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第2位は「相楽郡和束町」でした。「そうらくぐんわづかちょう」と読みます。奈良時代に恭仁京と紫香楽宮を結ぶ交通の要衝として栄えたエリア。平安時代にはすでにこの地は「和束荘」などと呼ばれていたそうです。江戸時代には皇室の直轄地「禁裏御料地」となり、独特の文化を発展させてきました。
この地名については、相楽を「そうらく」ではなく、人名でよく読まれる「さがら」と勘違いしてしまう人もいるかもしれません。また、町内にも「白栖(しらす)」「杣田(そまだ)」「撰原(えりはら)」といった難読地名があります。
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元小学校教師。旅行が好きで、国内外問わず色々なところに行っています。旅先で見た風景や出会った人々の話を書きたいです。節約やライフハック、ライフスタイルに関するコラムも執筆します。