さらに、原作となる書籍『さかなクンの一魚一会〜まいにち夢中な人生!〜』では、そのタコとの運命の出会いからタコへの愛が燃え上がる様、そこから乱暴者で豪快でジャイアンタイプのおじいちゃんの登場、そして「タコ獲りの現実」の衝撃につながるまで、丁寧に伏線を張っていく感じが残酷すぎて泣きそうになったので、そちらも必読である。幼いさかなクンにとって、いや大人になってもトラウマとして残り続ける理由が、めちゃくちゃよくわかるはずだから。
ヤンキーたちと自然と仲良しに
衝撃はまだまだまだある。高校生になったミー坊は、なぜか地元のヤンキーたちと仲良しになっているのだが、それもそれなりのレベルで実話だったりする。
原作ではヤンキーから「てめー、魚でこんなに目立ってっけど、本当に魚っておもしれえのかよ」と聞かれ、「釣れたてのサバは美味しいよ!」「じゃあ来週の日曜日にいこうよ!」などとカジュアルに誘って本当に一緒に釣りに行っていたりする様が書かれているのだ。
映画では、ミー坊は「総長」率いるヤンキーたちを手玉に取っており、ミー坊の傍若無人ぶりに振り回されるヤンキーたちが相対的にとても良い子たちに見えるというあんばいになっていた。特に、ミー坊が「わざわざヤンキーのナイフを借りて魚をさばく理由」はひどすぎて爆笑ものである。
沖田監督はとぼけたコメディー描写にも定評があり、今回は天然を通り越してキテレツさもあるのんと、少し誇張したさかなクンの実話との化学反応もあって、笑いの瞬間風速がとんでもないことになっていた。のんと磯村勇斗、はたまた柳楽優弥や岡山天音といった若手俳優とのボケとツッコミ的なやりとりも含めて楽しめるだろう。夏帆が演じる友達との関係も尊かった。
好きなことを続けてみよう
ここまで「さかなのこ」のアバンギャルドなポイントばかりをあげてしまったが、物語そのものはまっとうな人生訓として、普遍的に響くものだった。それは端的に言って、「好きなことを続けていれば、いいことがあるのかもしれない」ということ。それを示す、原作の終盤に記されたさかなクンの言葉を、少し長めではあるが引用しておこう。
「もし夢中になっているもの、大好きなことがあったら、ぜひつづけてみてください。好きなことを追いつづけることはすばらしいです。ひょっとしたら将来の道にはつながらないかもしれません。
途中でスーッと気持ちが冷めてしまうこともあるかもしれないし、全く別の道を歩むこともあるかもしれません。それでもいいと思います。夢中になってひとつのことに打ち込んだという経験は、けっしてムダにはなりません。人生のどこかできっと役に立ちます」
『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』259P〜260P
映画を見ても原作も読んでも、さかなクンは決して順風満帆だったわけではない。むしろ学校の勉強が苦手で望み通りの進学ができなかったり、人生の道に迷い続けたり、幾度となく失敗もしている。だが、「お魚が好き」で「好きなことを続けること」がさかなクンを突き動かし続け、その中で出会った人たちの「縁」が良い方向へと転がり、思いも寄らなかった幸運が舞い込むこともあるのだと、その半生を追って強く思えるようになっているのだ。
さかなクンはもちろん成功者ではあるが、それを偉ぶることなく、「(好きなことを続けても)将来の道にはつながらないかもしれません」と記しつつ、それでもなお「夢中になってひとつのことに打ち込む経験」だけは絶対的な価値だと肯定する、誠実な方なのだという認識も新たにできた。また、物語を追う内に、そうした価値観は親御さんが子どもに積極的に教えてあげてほしいものでもあると、たびたび実感した。
総じて、沖田監督の言葉以上に、「自由にやってんな!」な印象が強い作品であるが、同時にさかなクンの誠実な人柄も間違いなく作品に刻印されている。ぶっ飛んだエピソードが実話だったり創作だったりして、やっぱり「どういう気持ちになれと?」と思うところもあるものの、それも含めて楽しんでしまうのが吉。そして、「さかなクンのように何か好きなことをがんばってみようかな」と思えるのも、この「さかなのこ」のすてきなところだ。
(ヒナタカ)
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