9月23日(木・祝)より「整形水」が劇場公開される。本作は韓国発のオムニバスコミック「奇々怪々」の一編のアニメ映画化作品だ。
「使うだけで美人になれる水をめぐるサイコホラーサスペンス」という分かりやすい触れ込みだが、伝えようとしていることは「美人は得だよね」や「人間はやっぱり外見でなく中身だよね」といった一筋縄なものではない。誰にとっても他人事ではないルッキズムおよび外見至上主義の問題を、エンターテインメントに昇華している本作。そのさらなる魅力を紹介していこう。
「見た目が全て」になってしまう物語
あらすじはこうだ。人気タレントのメイクの仕事をしているイェジは、代打でテレビ番組に出演した際、食事をする姿をめぐってSNSに悪意ある書き込みをされ、自暴自棄に陥ってしまう。そんな彼女のもとに、ちまたでウワサになっている浸すだけで思い通りの顔になれる「整形水」が届く。
そして、イェジはこの整形水を使って思い通りの美人となり、仕事も人生も万時うまく行くサクセスストーリー……にはならない。もちろん、初めこそ美人になったことで周りからちやほやされ、彼女自身も新しい生活を満喫するのだが、そこには恐ろしい「落とし穴」もあったのだから。
言ってしまえば「笑ゥせぇるすまん」や「週刊ストーリーランド」や「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」の一編のように、便利な道具やサービスを使って調子に乗ってしっぺ返しを受ける「因果応報」的な物語でもある。そして、この「整形水」はその落とし穴への誘い方が絶妙で、かつ「底に待ち受けているもの」のレベルが半端なものではなく、絵面としても精神的にもめちゃくちゃ恐ろしいのである。
その落とし穴とは、「美人であること」それだけが価値基準になってしまうことにある。何しろ、イェジは幼少時から自分の外見に強いコンプレックスを抱えていて、だからこそ美人になって男たちから言い寄られることに優越感を感じ、そして異常なまでに再び自分が醜くなってしまうことを恐れている。皮肉にも、彼女は美女へと変貌したことで、より「見た目が全て」になってしまうのだ。
劇中では、イェジは元の姿ではぞんざいに扱われたのに、いざ美人になると優しくされたり積極的にアピールをされる様も描かれる。こうした周囲のルッキズムに満ちた言動が、差別的に見られる側の外見至上主義的な価値観をさらに強固にしてしまうのではないか、と思い知らされる。
性格が悪すぎて滑稽で哀しすぎる主人公
さらに容赦がない、と同時に本質を突いていると感じたのは、この主人公のイェジが決して「見た目は醜くても心が綺麗」ではないこと。というか、めちゃくちゃ性格が悪いのである。
彼女はメイクを担当する人気タレントにいびられ続けていて同情すべきところもあったが、実は「誹謗中傷をする側」でもあった。家に帰れば酒を片手にポテチを食べながら、その人気タレントを罵倒するネットの書き込みを見てうれしそうに笑い、「パトロンの金で整形している」と根拠のないデマも書き込む。それでいて、代打で出演したテレビ番組での自身の姿が誹謗中傷を受けると、仕事もやめて引きこもってしまうのである。
そこにあるのは「自分は醜いから人生が最悪なんだ」「美人はクソ」といった負の感情ばかり。しかも、誹謗中傷する者が誹謗中傷される側になって自暴自棄になるというブーメラン。それでいて、いざ自分が嫌悪し罵倒したはずの美人になると調子に乗って人生を謳歌しようとする。
その様は滑稽ではあるが、極端にデフォルメされただけで、「美人は得だよね」「自分も美人になれば人生うまく行っていたのかもしれない」と思ってしまうことは、誰にとっても他人事ではないのではないか。
言うまでもないことだが、社会から認められたり、自分を愛する理由は、何も容姿だけに限らない。実際にイェジは幼少時にバレエ大会で優勝はできなくても、多くのトロフィーや賞状をもらっていたし、何より同居している両親からは今も昔も愛されているのだが、彼女はそのことにもどうやら気づいていない。このように「他のことが見えなくなる」ことにこそ、外見至上主義による不幸があると教えてくれる。
さらに悲しいのは、イェジが美人になる前に褒められたのが「目の色が綺麗」という、やはり見た目だったこと。その他のことで誰かから認められ、自己肯定感を持つことができていれば、劇中の悲劇は起こらなかったかもしれないのに……と、より切なく思えるのだ。
トラウマ級のクライマックス
そんなルッキズムおよび外見至上主義に対しての痛烈な風刺になっている本作だが、基本はやはりエンターテインメント。ハラハラドキドキのサスペンス、そして心底ゾッとさせてくれるホラー描写こそが重要な作品だ。
前述してきた「自分の外見に強いコンプレックスを抱えていた女性が美人になって調子に乗る」様は、あくまで序盤も序盤。その後は予想外の事態が立て続けてに起こり、主人公は落とし穴にズッポリとハマってしまう。あれよあれよと事態が悪い方向に転がっていく様は、意地が悪いと思えると共に面白いのである。
何よりすさまじいのはクライマックスの展開だ。もちろんネタバレになるので具体的には一切書けないが、よくもまあこんなシチュエーションと画を思い付いて、そして映像化できたのだと感心するばかり。本作はPG12指定がされているが、それでもギリギリと思える、人によってはトラウマ級の衝撃が待ち受けている。
このクライマックスに限らず、本作は「肉が削げ落ちる」といった生理的な嫌悪感を煽るシーンがあり、直接的でないせよ猟奇的な描写もある。もちろん、それらはむやみやたらに露悪的なわけではなく、主人公が美人になり、同時に独善的な行動をしてしまったこととの引き換えの「代償」を描く上で必要なものではあった。だが、ある程度の「覚悟」を持って見た方がいいだろう。
本作が実写ではなくアニメーションであることは、主人公が全くの別人に生まれ変わったようなギャップを無理なく描き、なおかつ過度のグロテクスさを抑える、確実にプラスの効果を生んでいる。キャラの豊かな表情や、迫力の攻防戦といったアニメとしてのクオリティを期待しても裏切られることはないだろう。
沢城みゆきの罵倒も聞ける吹き替え版がおすすめ
本作は字幕版と日本語吹き替え版の両方が公開されているが、ぜひ吹き替え版をおすすめしたい。何しろ、沢城みゆき、諏訪部順一、上坂すみれ、日野聡という実力派声優が集結しているのだ。
特に沢城みゆきは、容姿のコンプレックスのために負の感情に満ちているときと、美人に変身した後とで、「違う人にも、同じ人にも聞こえる」絶妙な演じ分けをしている。
元の姿のときは「口にワタを入れてしゃべる」ことにもチャレンジしていたそうで、「しゃべる途中で小声になっていって聞き取れなくなる声」や「誹謗中傷の書き込みをするときの汚い笑い声」などの説得力が半端なものではなかった。
美人になってすぐは、まだその姿に慣れていない、「美人初心者」だからこその戸惑いも見せる演技。そして調子に乗った後は「はぁ〜マジつまんない。とっとと帰りな」や「どうせママの車でしょ? マザコン坊やが」などの罵倒の心の声が沢城みゆきボイスで聞けるので、そのスジの方にもおすすめである。
さらに、諏訪部順一が演じる「人たらし」な男にも注目してほしい。「この人ならついつい心を許してしまいそう」な魅力があり、同時に何を考えているのか分からないからこその不信感も持つ人物といえる。そしてクライマックスでは、誰もが「諏訪部順一……すげぇ……!」とその演技力そのものに喝采を送ることだろう。
「整形大国」の韓国だからこそ生まれた作品
この「整形水」の物語が、「整形大国」と言われる韓国で生まれたことは、ある種の迫力を感じさせる。現地では整形そのものがカジュアルに行われていて、美容整形クリニックが就職活動の宣伝をしていたり、整形そのものがポジティブかつオープンに語られることも多いのだという。
その土台の上で、ルッキズムおよび外見至上主義を風刺する本作は、多くの共感を呼んだとも言えるのではないか。もちろん整形は選択肢の1つとして広く認められるようになってきているものであるが、それで「美人になること」だけが価値基準になってしまうのは危ういことだし、社会的な問題にもなり得る。
そして「整形水」の物語は、「簡単に美しさだけを手に入れられてしまうこと」の恐ろしさや、「本当に大切なこと」を思い出すきっかけを与えてくれる。それは日本人にとっても、もちろん他人事ではないはずだ。自分の容姿にコンプレックスを持っている方はもちろん、他者への嫉妬や劣等感に悩んでいる方にとっても、本作は「それ以外の価値」について考えさせてくれる。ぜひ劇場で見てほしい作品だ。
(ヒナタカ)
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