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「名優トム・ハンクス」を生んだ映画「フィラデルフィア」 その裏に秘められた「戦い」とは……(2024年米大統領選挙を映画で予習)(1/3 ページ)

米ニュージャージー州在住の冷泉彰彦さんが解説。

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 1981年、共和党のロナルド・レーガン政権下、エイズが初確認された。現在ではさまざまな治療薬が開発され、エイズ患者は適切な治療で症状をコントロールしながら生活を送れるようになっているが、当初は有効な治療法などなかった。同性愛者への差別や偏見もあり、エイズ患者たちに向けられたのは好奇や恐怖のまなざしだ。

 現在「2024年アメリカ合衆国選挙」に向け、早くも民主党・共和党の両陣営による“争奪戦”が各地で繰り広げられている。そんな中、あらためてあの時代の隠された「戦い」を顧みたい。映画「フィラデルフィア」について、米ニュージャージー州在住の作家・ジャーナリストである冷泉彰彦さんが解説する。(「2024年米大統領選挙を映画で予習」2回目/全2回)

「フィラデルフィア」 トム・ハンクス トム・ハンクス主演「フィラデルフィア」(画像出典:Amazon.co.jp

(文:冷泉彰彦  編集:上代瑠偉)

「名優トム・ハンクス」誕生の瞬間だった

 トム・ハンクスが線の細いコメディアンから、本格的なドラマ俳優へと転身を遂げた作品、映画「フィラデルフィア」(ジョナサン・デミ監督、1993年)は、多くの映画ファンにとってそのように記憶されている。冒頭数分間、気鋭の弁護士として活躍する若きエリートの輝きに始まって、エイズ発症に苦しみながらも差別に対して戦う強さを見せ、やがて病魔に追い詰められていく演技は、周囲のキャラクターとの関係性の変化と、主人公の精神的成長を描き出す。

 よく練られた脚本と、高度な特殊メイクにも支えられたことで、生と死のはざまを駆け抜けた主人公アンドリュー・ベケットの存在は観客の心理に深く印象を残した。まさに「名優トム・ハンクス」誕生の瞬間であった。ハンクスは本作で、オスカー主演男優賞を獲得。翌年の「フォレスト・ガンプ/一期一会」(ロバート・ゼメキス監督)でも主演男優賞を取って2年連続の栄誉に輝いた。さらに1995年の「アポロ13」では、全く別の芸風を見せ、この3作でハリウッドを代表する俳優となっている。

「フィラデルフィア」 トム・ハンクス トム・ハンクスを2年連続の栄誉に輝かせた「フォレスト・ガンプ/一期一会」(画像出典:Amazon.co.jp
「フィラデルフィア」 トム・ハンクス 全く別の芸風を見せた「アポロ13」(画像出典:Amazon.co.jp

 監督のジョナサン・デミにとっても本作は、少なくとも商業的成功という意味では、本作の2年前に公開された「羊たちの沈黙」に次ぐキャリアの頂点と言える。長い下積み時代を経て「羊たちの沈黙」で、オスカーの監督賞だけでなく、作品賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の5部門を制覇し、一躍ハリウッドの一流監督に躍り出たデミは、本作の成功によってその評価をさらに確立することになったからだ。

「フィラデルフィア」 トム・ハンクス ジョナサン・デミ監督が手がけた「羊たちの沈黙」(画像出典:Amazon.co.jp

1990年代という時代への本作の貢献は無視できない

 本作については、公開から30年を経た現在では主題となっているエイズ患者への差別、そして同性愛者への差別の表現は、いかにも前世紀という印象が拭えない。作品としての立場には全くブレはないし、前述したようなハンクスの演技の熱気は今でも伝わってくるが、作品としては21世紀の現在では同時代性よりも映画史、社会史の中で受け止める作品になるだろう。

 けれども、一旦、歴史の中に置いてみれば、1990年代という時代への本作の貢献は無視できないものがある。当時は、現在以上に同性愛は差別の対象であり、エイズ患者への社会の視線は恐怖と差別に満ちていた。が、日本の研究者をはじめとする専門家の努力もあって、治療方法が確立していった。アメリカの場合は、バスケットボールの名選手であったマジック・ジョンソンが1991年に感染を公表したことで、ウイルスへの理解が進んだが、その2年後の本作の公開は、エイズへの社会的理解を促すという意味で大きな影響があった。

 さらに言えば、この「フィラデルフィア」は、ビル・クリントン時代の始まりを告げる作品でもあった。1992年の大統領選で、彗星のように登場して現職ジョージ・H・W・ブッシュを打ち負かしたクリントンは、1993年1月に就任するといきなりバッシングを受けた。就任当初はまだ46歳で、初の戦後生まれの大統領として、その手腕は不安視されていた。インターネットの本格利用と、グローバル金融のブームに乗って、傷ついた米国経済の再建に成功すると、評価が改善していったのだ。

 そんな中で、クリントン時代はリベラルな人権運動が盛んになっていった。1993年12月に公開(日本では1994年4月に公開)された本作は、本格的なクリントン時代のスタートに相応しい作品とも言えるだろう。

 本作は、エイズや同性愛者への差別への抗議というメッセージが前面に出ているが、保守的な世代が牛耳る法曹界への強烈な異議申し立てという側面もある。クリントンが壮大なスケールでやってのけた世代交代の波にも、完全にシンクロしている。その意味では、守旧派の権化であるベテラン弁護士を演じた名優ジェイソン・ロバーズ(当時71歳)、反対にベケットの恋人役で、若さの持つ弱さを繊細に描き出したアントニオ・バンデラス(当時33歳)の貢献も大きい。

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