名画を見ても感動できないコンプレックスを抱える学生への、教授が教えを描いたコミックエッセイに、3万件の“いいね”が寄せられ反響を呼んでいます。作者本人に、漫画には描かれていない、そのときのことなどを聞きました。
作者の秋野ひろ(@16_akino)さんが大学で芸術学の講義を受けていたころのこと。その授業では、学生からのコメントシートに対して教授が回答する時間がありました。そこで名前を出さない形で、秋野さんのコメントが読まれました。内容は「僕は、みんなが言うほど絵で感動したことがありません」というもの。
名画を見て「すごい」「かっこいい」と思っても、強く心を揺さぶられる気持ちが分からない。絵を見るセンスがないことに悩んでいる――そんな秋野さんのコメントを読み上げると、教授は「名画」について話を始めました。
教授は「名画」という<概念>は、美術鑑賞が苦手な人には<呪いの言葉>かもしれないと言いました。作品を理解する際、来歴や評価を学ぶことは重要ですが、同時に鑑賞者自身がその作品をどう捉えたかも重要になります。「この2つの軸を混同させてしまうから、名画は正しい感じ方があるかのように語ったり、そういう感じ方を押し付けようとしたりするんですよ」と教授は説明しました。
他人と同じ感想を抱けなかったことで悩む必要なんてない。しかし、それを言い訳にして自分には分からない作品の「良さ」を放棄してほしくない。教授は最後にそう伝えたのでした。自分自身が作品を見て感じたことを大切にしたいですね。
作品への感想は人によってさまざまで、それは「名画」と言われるものでも同じです。人と違う感想を抱いたことに引け目を感じることはなく、それと同時に他者が感じた作品の良さを否定する必要もないのでしょう。
漫画には「絵で感動するかどうかは人それぞれ」「名作と呼ばれるマンガでも、人によっては“面白くない”と言われます」「同じ本を読んだ時の年齢によって刺さる刺さらないがあるから、絵もそうなんだと思う」など、芸術作品に対する思いが多く寄せられています。
ねとらぼ編集部では、作者の秋野さんに当時のことや絵の向き合い方の変化について聞いてみました。
秋野ひろさんへのインタビュー
──この出来事を漫画に書こうと思った理由を聞かせてください
秋野ひろさん 数年前、大学の講義を受けて、その内容が当時の自分にとって新鮮だったので、日記として残しておく感覚で漫画にしていました。それを最近読み返す機会があり、もうちょっと絵の感じとか教授の雰囲気とか出せるなと思って描き直したのが今回の漫画です。
──当時、教授の言葉に対してどのように感じましたか?
秋野ひろさん 当時の自分は作品やアーティストへの信仰みたいなものがあって、「彼らは天才で自分には理解できない」といった言葉で理解することをあきらめてしまっていた気がします。
教授の講義は、作品の鑑賞の仕方や美術の歴史を分かりやすく話してくれて、「ちゃんと学んでいけば少しずつ理解できることが増えるんだ」という感覚が楽しかったのを覚えています。そういった土台があったからこそ、自分の感想は人によって違って当然という考え方もスッと入ってきたのかなと思います。
──その後、自身の中で絵への向き合い方についてどのような変化がありましたか?
秋野ひろさん 自分が見ただけでは良さが分からない作品に出会ったとき、すぐ調べたり他の人に意見を聞くようになりました。
これまではなんとなく作品の良さが分からないことを恥ずかしいと思って隠したりしていたのですが、一旦「分からん!!」と割り切った上で、どの時代にどういう文脈で評価されたのか、他の人はどう感じるか、への興味で作品を楽しむことが増えました。
──漫画への反響について感じたことをお聞かせください
秋野ひろさん 音楽とか映画とか、自分の好きなものに置き換えて解釈してくれている人が多かったのが印象的でした。自分はいま非常勤講師として美術を教えてもいるので、美術による学びが他の領域でも生きるというのがあらためて確認できました。
また、美術に関する話をしたときにこれまでは「結局自分の感じたことが全て!!」みたいに受け止められるだけのことが多かったのですが、今回は自分の感じ方とは別軸で、しっかり学んでいくことも大切、というニュアンスも汲み取ってくれた方が多かったのがうれしく思いました。
作品提供:秋野ひろ(@16_akino)さん
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