「はあーん、チュナたんー! どうちてそんなにかわいいのー?」
私は一日に何度も愛猫「ツナ」にそう尋ねている。それなりに貫禄のあるいい大人の「チュナたん」「どうちて」は、きっと目も当てられないことだろう。
斉藤ナミ
エッセイスト・イラストレーター。「うしろめたさを味わいに、1人で高級ランチを食べに行く」が創作大賞2023【エッセイ部門】幻冬舎賞を受賞。ランドリーボックスやリディア、ねとらぼで連載。人を笑わせたい。 パンとグミと薬味が好き。
肝心のツナにも「知らんわそんなん」という呆れ顔をされ、プイッと行ってしまわれるけれど、ああ、その塩加減もまたたまらない。
猫ってどうしてこんなにかわいいのだろう……?
今回、編集者の方に「ツナちゃんへの愛を書いてみませんか?」と言われ、快く「書かせてください!」とキラキラした顔で返事をしてみたものの、いざ書こうとすると、ツナに関しては「とにかくかわいい」しか伝えたいことがないということがわかり、こんなもん読む人は面白いのか? と不安ではあるが、せっかくの機会なのでツナへの愛を垂れ流させていただこうと思う。
この世で1番かわいい生物、猫のツナは2歳の女の子だ。「ミヌエットだけど足が長い」ということで、知り合いのブリーダーさんから格安で譲ってもらった。
ミヌエットは足が短い子の方が圧倒的に値段が高いそうだ。確かに足が短い子の方が幼い感じがして愛らしいのかもしれないけれど、足の長さなんて、種類なんて、血統なんてまったくどうでもいい。そんなもんなんでもいい。なぜなら私は「ツナ」という生物自体が好きなのだから。
まず見た目がかわいい。
この世のあらゆる「かわいい」を全て集計し、これ以上ないほどの最高のバランスで作ったようなかわいい顔の作りをしている。かわいすぎて情緒が不安定になる。いいのか? こんなにかわいくて清らかなものを、こんなに汚い人間が愛でて、汚してしまっていいのか!?
そしてポテっとしたおててとあんよ。そのフォルムでそんな「あざとい」の結晶みたいな動きするなんて反則だろ! ふざけてんのか! とキレそうになるほどかわいい。
ときどきどうしても、このかわいい物体を口にふくみたい! という欲求が抑えられず、バクっと咥えてしまうこともある。幸せが口の中に広がる。〜猫砂トイレの香りとともに〜。
フワフワで艶やかなゴールドの毛も、白くてぽよぽよの柔らかいおなかも、プリンとしたおけつも、本当にもう全部が完璧にかわいい。古代から生物の中で美の象徴は「馬」だとされているみたいだけれど、どう考えてもそんなはずがない。絶対に猫だ。
神様はなんてかわいいものをおつくりになったんだ。あんた最高だよ。神か。
生後3カ月くらいまでの、まだ子猫だったツナが、おてて2つをちょこんとそろえてお行儀よくまあるい形で座っている様子や、白いおなかをポーンと投げ出して全身でぐーーっと伸びている姿が殺人的にかわいすぎて「ええっ? 伸びてそれ!? 全身で伸びてるのに、それでもそんなにちっちゃいのぉん? あー、もうかわいいっ!」と、よく気を失っていたものだ。
小さいころから私の家にはずっと猫がいた。祖母の家にいた子。ペットショップで出会った子。道に捨てられていた子。知り合いに「もらってほしい」と頼まれた子。物心がついたころから、ずっと猫と一緒に生きてきた。
猫は、犬とは違って自由で気まぐれでプライドが高く、人間に媚びない。しつけられたり、芸を覚えたりもしないし、いつでも好きなように生きている。何年一緒にいても、何を考えているのかわかんないところが最高だ。
私がもし動物になるなら迷わず猫を選ぶ。周りの顔色を伺ったり、我慢したり、合わせたりせず、ひたすら我が道を生き、好きな場所で好きなだけ日向ぼっこして本を読んでいたい。
私は猫のようでありたい。だから猫が好きなのかもしれない。
ツナも例に漏れず、自由気ままで、好きなように生きまくっている。自己中で、わがままで、飽き性で、気まぐれだ。
常に1番気持ちのいいところに居たいようで、あっちのドアを開けろ、こっちのドアを開けろと、要求が通るまで訴え続けるし、自分が遊びたいときには何度でもおもちゃのネズミを投げろと言ってくるのに、飽きると見向きもしない。
なでてほしいときは、私がPC作業をしていようがなんだろうが問答無用でキーボードの上に乗ってきて「あんた何してるの? 私のことを見ないの? こんなにかわいいのに?」とその最高にかわいい顔をこちらに押し出してくる。そして、Googleドキュメントには「hppppppppppppppkkkkkpppppkkk」という文字を押し出し続けている。
しかし、望まないタイミングで私がなでようとすると数秒でスルリと避けられてしまう。避けたあと、30センチ向こうでまた先ほどと同じ格好で座りこむので「ただただあんたに触られたくないだけ」と言われているわけで、めちゃくちゃ凹む。
せめてもっと見えないところに行ってくれる優しさはないのか。ご飯とか、トイレとか、何かしらの用事があって逃げた可能性を残しておいてくれ。
かと思いきや、私がキッチンへ移動したり、トイレへ行ったりして彼女の視界からいなくなると、どこへ行ってもついてくる。
何をするわけでもないけれど、同じ部屋にきて一定の距離を保ち、そこに座ってじっとしているのだ。
どういうことだよぉー、なんだよおぉー! ツンデレなのぉ? 私と一緒にいたいんじゃんー! もうー! ニヤニヤ……
はー、もう、どうしてこんなにかわいいんだろう?
自分勝手に生きていて、普段ツンツンしているくせに、自分が寂しいときは問答無用で甘えてくるなんて。そんなの最高なキャラ設定じゃないか! いろいろわかりすぎている。神はこの生き物を使ってオタクを殺しにきているとしか思えない。
嘘をつかない猫だからこそ、ときどき甘えてきてくれるときは、震えるほどにうれしいのだ。
おなかをデーンと上にして体を大きく、のびーー! としているのを見ると「え? そんなに心を許してくれてるの?」とたまらなく愛おしい気持ちになる。
そんな風におなかを見せてくれて、たまにちょっと吸わせてくれるだけで、人間は毎日頑張れるのだ。本当に私は毎日彼女にどれだけ癒やされていることだろう。
ツナといるときだけは、人間と関わるときに必要な、いろいろな仮面を鎧を全部脱ぎ、ありのままの自分でいることができる。ただただ「ああーもう、なんてかわいいの」だけしか出てこない。
ただ眺めていられるだけで心がやすらぎ、気持ちがまあるくなる。ああ、幸せだ……もう他にはなにもいらない。この子のためにがんばる、この子の幸せのためならなんでもしたい!
しかし、何を考えているのかわからないあんちくしょうなので、ついつい「私のこと好き? 私がいないと悲しい?」と尋ねてみたり、ちょっと視界からいなくなって、私を探すかどうか影からこそっと観察してみたりもしてしまう。もうすぐフラれるフラグが立ってるメンヘラ彼女か。
そして、こうも尋ねてしまう。「ツナは、幸せ?」
窓から外を眺めている美しい横顔を見ると、とても寂しそうに思える。庭に遊びに来る鳥たちをみたり、散歩している犬たちを見て、羨ましそうにしているように思える。
きっと外に出たいんだろうな。外を思いっきり走って、自由に狩りをしたり、恋をしたり、日向ぼっこしたりしたいんだろうな。
たまたまツナはブリーダーのもとに生まれ、はなから飼い猫になる人生が用意されていたものの、当然、本来であれば猫は外で獲物を採って生きる生き物だ。
人間の都合で避妊手術をして家に閉じ込められたり、マイクロチップを首に埋め込まれたりしている。健康でいてほしいから、獣医師さんに推奨されたキャットフードを買い、言われた通りそれだけを食べさせているけれど、やはりずっと同じご飯で本当にかわいそうだと思うし、そんなふうに人間にご飯をもらう人生自体、猫にとっていいことなのか、悪いことなのかなどと考えてしまう。
その柔らかい体をなでながら、つい「ごめんね」と言ってしまう。一緒に暮らしていた2匹の兄弟や、父猫、母猫のことを思い出して、会いたいと思ったりしないのかな……。
動物は、過去を思い出したり、未来を思い描いたりはせず、今だけを生きているらしいけれど、どうしても人間の私の頭で考えると、不憫に思えて仕方がない。
できるだけ幸せでいてほしい。どうせどこか人間の家で暮らすのなら、うちでよかったと思ってもらえているといいが、どうしたってツナの気持ちは知ることができない。
それもツナにとっては大きなお世話で、人間の傲慢な思い上がりなのかもしれないけれど、それでも、ツナにはなるべく自由で、なるべく穏やかで、幸せな人生を過ごしてもらいたい、と強く強く願う。
私の愛は伝わってるのかな。
一方通行でもいいし、私のことなんか同じ屋根の下にいる大きな生き物くらいにしか思われてないかもしれないけど、伝えられるものならもっともっとあなたを愛していると伝えたい。
家族の分も、外の世界の分も、まとめて私の愛でリカバーしようじゃないか。ああ、どうだ、重いだろう? 猫に対してさえこんなに重い私。ゾッとするだろう?
「猫に愛してると伝える方法」を夜な夜なネットで検索しては、いろいろと試している。(ゆっくりとまばたきをするといいらしいよ)。ついでに「猫が好きな人にする行動」も調べている。ますますメンヘラ彼女だ。
ちくしょう。やっぱりか! いつも次男の布団で寝ているし、いつも次男の顔をペロペロと舐めているから「ぐぬぬ。怪しい……」と思っていたけれど、それらはどうやら「次男が好きだ」というサインらしい。……なんでだ! ご飯もトイレもブラッシングもお世話は全部私がしているのに!
……いや、それでもいいんだ。
私は今後も変わらず「ああー、チュナたんかわいいー! だいちゅきだいちゅきー!」と、恥ずかしい赤ちゃん言葉でかわいがり続け、フラれ続けようと思う。
おしまい
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