プリキュアが戦い続けてきた“表現の歴史” 過剰な自主規制を打ち破り進化を止めなかった20年:サラリーマン、プリキュアを語る(2/4 ページ)
プリキュア20周年おめでとうございます。
大人の好きそうなことをしない
また2000年前半は、時代的にも令和ほどアニメに市民権はまだ無く、「子どもが見るもの」「一部のオタクが見るもの」といった風潮が根強く残っていた時代でした。
そんな中「ミニスカートの女の子がアクションをする」といった内容のプリキュアは、たとえ日曜日の朝アニメといえども大人にうがった目で見られることも懸念されました。
そこで、制作側は「大人の好きそうなこと」を一切やらない、というスタンスを取ったのです。
また「大人が好きそうなことはやめよう」と決めた。例えばターゲットの女児がとにかく楽しく見られるのであれば、あえて水着を出さなくてもすんでしまう。夏休みっぽい雰囲気であればいいじゃないか、と考えたのだ。さらにミニスカートのコスチュームで戦えば、下着が見えてしまうのが普通だ。だが、そうならないようにレギンスを着用させ、絶対に見えないように配慮していたという。
プレジデント社『プレジデント2010年8月30日号」「プリキュア」に学ぶ子どもマーケット攻略法』より
事実、プリキュアシリーズにおいていわゆる「下着が見えるシーン」はこの20年間、一度も描かれたことはありません。
また、作中のジェンダー観にも配慮し「男だから」「女だから」などといったせりふは使わないこと、「戦う」「勝つ」「負ける」などといった攻撃的な言葉もNGとするなど、その思いはかなり徹底されていたようです。
――ジェンダーに関することにも気を付けているそうですね。
鷲尾 そうですね。例えば、会話のなかに「男だから」とか、「女だから」というセリフは入れないようにするとか……。
鶴崎 脚本を検討するときも「女の子は……」などというセリフや価値観を監督はかなり意識してはずしていますね。
講談社『ふたりはプリキュアビジュアルファンブックvol.2』(P87)
そういえば「敵」って言葉を本編では使わないんですよね。プリキュアはNGにしている言葉があって、「戦う」とか「敵」「勝つ」「負ける」。これは脚本を書くときに一番苦労するんじゃないかと。
幻冬舎『プリキュアシンドローム』(P490)
立ち上げ当時のプリキュアではそういった数々の決めごとにより、「子どもたちのための作品」ということが強く反映されていました。そしてこの方針はブランド維持のためにアニメーション以外でも徹底されます。
例えばプリキュアの漫画版を手掛けている上北ふたごさんは「胸の谷間を描かないように」や「たとえスパッツを履いていてもスカートの中は見えないように」という指定があったことや、「外見に関する美醜に関する表現」も避けていたことを明かしています。
上北 なぎほの時代(「ふたりはプリキュア」「MaxHeart」)に海水浴のお話を描いたときに「胸の谷間を描かないように。胸を強調しないように。と言われてはじめてその方針を知りました。キャラ設定画を改めて見返してみると、胸はペッタンコだったので、以降準じるようにしました。
(中略)
稲上さんから「たとえスパッツをつけていても、ブルームのスカートの中は隠れるようにしてください」とご指摘され、ハッとしました。私たちは女性ですので、全く無意識に描いていた部分ではあります。幼女向けアニメであろうと、性的で好奇な視線に対するガード、配慮の必要性があることに驚くと同時に、キャラクターを大切に守る正しい姿勢に感動しました。
幻冬舎『プリキュアシンドローム』(P532)
鷲尾さんから注意された「外見に関する美醜の表現とか、食べ物を粗末に扱っているように見える表現は避けてください」というのも印象に残っています。
幻冬舎『プリキュアシンドローム』(P533)
親の目線も意識する
プリキュアシリーズ2代目プロデューサーの梅澤淳稔さんは、プリキュアシリーズを作る際に「子どもならばこの作品を楽しめるか?」ということと同時に「自分が親だったら子どもに薦められるか」という点を意識していたといいます。
梅澤 『プリキュア』シリーズは結局「自分が子どもだったら、この作品を楽しめるか」「自分が親だったら子どもに薦められるか」という2点を拠り所にするしかないんですよ。
ぴあMOOK『プリキュアぴあ』(P87)
今でこそプリキュアシリーズは「親子で楽しめるアニメ」としての地位を確立していますが、開始当時は、保護者サイドから色眼鏡で見られることも多々あったようです。
そのため、親に見られることをも十分に配慮した作品作りがなされ、年月を重ねるとともに「子どもに見せても安心なアニメ」としての信頼も勝ち取っていったのです。
この「子どものための作品である」「大人の好きそうなことをしない」「保護者の目も意識する」という制作側の配慮が、メインターゲットである子ども、そして保護者の支持も得て「プリキュアシリーズ」を大ヒットアニメへと成長させていったのです。
しかしこれらの方針は、次第にプリキュアシリーズを苦しめることになっていくのです。
次第に「規範」を求められるように
「ふたりはプリキュア」シリーズ3作品の後、2007年「Yes!プリキュア5」からはチーム制となりイメージを一新。こちらも続編が作られるほどの大ヒットとなり、以降「フレッシュプリキュア!」「ハートキャッチプリキュア!」「スイートプリキュア♪」「スマイルプリキュア!」「ドキドキ!プリキュア」とシリーズを重ね、プリキュアはまさに女の子向けアニメーションの代表へと躍進していきます。
しかしプリキュアシリーズはその歴史を重ねるにつれ、次第に女の子向けアニメとしての「規範」を求められるようになっていくのです。
登場するキャラクターは、優しい思いやりのある良い子で、親への反抗はしない、悪いことはしない、セクシーさを決して強調しません。描かれるストーリー的にも多くの制約があったといいます。
プリキュアシリーズで最も多くの脚本を書いている脚本家の成田良美さんは、2014年(ハピネスチャージプリキュア!)の時点で「恋愛を描くのもタブーになりつつあった」と語ってもいます。
成田 『プリキュア』は子どもが観るということもあって、恋愛を描くのはタブーになりつつありました。実際に脚本を担当するときも、恋愛のエピソードは避けてほしいと言われることもあるくらいで。
学研プラス『ハピネスチャージプリキュア!オフィシャルコンプリートブック』(P80)
(実際にはプリキュアにも恋愛話はあるので、恋愛の描き方に注意が必要だった、という意味だと思われます)。
シリーズ開始から10年、プリキュアはいつのまにか世間に「道徳的なアニメ」としての側面を求められる様になっていたのです。
「この表現は使えない」「この展開はダメ」「このセリフを変えなければならない」そんな自主規制に捉われて、表現がどんどん窮屈になっていったのです。
2015年「Go!プリンセスプリキュア」のシリーズディレクター田中裕太さんは、それらの窮屈な現状を指し「女児アニメの概念に捉われないものとして始まったプリキュアが、シリーズを重ねるにつれ“女児向けアニメのスタンダード”として道徳的な部分を期待され表現の幅を狭めてしまっていた」と語っています。
田中 『プリキュア』シリーズは、女児アニメの概念に捉われないものとして始まったにもかかわらず、長くやっているうちに『プリキュア』のほうが、“女児アニメのスタンダード”と見なされるようになっていて、いつしかその内容に道徳的な側面まで期待されるようになりました。それはとてもありがたいし、名誉なことでもあるんですが、それに委縮して、これまで無意識にすごく表現の幅を狭めていたことがありました。
学研プラス『Go!プリンセスプリキュア オフィシャルコンプリートブック』(P78)
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