プリキュアが戦い続けてきた“表現の歴史” 過剰な自主規制を打ち破り進化を止めなかった20年:サラリーマン、プリキュアを語る(3/4 ページ)
プリキュア20周年おめでとうございます。
自主規制の象徴であった「水着」
そんな「自主規制」の象徴となっていたのがプリキュアの「水着表現」でした。
もともと自主規制として水着は描かれていませんでしたが、2009年「フレッシュプリキュア!」でワンシーンのみ水着が描かれた時の過剰な反応もあり、中期のプリキュアでは水着を描くのがタブーとなっていました。
本来、海に遊びに行くシーンでは水着になるのは当たり前ですし、女の子のファッションとしても夏の定番で描写に何も問題はないはずなのです。しかしプリキュアではシリーズ開始から10年間、不自然なほど水着になりませんでした。それも「過剰な自主規制」の産物だったのです。
「Go!プリンセスプリキュア」(2015年)のプロデューサーだった神木優さんは、プリキュアの水着は「慎重に扱うもの」であったことを認め、その過剰な配慮が逆に不自然になっているのでは、と危惧していました。
神木 『プリキュア』は視聴者がお子さんですから、たとえば敵であっても顔面は殴らないとか血は出さないとか、それなりのルールはあるんです。ただ、水着はセクシーに見えすぎた場合、作品として見せたい意図とズレが出てしまうことがあるので、慎重に扱うものだったんですね。
その配慮の結果が逆に不自然に感じるのでは、ということは議論になっていました。それに合わせて、今年は一度、これまでのシリーズで受け継いでいるものを再検討しましょう、という話も出ていて。それが全面に出たのが水着の回だったんです。
学研プラス『Go!プリンセスプリキュア オフィシャルコンプリートブック』(P78)
そしてその「Go!プリンセスプリキュア」において神木プロデューサーをはじめ制作側は葛藤の末、ついにプリキュアで水着表現を解禁したのです。もちろん何も問題になることはなく、以降のシリーズでは「プリキュアの水着」は普通に描かれるようになったのです。
プリキュアで「水着が描かれる」という、たったそれだけのことを実現するまでに11年もの歳月が必要でした。
もちろん水着表現の解禁には、初代から描いてきた「保護者からの信頼」を勝ち得てきたからこそ実現できた側面もあります。10年間の信頼が保護者に「プリキュアならば水着が描かれても安心だろう」と思わせるまでに至っていたのです。
この「水着の解禁」は、従来の「プリキュアの自主規制」からの脱却の象徴的な出来事となり、以降のプリキュアシリーズでもさまざまな新しい試みがされていくようになるのです。
田中 僕は個人的に、「プリキュア」シリーズはいささかこれまでのシリーズに慣例に凝り固まっている節があると思っていました。
もし本作で少しだけでもそれを打破できれば、本作だけでなく以降のシリーズでも、もっと表現の幅を広げられて、これまで避けてきた表現や、もっと新しい表現も可能となるかもしれない。
学研プラス『Go!プリンセスプリキュア オフィシャルコンプリートブック』(P78)
子どものため、葛藤し続ける制作者の思い
プリキュアは2015年以降、東映アニメーションのプロデューサーが1年で交代するシステムとなり、作品的にも「魔法」や「スイーツ」「子育て」など分かりやすいテーマが示されるようになり、その年の制作者が伝えたいことが明確となっていきました。
そこでは、プリキュアの制作者が常に「今の子どもたちのために何が必要か?」を悩み、葛藤している姿が伺えます。
「魔法つかいプリキュア!」(2016年)シリーズ構成の村山功さんは、プリキュアが亡国を救うような「使命感にかられて戦う」のは違うと考え、プリキュアが「子どもたちの友達」として見えるようなストーリーを描きました。彼女たちは疑似家族的なつながりで「日常」を守るために戦いました。
村山 「王国が悪者につぶされて、妖精がプリキュアに助けを求めに行く」というストーリーは、暗くなるからやめたいと僕のほうから申し出ました。
(中略)
そんな大人の事情を子どもたちに見せたくなかったというのもあります。何よりも、子どもたちにプリキュアを友達として見てほしかった。そうすると強大な敵に立ち向かうとか、滅んだ王国を救うみたいな壮大な話は違うかなと思ったんです。
学研プラス『魔法つかいプリキュア!オフィシャルコンプリートブック』(P90)
「キラキラ☆プリキュアアラモード」(2017年)では、未就学児に作品を楽しんでもらうために「プリキュアのアイデンティティー」の1つであった肉弾戦を封印。キラキラの「想い」で戦うプリキュアが描かれました。同作では「大好き」で集まったプリキュアたちの個々の尊重とシスターフッド的なつながりも描かれ、子どもたちに「大好き」の力を伝えたのです。
貝澤:僕がこれまで担当してきた作品と違い「プリキュア」は未就学児も観ているので、「その子たちが理解して楽しめるものを作ってください」と言われたんです。それを聞いて改めてバトルは肉弾戦でいいのかなと考えました。
僕は「プリキュア」は女の子のなかにあるキラキラした特別な力が能力になっていると思っていて、バトルではそのキラキラを拳に乗せて的にぶつけているのだととらえました。
学研プラス『キラキラ☆プリキュアアラモードオフィシャルコンプリートブック』(P86)
シリーズ15周年作品の「HUGっと!プリキュア」(2018年)では、「子育ては社会がするもの」や「ワンオペ育児の否定」「子育てだけが女性の幸せではない」など、社会問題を包括しつつ、家父長制などの古いシステムに縛られることなく「誰だって、何にでもなれる」姿が描かれました。その象徴として「男の子プリキュア」も誕生しました。
「子育てがテーマの作品ですが、観てくれる小さい女の子に『将来子どもを持つことが女性の幸せだ』という価値観を刷り込んでしまうことは、私は絶対やりたくないんです」。
徳間書店『Animage(アニメージュ)』2018年7月号(P29)
「ヒーリングっど・プリキュア」(2020年、・はハートマーク)のシリーズ構成である香村純子さんは、これまでのプリキュアシリーズで描かれてきた「敵を赦(ゆる)し、救済すること」が、逆に女の子を追い詰めてしまうのではないか、と危惧し「女の子はなんでも許してくれる女神ではない」との思いを作品に込めました。
近年の「プリキュア」では、敵と和解して彼らを救済する結末が続いてきていたと思うんです。それは本当にいいことだと思っています。
ただ、時にそれが、今の世にはびこる女の子への社会的圧力や扱い等と合体すると、それは女の子たちを追い詰めてしまうことはあるかもしれない、と。
無意識に「女の子だから優しくしなきゃいけない」という強要にすり替わって、悪いヤツにつけ込まれて酷い目にあったりしないかしらと。
もちろん和解や救済はすばらしいことだと思うんです。でもそれにこだわるあまり、自分の心が死んでしまっては元も子もないのでは……。
(中略)
香村 そうですね。女の子は何でも受け止めて何でも許してくれる女神ではありません。
徳間書店『Animage(アニメージュ)』2021年03月号(P70)
プリキュアシリーズで描かれ続けてきたテーマは1つではありません。19作品には19通りの女の子の生き方が描かれてきました。
そこでは、子どもにとっては難解なテーマが示されることが多いのも事実です。しかし、制作者は「いつか大人になった時に、子どもの時に見たプリキュアの勇気を思い出してもらえる可能性があるならば、作り続けていく」とも語っています。
プリキュアはいつか大人になる「未来の子どもたち」に向けた制作者からのメッセージでもあるのです。
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