内容」でもあるのだ。
このクライマックスは「嘲笑」という「よくない笑い」へのはっきりとした批判にもなっている。そして、嘲笑が向けられてしまった時にどうすればいいのか? ということ、そして「誰かを幸せにする笑いとは何か?」ということにも、完璧な回答をしてみせていた! さらには「誰かのためにがんばること」そのものも全力で肯定してみせているので、子どもはもちろん、大人こそが忘れがちな大切なことを今一度思い出せるだろう。そして、そのメッセージが救いになったという人も、きっと多いはずだ。
「オトナ帝国」へのアンサーとなった理由
※ここからは「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」のネタバレに触れているのでご注意を!
劇場版「クレヨンしんちゃん」は、シリーズの中で二大巨頭とされる「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」と「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」との比較で作品評価を語られがちであった。だが、近作ではその「呪縛」から逃れ、新たなステージへと進んでいる。このことは前作「激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者」のレビューでも記しているので、合わせて読んでいただきたい。
そして、今回の「花の天カス学園」はシリーズ初の本格(風)学園ミステリーとなり、しんのすけと風間くんの関係をメインに据えるなど、新たなことに挑戦し、かつ作品としてのクオリティーも極限までに高めている。またも過去の名作から完全に脱却したのだ。
それでいて、「花の天カス学園」のクライマックスは「オトナ帝国」をほうふつとさせ、しかも「その先」ともいえる内容になっていることも特筆すべきだろう。
なぜなら、しんのすけが「走る」からだ。「オトナ帝国」では、しんのすけはボロボロになりながらもたった1人で走り抜けて行った。それは、自分自身の未来を手に入れるためだった。それをモニターで見ていた(過去に耽溺していた)大人たちは、「もの悲しそうに」未来を選ぶことを選択した。
では、今回の「花の天カス学園」における「しんのすけはなんのために走るのか?」。そして、「周りの人たちがその奮闘をみてどういう行動をしたのか?」と鑑みれば……これは「未来を選ぶしかない」という「辛い選択」を描いていたとも言える「オトナ帝国」へのアンサーとも言えるのではないか!
過去の名作から脱却するだけでなく、さらに2021年の今にふさわしいテーマを据えてアンサーをしてみせる。これも「花の天カス学園」が劇場版クレヨンしんちゃんの歴史を塗り替える大傑作となった大きな理由だ。
高橋渉監督と脚本家のうえのきみこ、スタッフとキャストたちに、心から「この映画を作ってくれてありがとう」と感謝を告げたい。そして、作品に込めたメッセージを完璧に拾い上げたマカロニえんぴつの主題歌「はしりがき」が流れるエンドロールもお見逃しなく!
(ヒナタカ)
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