圧倒的な3大チェーンの強さと、中堅・ローカルコンビニ受難の歴史。
木のロゴマークでおなじみ、サンエブリーも消滅
そしてコンビニの提携や統廃合が本格的にはじまるのが、バブル崩壊以降。
これまで高成長を続けてきたコンビニ業界も消費低迷の影響で売り上げの伸びが鈍化、競合も激化しました。結果、提携で経営基盤を強化する必要が生まれたのです。(日本経済新聞 1993.2.9)
「サンエブリー」は山崎製パンによるコンビニ。1977年に誕生し、同じく山崎製パンによって営業されていたヤマザキデイリーストアー(現デイリーヤマザキ)とともに、多くのチェーン店を持っていました。
お総菜に強く、「さつま棒」「たこ焼き」「肉じゃがフライ」などの和風ファストフードなどで名をはせていましたが、1999年に当時約450店舗あったサンエブリーと、ヤマザキデイリーストアーは「デイリーヤマザキ」に統合されることとなりました。
これは大手チェーンとの競合激化からの店舗数縮小により、大手との格差が広がりつつあるため、チェーンを統一して効率的な店舗運営を目指したことが背景にありました(日経流通新聞 1999.1.7)。
しかしそれでも1997年に約3000店あった山崎製パンのコンビニは、2017年末現在1553店(※1)まで減少しています。
※1……エリアフランチャイズを含めた総店舗数
ローカルコンビニらも次々と姿を消す
続く2000年以降。コンビニの有力な出店場所はほぼ押さえられ、拡大の方法は、新規出店から既存チェーンの買収に切り替わることになりました(西日本新聞 2001.6.16)。
「チックタック」は1979年設立。当時富山県内で45店舗展開し、北陸の味覚を研究、開発した「ますべん」やとろろ昆布のおにぎりは、同業他社も追随する大ヒットとなりました。
しかし2004年11月、ポプラにより買収を受けます。大手の出店競争で当時既に都市部が飽和状態になる中、空白地帯だった北陸への進出を図るためでした(朝日新聞 2004.11.27)。
「ホットスパー」は茨城を中心に北関東を地盤にしてきたチェーン。特に茨城の店舗は1990年代には400店近くに達し、一時はコンビニチェーンとして県内最多を誇りました。店舗内に厨房を構え、総菜や弁当を調理してできたてを提供していたお店です。
2001~2002年にかけて、TBSの水戸黄門とタイアップした「世直し幕の内弁当」など、黄門様たちにちなんだ食品を発売していたことも。テレビ番組をまねて4週間ごとに商品内容を変え、13回連続で出すという壮大な企画も行っていました。
しかし2002年6月までにココストアの傘下に入っていたことや、店を明るい色使いにして女性客を増やす意図から、2007年に統合が決定。2008年3月末までに全店の看板の掛け替えを実施し、ホットスパーは消滅したのです(日本経済新聞 2008.1.23)。
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