“「この薔薇があなたに届きますように」 スタッフ一同”
(少女革命ウテナ 39話「いつか一緒に輝いて」エンドカードより)
幾原邦彦のアニメーションは常に一貫している。それはもちろんアバンギャルドな演出様式、印象的なバンクと楽曲、特徴的な言語センスなどに顕著であるだろう。しかし真の意味での彼の柱は「少女革命ウテナ」最終話、25年前のクリスマスイブに送られたエンドカードのこの一言に表されている。幾原はアニメーションを通じて視聴者、ひいては世の中に対し常に、強いメッセージを送り続けている。
「輪るピングドラム」。「少女革命ウテナ」の完結以後は表立っての活動が少なかった幾原の、10年以上ぶりとなる完全な新作がもたらした衝撃は大きかった。とにかく強烈なビジュアル、抽象的な会話に基づく謎に満ちたストーリー展開、徐々に明かされる登場人物のバックグラウンド。
物語の中心は運命を記した不思議な日記から、やがて「16年前の事件」を巻き込み、作中明示される“あらかじめ失われたこどもたち”――社会から透明な存在として扱われ、革命家であっても救うことのできない――に向けられた物語へと収束していく。
作中、それぞれのこどもたちはたびたび家族・血縁、関係性の呪いについて苦痛の声をあげる。しかし同時にまた、彼らはそれを手放すことを望んではいない。この解決できない矛盾を孕んだ寓話は、最も単純で暖かな愛の言葉とともに幕を閉じる。
公開中の新作「劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編]君の列車は生存戦略」はその“再構築"と銘打ってはいるものの、続編的要素を十分に備えている。これは本作の時系列がテレビシリーズのその後を描いており、その時系列をキャラクターに沿いあらためて俯瞰するという脚本自体の構成、のみによるものではない。
幾原の作品群にもうひとつ共通点があるとすれば、救済には利他的な犠牲が伴うということだ。そして誰かを救った側は世界の風景から消え、忘れられてしまう。このルールは「少女革命ウテナ」「ユリ熊嵐」の結末と同様に、「ピングドラム」でもあるキャラクターのセリフとして中盤以降繰り返し明言される。
「ピングドラム」テレビシリーズ終盤の展開もそれに追随するものだ。最終話に描かれた「運命の列車」のインパクトは映像作家・幾原邦彦のまさに真骨頂。のちに「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」を監督する古川知宏らと手掛けた、エモーショナルの極北ともいえる表現だ。仮に後編にて結末を動かさず、シリーズそのままの転用であったとしても、あの絵を劇場の環境で見られるだけでも十二分に満足できてしまうだろう。
しかし現時点での最新作「さらざんまい」(2019年)にて、幾原ははっきりと自己犠牲を否定している。それは10話「つながりたいけど、つながれない」で、瀕死の燕太を救おうとする主人公・一稀に向けられた「自己犠牲なんてダセェことすんな、バカ野郎」という自己批判とも取れる、あまりにも直接的なセリフだ。またそれのみならず、愛する者の自己犠牲によって救われた側の強い苦しみについても、新星玲央の存在を通じてはっきりと描かれてしまった。
幾原はインタビューにて、常に今の時代の若者の苦しみを描きたい、と繰り返し述べている。それらは直接的にでなく、多くがメタファーによる舞台装置として描かれる。「ウテナ」では、“決闘ゲーム”に象徴される王子様やお姫様という性に紐付く所有・非所有のシステム。「ユリ熊嵐」での“透明な嵐”・“断絶の壁”=同調圧力・相互不理解。そして「ピングドラム」においてのそれは“氷の世界”・“こどもブロイラー”を通じて描かれた、愛の不在。そのいずれをも解決してきた身を賭しての犠牲を、幾原は最新作にて否定してみせた。
7月の公開に向け、先日の舞台挨拶にていまだ制作中であることが語られた「[後編]僕は君を愛してる」が、どこに到着するのかは分からない。ただこのような意識的なアップデートの中で、いま再びテレビシリーズと同じ結末を描く――というかたちには、物語を持っていかないのではないか。少なくとも「前編」に含まれる新作パートのいくつかに、テレビシリーズの結末の不完全を指摘するようなセリフがうかがえるのは確かだ。
10年越しの「ピングドラム」は、どのような薔薇を私たちに見せてくれるのだろうか。
(将来の終わり)
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