2021年個人的ベストゲーム! 闇のカードゲーム「Inscryption」は「めちゃくちゃうまいカツカレー」だった:やや最果てエンタメ観測所
「闇のカードゲーム」を体験できるゲーム。
2022年、新年一発目のゲームレビューは昨年(2021年)僕が一番面白かったゲームを紹介しようと思います。その名は……「Inscryption(インスクリプション)」!(公式サイト)
ひとことで説明すれば「闇のカードゲーム」
このゲームがどういうゲームか。ざっくり言えば「一人称視点で部屋に隠された謎を解きながら進めるホラーテイストのカードゲーム」なのですが、実はこのゲーム、漫画やアニメが好きな方にはパワーワードで説明することができます。
週刊少年ジャンプで連載され、アニメ化もされた『遊☆戯☆王』という漫画を知っている方は多いでしょう。その『遊☆戯☆王』の特に初期では、登場人物が命を賭けた「罰ゲーム」つきの「闇のゲーム」で対決するというのが定番の流れでした。展開によっては、カードバトルに負けたキャラが罰ゲームとしてカードの中に閉じ込められたりして。
「Inscryption」はこの『遊☆戯☆王』に出てくる「闇のカードゲーム」が体験できるゲームです! はいパワーワード! 説明終わり!
……ってわけにもいかないんだよなあ。実はこの「Inscryption」、“ネタバレ厳禁”のゲームであるにもかかわらず、どういう性質のゲームか前提知識がある程度ないとゲームの評価に多大な影響が出るであろうタイプのゲームでもあるんですよね、これが。
僕が「Inscryption」をプレイしたときの感想を一言で言うなら……「奇抜な揚げ物で知られる最高のカツ職人がカツカレーを作ったと聞いて食べてみたら、『えっ待って、このカツカレー、カレーだけでもめっちゃうまくない!?』って感じだった」のです。そして、「カツ」と「カレー」、この2つの要素が何にあたるのか、それぞれの角度から説明する必要があるのです。説明しましょう。
「カレー」、デッキ構築型ローグライトの新機軸
まず、カツ職人が作るということでそこまで期待はしていなかったものの「めちゃめちゃうまかった」という「カレー」。これは、このゲームのジャンル……特に序盤のゲーム性そのものです。ゲーム紹介を見ると、目を引くのはこんな文句。「デッキ構築型ローグライト」。簡単に言うと、プレイを始めるたびに一からカードを引いてバトルに使うカードデッキを構築していき、ゲームオーバーになると全て失われる、運要素が強く絡むゲームのことです(ちなみに、『ローグライト』は『ローグライク』というゲームジャンルから派生したもので、この混同されがちな2つのジャンルの分類問題について語りはじめると朝までかかるので今回は省略します)。
実は昨今のインディーゲーム業界、この「デッキ構築型ローグライト」要素を取り入れたゲームがめちゃめちゃ増えています。これにははっきり源流があって、恐らくそのほとんどが「Slay the Spire」(2019)という大ヒットゲームの影響を受けているのです。
ランダム生成されたマップを移動しつつ、その過程で手に入れたカードでデッキを構築しながらバトルをするというこの傑作「Slay the Spire」の絶妙なゲームバランスと中毒性は革新的でした。そして、同作は「スレスパフォロワー」と呼ばれるゲーム群を大量に生み出すことにもなりました。マップを移動する際のゲーム画面を見比べてもらえば、「Inscryption」もまた「スレスパフォロワー」であることを隠そうともしていないことが分かるでしょう。
ただ、その流れにありつつも「Inscryption」にははっきりとした独自性がありました。それは、元ゲームの絶妙なゲームバランスを再現しようとした「スレスパフォロワー」と違い、「カレー」が本職ではない「カツ職人」だからこそできる大胆な味付け。「Inscryption」にとって「スレスパ」形式は「物語」を語るための手段でしかない……つまり、バランスを考えていないような「ぶっ壊れカード」で無双できるのです! これがめっちゃ楽しくて気持ちいい!
中でもバランスブレイカー的カードとして特筆したいのは3方向に攻撃できる「マンティスゴッド」。作中で200ドル(日本円で約2万円以上)するといわれるカードだけあるぜ! ちなみに基本的にこのゲーム、広範囲に攻撃できるカードがめちゃくちゃ強いです。これは攻略の役にも立つのでぜひ覚えておいてください。
そして、「Inscryption」はそれだけでなく、ゲームの雰囲気が抜群に良い! カビ臭さの漂う薄暗い小屋の中、目の前には薄ぼんやりとしか顔の見えないゲームマスター。生きているように喋りまくる手持ちのカードたちはカードゲームの「生け贄」にされるときちんと悲鳴を上げます。アイテムの使い方にも意表を突くものがあって(相手のてんびんに重量を載せるためにそこまでやる!?)、この感覚、これこそ「闇のゲーム」!
なお、販売ページには「ホラー」のタグがついていますが、過度なビックリ表現はありません。恐らく全てはこの「雰囲気」による区分であり、目の前でくるくると仮面を付け替えるゲームマスターは、TRPGのように机を挟んで向かい合ってやるカードゲームの面白さを教えてくれます。
「対面型ボードゲーム」の楽しさはコミュニケーションのプリミティブな喜びにもあります。そして、ゲーム終盤では向かい合っているからこそできる「手を使ったある行為」に思わず涙ぐんでしまいました。ああ……本当にいいシーンだったなあ。
「カツ」、Daniel Mullinsという鬼才の作家性
さて、長々と「カレー」(ゲーム部分)がいかにうまかったかを説明してきましたが……実は、今の前段は「Inscryption」を構成する要素の30%程度でしかありません。もう一方の要素、カツカレーの「カツ」についても説明しましょう。
このゲームの「カツ」とは……ゲームの「作者」そのものです。Daniel Mullins(ダニエル・マリンズ)。名前だけでも覚えて帰ってくださいね。一言で言うと、「メタフィクション」ゲームの名手です。過去作の「Pony Island」「The Hex」もそのようなゲームであり、筆者が「Inscryption」をプレイした時には正直、こちらの要素を強く期待していました。
そして「Inscryption」もやはり、その方面でも完全に期待に応えてくれました。ぼかしながら言うなら、ゲームの進行につれて「世界を見る解像度」がまるで変化していくのです。実は、前段で説明した「カレー」部分も、さっきのが欧風カレーだとしたらドライカレーぐらいにまで変化していきます。とにかく、後半はDaniel Mullinsの真骨頂がてんこ盛り! エンディングを迎えるまで常に驚きに満ちたプレイになることでしょう(一つアドバイスするなら、配信などでプレイしようとしている人にはやや危険なシーンがあるかもありません)。
そして、このゲームはエンディングを迎えても終わりではありません。衝撃の展開の末に待つもの……はっきり言って、ここがこのゲーム最大の「賛否両論」ポイントであり、人によっては怒る人もいるだろうと思います(ピンと来ていない人は「Inscryptionをクリアした人のための攻略情報」などでググってみてください。ここで合う合わないが出るのはもうどうしようもないです。だってそれが「作家性」なのですから。取りあえず「Daniel Mullinsってこういうことをする人だから……」とだけ覚えておいてほしいな、とは思います。
ちなみに、現時点で出たDaniel Mullinsのゲームは全て話がつながっているようです。そして、最後までやっていただけたら、彼のゲームは今後も新作が出たら「リアルタイムに」追わないといけないクリエイターだということが分かってもらえることでしょう。
しかし、あらためて言いますが、今までのDaniel Mullinsのゲームはメタフィクションにこだわるあまり「ゲーム性」は二の次、というような節がありました。だからこそ、「Inscryption」のゲーム部分がちゃんと「面白かった」喜びはすごかった。もっとも、Steam版は最近のアップデートにおいて、前段で熱く語ったこのゲームの「一番おいしい部分」だけを延々食べ続けられる「KAYCEE'S MOD」という新モードがβ版として追加されたので、「カレー」がうまかったという人にはこれもおすすめです。
とにかく、Daniel Mullinsという鬼才ゲームクリエイターを知ることまで含めて値段以上の価値は絶対にあるし、なにより「カツ」と「カレー」両方合わさってこそのカツカレーです。ゲームのプレイを一つの「体験」として楽しめる人なら、間違いなく楽しめる一本だと思います。
最近のニュースでは、この「Inscryption」の販売本数が100万本を越えたことが発表されました(AUTOMATONの記事)。それだけ多くの人にDaniel Mullinsの世界が届いたことを喜びつつ、この鬼才が次に何を食べさせてくれるのか楽しみに待ちたいと思います。今まで食べたことのないカツカレー、みなさまもぜひ機会があれば食してみてはいかがでしょうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- やや最果てエンタメ観測所:クラウドファンディング実施中「シロナガス島への帰還」レビュー これは性癖のヤサイマシマシニンニクマシアブラマシカラメだ!
12月5日までCAMPFIREでクラファン実施中です! - やや最果てエンタメ観測所:もしもあなたが孤独なら、プレイしてほしいゲームがある 「ドキドキ文芸部プラス!」レビュー
なぜこのゲームがこんなにも胸を締め付けるのか。 - やや最果てエンタメ観測所:最高のカーテンコールをありがとう 傑作ゲーム「Outer Wilds」の追加DLC「Echoes of the Eye」レビュー(※ネタバレなし)
基本ネタバレなしでお送りします(一切情報を入れたくない人は1ページまでで)。 - きらら史に残るラスボス「日常系部活ものに呪われた卒業生」が生まれた理由 『ステラのまほう』完結記念くろば・Uインタビュー
「日常系」の青春が終わったあとの物語。 - 【寄稿】「ElecHead」という傑作 人生を削って作品を磨き上げるということ
年末にかこつけて、編集部員が好きなことを書く特別企画。ここでは副編集長・池谷がこの間遊んで感動したインディーゲーム「ElecHead」について、池谷の個人noteから転載します。