「みんな初日で芸人への道を諦める」 元漫才師が語る“養成所で学ぶべきこと”
※この記事は漫才師として成功することを諦めた芸人が、漫才師を辞めるまでを振り返る連載の第4回です。
第1回
第2回
第3回
養成所に入って驚いたことがある。それは「全員が売れたくて売れたくて仕方ない」というモチベーションのヤツばかり「ではない」ということだ。
人力舎の養成所は、入学時に一括で1年分の学費を払うシステムとなっていて、途中で辞めてもそのお金が返ってくることはない。僕と相方のシンカワは途中で辞めるという選択肢が一切なく、自分で入学金を貯め、覚悟を決めて入ってきた世界だったので、授業をサボるという選択肢もなかった。
1年で吸収できるものすべて吸収しようと思っていたし、全員がそういうギラついた思いで入ってきているものだと思っていた。
しかし、現実は違った。
入学初日の授業はいわゆる「声出し」という授業で、狭い稽古場に50人超がぎゅうぎゅうになる中、1人ずつ立たされて「あ・い・う・え・お」の5音それぞれでバラバラの感情を表現したり、2人1組で相手に向かって「あいうえお」だけで口喧嘩をして感情を爆発させあったり、というものだった。
声がかれるほど「あいうえお」を連呼しあったが、人前で感情を「演技で」むき出しにする、ということはなかなか難しい。しかも初対面の芸人志望の人たちが「こいつは面白いのか?」という目線で見てくるので、ハートを強く持たないと耐えられない。
初日からいきなりハードな稽古だったが、僕にはとても新鮮で、人前に立って何かを表現するには感情表現を豊かにできないといけないのだと再確認できたので、充実した気持ちで2日目の授業を迎えた。
が、そこにいたのは半分ほどに減ったクラスメイト達だった。
こんなに「やる気のない人間」がいるのか
ほとんどの人間が初日の授業で音を上げて「もう授業行かなくていいや」と思ったのだ。
後々講師の方に伺ったところ、初日の「声出し」はふるいにかける意味合いもあるそうで、人が少なければ少ないほど1人当たりの時間も取りやすいので教えやすく、またやる気のある人間の見極めにもなるという理由で「わざと」キツい稽古をするのだという。現に初日以降、その講師の方の授業で声がかれるほど叫ばされたり、人前でもっともっと感情を出せと延々叱咤されたりするような授業はなかった。
僕は日に日に人が少なくなっていく教室に驚き、そしてガッカリした。1年分の学費を払って、覚悟を決めて入ってきたのに「やる気のない人間」がいるのか、と。周りがそんな意識の低い連中なのだとしたら「なんかチョロくねえか」とまで思ってしまい、少し熱が冷めたのを覚えている。
それはシンカワも同じだったようで、途中で辞めていく同期たちを思い「同じ志で入ってきているはずなのにな」と落ち込んでいた。それでも自分たちのモチベーションを落としてしまうのは良くないし、ライバルが減ることで講師の方々から自分たちが教えてもらえる時間が多くなるというのは好都合でしかなかったので、自分たちのことだけを考えるよう切り替えた。
僕たちが学んでいたときのネタ見せは、必ず講師と生徒が一緒に見る形式で、ライブ前の「強制イベント」と、ライブ前でなくても志願して見てもらえる「任意イベント」があった。
1年通って人力舎に所属することができた僕から言わせてもらうと、重要なのは絶対に「任意イベント」の方である。任意イベントは「威嚇」になるからだ。
ライブ前のネタ見せで披露するものは暗黙の了解で「新ネタ」でないといけない、という空気があったため、任意イベントで見てもらうネタをブラッシュアップしても披露する機会はない。それでも披露する理由は、同期に「俺たちはこれくらい面白いんだぞ」というのを見せるのが目的でもあった。
その任意のネタ見せの頻度が多ければ多いほど、そのネタが面白ければ面白いほど、周りに与えるプレッシャーは大きい。
クラスの中で存在感を見せることができれば、ライブのMCや企画のコーナーなどで主導権を握れるようになり、最終的に人力舎に所属できるかどうかというのを判断するライブでアピールする場も多くなるのだ。
養成所で相方を探す人もいる中、すでにコンビを組んで入ってきている僕らはネタをほかの人より早く作ってネタ見せできるという強みがあったが、任意ネタ見せに参加したのはクラスで一番最後だった。
周りから「早くお前らのネタ見たいよ」と何度も言われたし、僕らにはネタもあったが、最後まで待った。
焦りもある中、僕らは授業が始まって1カ月半ほどが過ぎたある日、満を持して講師にネタ見せを志願した。
「このネタ、君たち以外がやったほうが面白くない?」
その日、ネタ見せを行ったのは僕らだけだった。ネタの題材は「オレオレ詐欺」。
「オレオレ詐欺に引っ掛ける自信があるからこれで生計を立てたい」とシンカワが言い「普通に犯罪だからやめな」と諭すと「でもこれなら犯罪じゃないからちょっと電話出てくれない?」と言われて電話をかける設定に入る、という漫才だ。
今思えば、当時のM-1で漫才を勉強した人間だったので、技術もないくせにとにかくテンポが早いし、後半の畳みかけを意識しすぎて電話のマイムも雑になっていたし、なにより設定が少し複雑で、出来の良いものではなかった。
満を持して見せたネタで当時の僕らはとても自信があったが、結果として教室に笑い声が響くことはなかった。講師も途中で紙に何かをメモし始め、最後の畳みかけの部分では見向きもされていなかった。
ありがとうございましたと頭を下げた後、ネタを見ていた校長の第一声は「期待してたのになあ」だった。
ネタの最中にスベりすぎて頭が真っ白になりかけたが、 死ぬほど悔しかった。この時のダメ出しの言葉は今でもはっきり覚えている。
「このネタ、君たち以外がやったほうが面白くない?」
M-1やネタ番組を見まくって作ったものは、どんなに頑張っても「誰かの模倣」の域を超えず、技術もなければ「劣悪なコピー」でしかなかった。もちろんネタをパクったわけでもないし、完全オリジナルのネタではあったが、その言葉は妙に刺さった。
今も僕はネタを作ったり、誰かのネタを見たりする時、この言葉は常に心掛けている。
自分たち以外の誰かがやった方が面白いネタ=自分たちの魅力を引き出せないネタ、でしかない。
それから僕らは毎日のようにネタを作った。
シンカワの発想に僕が設定をつけて漫才のカタチにする。
その模様を動画で撮影して、客観的に見たときに「自分たち以外の漫才師がやったらおもしろくなるか?」という目線で話し合った。そこで僕はようやく「同級生漫才師」であることの意味を痛感した。
「自分たちにしかできない漫才」へ
古くからの友人がいる人には分かると思うが、旧友の間だけである妙なノリというものがある。
それは傍から見ていても理解はできないが、なんだかとても楽しそうだとそのノリを知らなくとも思わず笑ってしまうときが往々にしてある。例えば知らない中学の先生のモノマネを1対1で見せられても何とも思わないが、そのモノマネでゲラゲラ笑いあっている2人組を見ていたら楽しい気持ちが伝わってくると思う。
そこに2人にしか出せない空気感、間というものが存在する。それをお客さんと共有できれば「僕らの漫才を見る理由」になるのではないか。そしてそれこそが「自分たちにしかできない漫才」なのではないか。
養成所に1年通って僕らはこの答えに行きついた。
お客さんに自分たちの「ノリ」を伝えるには、どんな人間かを紹介しなければならない。例えば、2019年のM-1グランプリ決勝でぺこぱさんが見せた漫才は松陰寺さんがシュウペイさんのボケを否定しない、というものだった。
この日、ぺこぱさんは1本目より2本目のほうがウケていたと思う。それは間違いなく、ぺこぱさんの漫才の「見方」がお客さんに伝わったからであると思う。この「漫才の見方」を共有するまでの時間が短ければ短いほど、漫才は早く笑いをとれる。
だから漫才師は衣装にこだわるのだ。見た目にノイズを入れたくなければ無個性なスーツを着るし、パッと見で「あ、この人イカれてるな」と思わせたければド派手な服を着ることで、お客さんに「イカれてる感」を早く伝えられる。
足し算ではなく引き算で考えることが重要なのだと学んだ。
初ネタ見せで大コケしてしまった僕らではあったが、試行錯誤しながらも、その後の卒業までの強制ネタ見せでは高評価をもらい続け、他事務所の養成所との対抗戦などの選抜メンバーにも当たり前のように選ばれ続け、ライブで一番の花形である大トリ(一番最後の出番)にも何度も抜擢された。
誰よりもいろんなパターンのネタを作ったし、誰よりも良いものと悪いものの差が激しかったと思うが、それでもライブでは結果を残し続けた。
養成所に通ってよかったと心から思う。
自信の喪失とモチベーションの維持の難しさを経験しながら2人で乗り越えて、人力舎に所属する権利をつかみ取ったとき、初めてシンカワと抱き合って喜んだ。
所属することが目的ではない、売れるためにここにきている、などと尖っていた入学前のころに比べて、漫才を見る目も変わったし、考え方もとてもマイルドになった。
人生の大きなターニングポイントの1つだったと思う。
いろんな苦労こそあれど、最終的にはエリートコースに入って養成所を卒業し、プロの芸人になることができた僕らだったが、現実はやはりそんなに甘くはなかった。
プロ1年目、「俺たちがエースだ」と言わんばかりに事務所ライブデビューを果たした僕たちだったが、テレビ・ライブ・賞レースなどなど全てのオーディションで落ち続け、養成所では勝っていた同期たちにどんどん先を越されていくことになる。(続く)
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