植物研究者である末次健司(@tugutuguk)さんが、飛べない昆虫「ナナフシ」の移動方法に関する論文を『Proceedings B』誌に発表。併せて、自身のX(Twitter)に論文の概要を投稿し、記事執筆時点で表示数が40万件を突破しています。
末次さんは神戸大学理学部教授(兼・高等学術研究院卓越教授)で、光合成をやめた植物(菌従属栄養植物、腐生植物、寄生植物)の研究者。論文では、ナナフシが鳥に食べられることで長距離移動していそうであるとの見解を示しています。
植物は果実を食べた鳥が種子を遠くまで運んで糞と一緒に排出し、生息域を拡大させていることが知られています。昆虫も鳥の主要な餌ですが、捕食された昆虫は子孫を残すことができないという考えが一般的です。
末次さんたちは昆虫が鳥に食べられた場合、体内の卵が消化されずに排せつされることがあることに気付き、卵を介した移動の条件として、「(1)卵が丈夫」「(2)受精しなくてもふ化する」「(3)幼虫が自力で餌場にたどり着く」といった条件を満たすナナフシモドキ(以下ナナフシ)で検証を行ってきました。
末次さんたちは2018年にナナフシの卵を主要な天敵の1つであるヒヨドリに食べさせて、一部の卵が無傷で排せつされ、ふ化することを解明しています。
この知見と「ナナフシ成虫は、比較的頻繁に鳥に食べられている」ことや「ナナフシのおなかの中には、すでに硬くなった卵が入っている」ことを併せて考えると、「鳥に食べられた場合、卵がそのまま排せつされ、それがふ化して分布拡大に寄与する」というのは十分にありえるストーリーとのことです。
多くの植物は、動物への報酬として糖分や脂肪分など栄養に富む果肉を発達させ、目立つ色や匂いで動物を引き付けていますが、ナナフシは地味な見た目をしていることからも分かる通り、積極的に鳥に食べられようとしているわけではありません。
鳥に食べられてしまった際に、たまたまその食べられたメス成虫のおなかの中に成熟した固い卵が入っている場合、生き残る可能性もあるということです。このような現象は低頻度でしか起こらないため、自然条件下で実際に分布拡大に寄与しているのかについては未解明なままでした。
このため、末次さんたちはナナフシを日本全国から採集し、その遺伝構造を調査することで、自然界で長距離分散が起きているかを検討しました。ナナフシの自らの分散能力では海などの障壁を越えた移動が困難なため、障壁で隔てられた個体群間では、特有の遺伝子型が見られるはずだからです。
しかしながら今回の調査では東北、関東、中部、近畿、中国、四国にまたがる広範囲から採集を行ったにもかかわらず、ミトコンドリアの配列、核のマイクロサテライト領域、及びゲノムワイドな一塩基多型のいずれにおいても、サンプル採集地と遺伝子型との間に明瞭な関係は認められなかったそうです。
これらの結果は翅(はね)のないナナフシが、海を越えて移動していることを強く示唆しています。ヒヨドリの他にも、ハシブトガラスやシジュウカラ、カケス、モズ、ノスリといったさまざまな鳥がナナフシを食べることが記録されており、被食を介した受動分散が、海を越えて移動に寄与していると考えられます。
従来、鳥に捕食されれば昆虫は子孫もろとも生存の可能性を失うというのが通説でした。しかし、以前の実験結果と今回の成果から、移動能力が乏しいナナフシのような昆虫では、鳥に食べられることで、むしろ自身で成しえなかったほどの長距離分散が起こりうることが示されました。
今回の検証で実験室内での証拠にとどまっていた鳥による長距離分散が実際に野外で起こっている可能性がかなり高いことが分かったとのこと。さらなる証拠となりそうな続報も準備中ということで、こちらも楽しみです。
末次さんは他にも光合成をやめた植物に関しての情報をX(@tugutuguk)で発信中。ニホンリスとベニテングタケの関係など、興味深い投稿を見ることができます。
画像提供:末次 健司(@tugutuguk)さん
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