はっきり言って、この取り違えが「実はそうじゃない」ということは見る前から分かりきっている。クレしんという強固な設定が土台にあるシリーズだからこそ、そこは覆されるはずがないのだから。
そうだとしても、その取り違えを告げられ困惑する過程での面白みがあったら良かったのだが、実際はしんのすけは単に誘拐され、忍びの里での忍者幼稚園では珍蔵のことを誰も知らないので「替え玉」的なサスペンスにもなっていないし、ひろしとみさえも観客と同様に「そんなわけがない」なテンションで行動している。強いて言えば、前述したちよめの「誰かに助けを求められなかった」心情にリンクはしているのだが、それ以外では取り違えが物語上でほとんど意味のない、予告編やあらすじで興味を引かせるギミック程度のものにとどまってしまっているのだ。
おいしい展開をたくさん詰め込んでいると最初に掲げたが、裏を返せば詰め込みすぎてやや散漫な印象もある。忍者、もののけ、取り違え、社会風刺といった種々の要素が、終盤ではあまり結びついていない印象もあり、全ての伏線を「青春」という大きなテーマに集約させた29作目「謎メキ!花の天カス学園」と比べると、パワーダウンしていると感じる部分もあった。
30年追ってきたファンへの大サービス
そんな不満もあるものの、クレしんファンにとっては開始5分で涙腺がゆるゆるになるサービスがある。それは「しんのすけが生まれた日」の、しかも「原作の再現」をしてくれることだ。これは、解禁されている冒頭映像でも見ることができる。
9作目「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」の「ひろしの回想」のシーンでも、しんのすけが生まれた日は描かれていたが、そちらでは雨が降っておらず、しんのすけの「名前の由来」も、ひろしが病室を間違えるくだりもなかった。もちろん「オトナ帝国の逆襲」も素晴らしい作品だが、この30作目の節目に、原作を尊重したしんのすけの誕生を改めて描いてくれることに、大きな感動があったのだ。
さらに、中盤では最初に掲げたように、もはや「ズルい!」「そんなの泣くに決まってるだろ!」と理不尽な文句を言いたくなるほど、クレしんファンこそが感涙できるシーンが待ち受けている。これもまた、30作目の節目だからこその大サービスといえるだろう。
次回作予告の衝撃
「30周年にして30作目の節目を迎えたからこその転換点であり集大成」と思えた理由が、もう1つある。それはエンドロール後の「次回作予告」だ。その衝撃度は、クレしん映画史上No.1だと断言する。
正直、期待よりも不安のほうが大きい。「この方向性」は同じく国民的人気アニメ映画がすでにやっているアプローチであり、そちらは表現や物語も含め、かなりの賛否両論を呼んでいたからだ。クレしんというコンテンツで「それだけはやってほしくなかった」と思う方もいるだろう。
だが、クレしん映画の近作は、常に新しいことにチャレンジし、より良い面白い作品にしようとする気概が、作品からも大いに伝わってくる。「もののけニンジャ珍風伝」が30作目のクレしん映画として「やり切った」集大成だからこそ、次回作でこのアプローチは納得はできるし、応援したいと心から思えるのだ。クレしんファンの1人として、楽しみにしている。めちゃくちゃ不安だけど。
(ヒナタカ)
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